古事記植物散歩
天地の始まり
<アシカビ>

 「記」は「天と地が初めて分かれたとき、脂のように漂える中から、 葦の芽のように勢いよく伸び上がるものから生まれ出る神があった」と書き出している。
「記」上巻
天地(あめつち) 初めて発(ひら)けし時、高天原(たかまのはら)に成れる神の名は天御中主 (あめのみなかぬのし)神・・・ 国稚(くにわか)く浮きし脂(あぶら)の如くして、久羅下(くらげ)那須(なす) 多陀用幣流時(ただよへるとき)、葦芽(あしかび)の如く萌え騰(あが)る物に因りて成れる 神の名は、宇摩志阿斯詞備比古遅神(うましあしかびひこじのかみ)。
葦の芽のように芽を吹き出す、国土の成長力の神格化、立派な葦の芽の男の神を意味する。

1)  アシ(ヨシ)、イネ科ヨシ属 Phragmites communis Trinius
あしかび葦芽、あしのめ、世界の温帯、暖帯、亜寒帯に広く分布し、 日本各地の湖沼、川岸に極一般に生える宿根草(多年草)。高さ2−3m、花は8-10月に咲く。 和名は桿(はし)の変化したもの。[悪]に通じずるのでヨシと成ったといわれる。 またハマオギともいわれる。葦は古事記で最初に出てくる植物である。 我が国にして凡そ物の名の聞こえし、これより先なるはあらず(東雅)。 それも国土の根源神の名に読み込まれている。また葦芽は、春桜の咲く頃、水中から勢いよく伸びて くる。学名communisは、”普通の””共通の”の意。 ヨシの茎はよしずやすだれになり、またパルプの原料にもなる。若芽は食用になる。 漢方の蘆根はヨシの根茎で、口渇、健胃、利尿等に効く。アシに対する中国名は三つある。 アシの初生のもの、即ち食すことのできる蘆筍を葭(か)といい、なお十分に秀でず若く、 穂をださないときを蘆(ろ、つらなり生える意味あり)といい、十分成長したものを葦(い)という









アシカビ 草津市琵琶湖岸、2000,早春











アシ 草津市琵琶湖岸、2005/09/13
イザナギノ命とイザナミノ命
<大八島国の誕生>
 イザナギ、イザナミノ命は八つの国を生み、次に六つの島を生む。さらにカヤノヒメノ神と トリノイハスクブネノ神(別名アマノトリフネ)を含む35柱の神を生む。
是に伊邪那岐(いざなぎの)命先に[阿那邇夜志愛袁登賣袁(あなにやしえをとめを)]と言い、 後にいざ伊邪那美(いざなみの)命[阿那邇夜志愛袁登古袁(あなにやしえをとこを)]と言ひき。 如此言ひ竟(を)へて御合(みあひ)して生める子は 、あはぢ淡道之穂之峡別(あはぢののほのさわけの)島(淡路島)、次に伊豫之二名 (いよのふたなの)島を生みき。… 次に鹿屋野比売(かやのひめの)神… 次に鳥之石船神(とりのいはくすぶねのかみ) (別名天鳥船(あまのとりふね))、…火の神を生みしに因りて、遂に神避(かむさ)り座(ま) しき。 伊邪那美(いざなみの)神は、出雲の国と伯伎(ははき)国との堺の比婆(ひば)の山に 葬(はふ)りき。
カヤは人が住む家で、風雨をしのぐに最も大切な、雨漏りをしない屋根を葺く 材料として称え神格化し、其の重要性を伝えている。 カヤ(茅)は、ススキや葦等屋根を葺く材料となるイネ科の植物の総称である。 ここでは茅葺屋根の材料として代表的なススキをあげる。 また舟は、四方を海に囲まれた我が国にとって、人及び物資を運ぶために不可欠な物として称え 神格化し、其の大切さを伝えている。

2) ススキ(カヤ)イネ科ススキ属 Miscanthus sinensis Anderss.
各地の山野に極めて普通の大形多年草で叢生する。ススキが原野に広がる様は、 天高く涼しい風を運ぶ、秋の風物詩として親しまれてきた。 「東雅」ではススキの語源を"スス"は細いこと、"キ"は刃物の先のように人を 傷つけるからとしている。

3) クス  クスノキ科ニッケイ属 Cinnamomum camphora Sieb.
常緑高木、樹形は雄大で大型の木となり、高さ20m、直径2m以上になる。 本州、四国、九州に分布する。学名camphoraはアラビヤ語で樟脳の意味。 この意味するように、木に樟脳の匂いがあり、葉や材から樟脳がとれる。 材は建築材、家具、彫刻等に用いる。写真の大楠は、京都新熊野神社の樹齢830年、 後白河上皇お手植えの楠といわれている。















ススキ 大津市国分2000/10/08


















クス  新熊野神社(京都市)2005/10/13
<黄泉の国>
 イザナギノ命はイザナミノ命に遇いに黄泉の国へ向かう。
是に伊邪那岐(いざなぎの)命、身畏みて逃げ還る時、その妹伊邪那美(いざなみの)命 「吾に辱見せつ」と言ひて、即ち豫母都志許賣(よもつしこめ)を遣はして追はしめき。 爾に伊邪那岐命、黒御(くろみ)かづらをとりて投げ棄つれば、乃ち蒲子 (えびかづらのみ) 生(な)りき。是をひろひ食む間に逃げ行くを、猶追ひしかば 、亦其の右の御美豆良(みみづら)にさ刺せる湯津津間櫛(ゆつつまぐし)を引き闕(か)きて 投げ棄(う)つれば、 乃ち笋(たかむな)生(な)りき。是を抜き食む間に、逃げ行きき。また且後には、 その八(や)はしらの雷神に、千五百(ちいほ)の黄泉軍(よもついくさ)を副えて追はしめき。 …猶追ひて、黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂本に到りし時、其の坂本に在る 桃実三箇を取りて、待ち撃てば、こ悉に迯(に)げ返りき。

