■Alberta2■
1999年7〜8月にあおいがカナダのアルバータ州に行った時の報告。の続き
夏の思い出1999 in Canada その2 |
ラズベリー摘み 私やKimはよく、木の実を摘んだ。たいていはラズベリーだったが、たまにクランベリーやサスカチューンを摘むこともあった。 家のガーデンにはラズベリーの木とクランベリーの木がある。クランベリーは赤い、直径約7mmくらいの小さな実で、すべてジュースにしてしまう。クランベリーを摘むのはいつも私とKimだけ。お姉様方が近くを通るのだが『まあ、大変そうねぇ』とイヤミを言うだけ言ってどっかに行ってしまうのだ。ペックと呼んでいたバケツのような容器にいっぱいクランベリーを摘むには3時間近くかかった。その3時間の間は、ずっと立ちっぱなし。しかも、同じ作業ばかりで飽きてきてしまう。途中でつまみ食いをしてもいいが、何しろこれはクランベリーだ。知っている人は知っていると思うがこの実はとてもすっぱい。それに、摘んでいるうちにクランベリーの汁で手が真っ赤に染まってベタベタし、とても気持ち悪いのだ。ホームステイをした1ヶ月の中でこれが1番つらかった。 それとは対照的にラズベリーを摘むのはとても簡単だった。ラズベリーを摘むときは私とKimのほかにJanet、Brenda、それにAngieがいることもあった。しかも、ラズベリーはクランベリーと違って粒が大きい。つまり、数は少なくても量は多いと言うことだ。それに加えて、ラズベリーは甘くておいしいのでつまみ食いができるし、汁もあまり出ないので手も汚れない。この作業はとても楽しかった。 サスカチューンは家のガーデンには無かった。これを摘んだのは多分、親戚の家の牛を放牧するための場所(ただし、このとき牛はいなかったけど)。そこには蚊が異様にたくさんいて、目に入りそうで怖かった。サスカチューンがどんなものか、知らない人もいるかもしれない。サスカチューンはブルーベリーが大きくなったみたいな感じだ。つまり、色は青紫色で粒の大きさはだいたい直径1cmから1.5cmくらいだ。木になる物で甘くてとてもおいしい。これは、ケーキなどに使った。 |
牛の移動 一度、親戚の人の家(サスカチューンを採ったところ)の牛を、ある柵からある柵まで移動することがあった。まず、Brendaがトラックの荷台に後ろ向きに乗り、牛をおびき寄せるためのえさをまいて行く。このトラックの運転をするのはDadだ。私も、トラックの荷台に乗り、Brendaを手伝うことにした。えさをまきながら進むと、当然だが牛がすぐそばについてくる。その牛には、ハエがたかっていて、かなり恐い。しかも、でこぼこ道なので少し酔いそうだ。私がこんな状態のとき、Brendaはもうえさがなくなったからと走っているトラックの荷台から降りてしまったのだ。あの、ハエがたかっている上に、えさを食べるために長い舌を出し、その舌からは唾液がだらだらと流れている牛たちが走ってきている真っ只中へ。私は、トラックの荷台に一人取り残されてしまったがどうすることもできなかった。もし、このトラックを降りれば、向かってくる牛たちの下敷きになり兼ねない。そんなことになるのだけは絶対いや。この揺れて酔ってしまうトラックに乗っていたほうが100倍ましだ。そんなことを考えているうちにトラックが左に曲がったところで止まったが牛達はそれに気付かないのか少し通りすぎてしまった。Brianがそれをとめている。私はその隙にKimのいる、私が今トラックで通ったばかりのところに行こうと思った。そして、トラックを降りた瞬間、Momに「Aoi!もうすぐ牛が来るから危ないわ!!早くこっちへ来なさい!!!」と怒鳴られてしまった。私は、その時思ってしまった。 (牛よりもMomが恐い…。) |
プールと中間ピクニック 8月5日。プールに行くと言われて、ばっちり準備をしていった。まず行ったのが町にあるお店。買い物をしながら、プールに行くんとちゃうんかい!と思っていた。まぁ、でも、その後プールに行ったのだ。プールは屋内にあり、お金が必要なようだ。プールには、さおりと、謙太郎というラボの子も来ている、という事は聞いていたので楽しみに入った。おっ!さおり発見!近くに、謙太郎がいる。それに、さおりのホストのDanaと、そのお兄ちゃん(15歳)、あと謙太郎のホストのケーレン(14歳)、その弟達のスコット(12歳)とLee(このときは10歳)がいてみんなでビーチボールを飛ばして遊んだ。なんかすごく楽しかった。 時間になったからもう行かなくちゃ、とみんなでプールを上がった。私は、この後いったい何があるのか、全く知らなかった。一緒に行くと、小さな広場についた。そこには、テーブルが置いてあって、ラボの子が何人かいたりしてそこで夕ご飯を食べるようだった。何だろうね、とさおりと喋りながら、とりあえず、ゲームをした。そしてみんなでご飯を食べていると、みんなが遊びだした。といっても、KimとDanaとDanaのお兄ちゃんと、ケーレンとスコットとLeeがDanaのところの車の中で喋ったりしている。そこに行っても、あんまり相手をしてもらえない私とさおりちゃんは、2人で喋っていた。Kimは、仲のいい友達がいると、どうしてもそっちの方に行ってしまう。やっぱり、私といる時よりもそんな友達といる方が楽しいんやな、と思った。少し寂しい。 この後、子ども達みんなでフリスビーで遊んだ。ケーレンが1番うまくてほとんどケーレン中心だった。とても楽しくて、いつのまにかだんだんまわりが暗くなってきていた。 |