4) エビズル(エビカズラ) ブドウ科ブドウ属 Vitis thunbergii Sieb. et Zucc
山野に普通に見られる雌雄異株のつる性落葉木本。巻きひげは葉と対生し2節ついて1節消失する。 花は小さく、淡黄緑色で6-8月に開花する。果実は5−6mm程度で房となり、 秋に黒紫色にく熟し食べられる。エビカズラは本種の古い名前で、後にブドウの名となる。
ブドウは一般に生命、 豊饒、歓楽と祝祭を象徴する聖なる果実として尊ばれた。このことから葡萄文は瑞果文 として使われる場合が多い。

5) タケノコ( たかむな笋 ) 竹(タケ)のケは、不可思議な神秘的な力をあらわすものは、キと表現されたことの名残りであろう とされる。確かに筍の生命力は強く、その成長の速さは圧巻である。 また、竹(及び笹)と日本人のかかわりは古く且つ神秘的で、 神事には欠かすことのできない植物である。神社の祭事には必ず竹が用いられるし、 正月にも松と竹で門松を作る。地鎮祭では四方に斎竹(いみだけ)を立て、 注連縄で連結し不浄を防ぐ。この黄泉の国からの脱出に、イザナギを助けた筍は、 モウソウチクの筍ではなく(モウソウチクは18世紀、我国に渡来したとされる5))、 日本に古くから自生していた、ハチクかマダケあるいはさらに小さな笹類の 筍であったかもしれない)。筍の時期は、モウソウが一番早く、ハチク、マダケと続く。 現在はモウソウチクの筍が一般的であるが、 ハチクの筍もモウソウのものより細いが格段に柔らかく、えぐみは少なく十分美味い。 ブドウ、筍、桃は全て食用にされている。ブドウは秋に実り、筍は初夏のものであり 、桃の実は夏に熟す。

6) モモ バラ科サクラ属  落葉小高木で、中国や日本で古くから栽培され多くの品種が分化している。花期は4月 、葉より先に開く。実は球形に近く、7-8月に熟し表面には軟毛を密生する。中国北部原産 。日本には有史以前に渡来し、広く観賞用あるいは果樹として栽培された。 写真は上海の市場で売られていた蟠桃(パンタウ)を示す。
西遊記に、天界の蟠桃園に3600株の蟠桃の木があり、若い木は3000年に一度実を結び、 この実を食すれば仙術に長じ、6000年の実を食すれば不老長寿を得、9000年の実を食すれば、 天地月日と寿命を競うとある。天界で孫悟空が蟠桃を食べ、霊力を高め大暴れし、 その結果地界の大岩の中に閉じ込められたとある。モモは多くの実をつけることから、 多子であることと結びつき、強い生命力を持ち、邪気を払う魔除けの作用があり、 宗教的な穢れを祓い清める力があるとされた。 これは東海中に3000里にわだかまるモモの大樹(蟠桃)がある、 或いは天地の中央に高さ390万億里の桃の木が生えているという、 モモの木を世界樹とみなす思想と関連があるのだろう。 これらはモモが異世界との通路になるという神秘的な思考と関連している。










エビズル 大津市国分2000/09/09










タケノコ(ハチク)  大津市国分2006/05/10











モモ(パンタウ)  上海の市場2005/04/30
<イザナギノ命の神産み>
黄泉国からもどったイザナギノ命は、九州の日向の国の瀬戸のほとりの檍原というところで禊祓を する。このとき身に付けていたものを脱ぐことによって12柱の神を生み 、身を滌ぐことによって14柱の神を生む。最後に左の目を洗う事によって 天照大御神が、右の目を洗う事によって月読命が、鼻を洗うことによって建速須佐之男命が生まれた。 「吾は・・・穢(きたな)き国に到りて在り祁理(けり)。故、吾は御身の禊(みそぎ)為む。}」 とのりたまひて、竺紫(つくし)のひ日向のの小門の阿波岐(あはき)原に到ま坐して、 禊ぎ祓ひたまいき。
7)タチバナ ミカン科ミカン属 Citrus tachibana Tanaka 牧野植物図鑑では、にっぽんたちばなとされ、日本固有種である。高さ3-6mの常緑小高木。5−6月白い花をつける。果実はやや扁平な球形で径2-3cm,冬に黄色く熟す。橘は古くから神聖な樹木とされ、皇居内裏の「左近の桜、右近の橘」で知られている。また家紋としても用いられている。黄色に熟した果実は食せるが、種子は普通のみかんの種子ほど大きく、非常に酸っぱい。庭に植えるには趣のある木である。 あはきは青葉木(あをはき)の略で、青木、もちの木、樫の木に比定されるが、 ここでは日本固有種のアオキをあげる。
8)アオキ ミズキ科アオキ属 Aucuba japonica Thunb. 日本固有種で常緑低木、雌雄異株。日陰でもよく生育する。枝は青色(名の由来はこれに起因する)、花期は春、果実は冬に赤熟する。稀に白(シロミアオキ)、黄(キミノアオキ)があり、また斑入りの園芸品種も多い。学名japonicaは"日本の"の意。葉はやけど、はれもの、凍傷に効く民間薬として用いられる。昔、子供の頃、アオキの赤い果実は毒であると教えられた。











タチバナ  京都大学理学部植物園(京都市)2000/12/22










アオキ 箱崎偶(福岡市)2005/07/22

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