4-Hキャンプ 8月9日から8月13日までの4泊5日間4-Hキャンプに行った。このキャンプは家から車で1時間半くらいのMoose Likeという湖のそばで行われた。私とKimはMomの車でそこに行ったのだが、途中で近くの町に住んでいる女の子2人も一緒に乗せていった。その二人の名前はJenniferとKaleenだ。 ほかにもたくさんの友達ができた!その名前などを紹介しておく。 Amanda(11歳)…ちょっと赤毛でメガネをかけている。Kimとすごく仲のいい女の子。テンション高すぎっ! Michelle(10歳)…大人っぽくてサングラスが似合う。Kimとすごく仲がいい女の子。はたから見れば、14歳くらい!? Josee(11歳)…いつもニコニコ!メガネをかけている。Kimとすごく仲がいい女の子。Michelleと同じ町に住んでいる。 Rose Ann(11歳)…とってもBigで圧倒される!Kimと仲がいい女の子。この子とダンスしたら目が廻って死にそう…。 Kiara(9歳くらい)…すっごいかわいい。みんなの中で一番小さい女の子。ニックネームは『Kitty』。 Lee (10歳)…すっご――くかわいい。一緒にプールに行った謙太郎のホストの弟くん。かわい〜 Jordan(きっと11歳ぐらい)…ちょいと渋め…。でもイイ感じです。Leeと仲良し。ラボのみきちゃんのところのホストの弟。 Chris(確か13歳)…かなりかっこいいです。Kimもかっこいいって言ってた。このキャンプで13才の子って、私とChrisとあと一人ぐらいだった。
この他にも、い――っぱい仲良くなった子がいるが書ききれないのでこのくらいにしておく。それでは、4-Hキャンプでの5日間を日記から、書き出してみる事にする。 8月9日(月)
このキャンプで仲良くなったAmanda、Josee、Michelleがいちど、『Cute
boy』を日本語でなんと言うか、聞いて来たので『かわいい男の子』と教えてあげた。すると、後でみんなに向かって『カワイ、オトコノコ』と言ってみせ「これは何て言う意味でしょう?」と問題を出す。もちろん、相手は答えられないから「これはCute
boyっていう意味なのよ」とちょっと自慢げに言う。時には、かわいい男の子に向かって『カワイ、オトコノコ』と言ってみんなで笑ったりもした。しかも、『かわいい男の子』が『カワイ、オトガノガ』になったり『キャワイイ、オトガノゴ』になったりしてとても面白かった。 |
JanetのBirthday! 8月16日は、Janetの18歳のお誕生日だ。この日は月曜日でみんながそろわないという理由からか、その前日の日曜日にJanetのボーイフレンドが来て(Brianはいなかったが)一緒に食事をした。それに、この日の昼間にはJanetの友達が何人かがプレゼントを持ってきた。そのプレゼントは、しっかり家の中に飾ってあった。18日には、家族だけでお祝いをした。Momは始め、くまさんの形のケーキを作る予定だったが途中で失敗し、ふつうの形のケーキをあとで作っていた。そのケーキはとても甘くて少し食べただけでおなかいっぱいになった。 |
日本食を作った! 私は、日本食を2回に作った。1回目に作ったのはお好み焼き。少し失敗したので、はっきり言ってまずかったがBrianが「Good」って言ってくれて、Angieが「I like.」って言ってくれたからうれしかった。2回目に作ったのは、カレーとお味噌汁とお稲荷さん。なんとも変な組み合わせだが、これは意外とうまく行った。カレーは、ルーを見せた瞬間からKimが「これ、すごくおいしいよね。」と言い出した。みんな、たくさん食べてくれた。お味噌汁は、Mexicoで作った時は、全然ダメだったから、きっとダメだろうと思っていたのだが、みんな、食べてくれた上に、「これ、おいしいね」とまで言われてしまった。ただし、Janetは、1口、口に入れたら、「何これ!?」と叫んでしまったのだが…。そして、問題はお稲荷さんだ。Angieは気に入ってくれたのかけっこう食べてくれた。でも、Momには 「これ、甘いわね。デザートじゃないの?」 と言われてしまった。かなりショックだったが、Momがほかのものを食べた後で、デザートとして食べていたのにはびっくりした。 翌日の晩御飯のデザートで、『チョコカスタードクリームがなみなみとパフェの入れ物に入っていて、しかもその上にはマシュマロとチョコレートが乗っかっているというなんとも甘――――――いもの』が出てきた。マシュマロを甘く感じないくらい、そのカスタードクリームは甘かった。私が、そのカスタードクリームとの大格闘の末、やっと食べ終えたときに「もっと食べる?」と聞かれてしまった。もちろん「私…いい。」といっておいたが。そのまた次の日、私とKimがガーデンでまめを摘んでいた時に、突然Kimが、「昨日食べた、あのデザート(もちろん、チョコカスタードクリームがなみなみと…のヤツ)、すごくおいしかった―!もっと食べたいな。Aoiはどう?」と言い出した。なにぃ!!!あんなのをたくさん食べたら気持ち悪くなりそうなのにぃ!?と心の中で叫びながら「あれは、とても甘いから、私はもう食べたくない」って言ったら「ええ!?この間、Aoiが作ったやつのほうが甘かったわ!ほら、あのオレンジ色で…。」お稲荷さんのことである。はあぁ!?甘さ、っていう物が違うんでない?Kim、あんたちょっと、おかしいんでないかい?(笑 |
二度目のプール 8月20日、あさってはもう帰る日だというはずなのにプールに行った。前に一度行ったことのあるところだった。でも、Kimはもともと乗り気ではなかったらしくあまり楽しくないということでプールに入っていたのは約20分だった。送ってきてくれたMomとGrand maとは3時に待ち合わせしていて、二人は町で買い物をしているのだ。私とKimは二人で散歩をすることにした。散歩に飽き、ボーっとしていたらすごい日本人的な顔の男の子が私に向かって「あなたは韓国人ですか?」と英語で喋りかけてきた。私は「日本人です」と答えた。その男の子は、英語がとても上手で私よりもKimと喋っていたのだが、話を聞いていると14歳で今ホームステイ中だという。私は、彼が韓国人だと分かった時に、韓国語で少し喋ってみたのだが向こうは私が韓国語を喋ったことに気付いていない。そりゃあそうだ。カナダで出会った日本人の女の子がまさか韓国語を喋るなんて、夢にも思わないだろうから。それにしても、韓国の人とCANADAで会って英語で喋るなんて、何だか気持ちが悪い。できることなら韓国語で喋りたいものだ。 |
けんかをした! ほとんど最後のほうに、私はKimとけんかした(私が勝手に怒っただけ…)。というのは、Kimが日本のAoiの家にFAXを送るから何か書いて、といったのでKimに渡された3枚の紙にびっしりといろいろなことを書いたのだが、送る時になって「私は日本への送り方を知らないから、送れないの。」と言い出したのだ。私は、すごく怒ってしまい、私に向かって謝っているKimを部屋から追い出し、ドアの前にスーツケースを置いて入れないようにした。そのときは何も考えていなかったのだが、その夜、よく考えたらKimも私と同じように日本へのFAXを書いていたのだ。そのときは出せると思ったのだろう。という事は、Kimは悪気があったわけではないのだ。(そんなことは分かっていたのだがそのときは怒っていてので、何も考えていなかったのだ。)それに、Hippoで同じファミリーの恵太が2年前にアメリカに行ったとき最後の最後にホストとけんかしてしまったという話を思い出した。私は、そんな風に、けんかをしたままで日本に帰るのだけはいやだと思った。というわけでとにかく私は反省し、次の日にKimが見てくれることを願って私の部屋のドアの表に『昨日はゴメンナサイ』と書いたメモをはっておいた。次の日、私はKimが来る前に目を覚ました。Kimが私の部屋にやってきて、あのメモを見たのだろう。「私もゴメンナサイ」といってくれた。Kimが悪いわけではないのに…。 |
私のためのケーキ 8月22日は私たちが帰らなければいけない日だ。その前日の8月21日のお昼ご飯は、お庭でホットドッグ。とてもおいしかった!そして、デザートとして出てきたのは…なんと「For AOI」とかかれたケーキだった。とりあえず、それを囲んで写真を撮った。食べてみると、そのケーキは、アイスケーキだった。とてもおいしかったがかなり甘かった。けれども、とてもてともうれしくて、涙が出そうになってしまった。それにしても、いつの間に作ったのだろう。私は本当に気付かなかった。
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最後の日 8月22日の朝起きてすぐに、日本の家族へのおみやげを渡してくれた。でも、そのときすでに荷物を詰めていたので、一生懸命詰めなおしていたら、Momにどこかに出かけて行ってまたすぐ帰ってくるような感じで「もう、行くわよ」と言われた。私は、本当に帰ることが信じられなかった。このまま、Kimの家にいても違和感はなさそうだ。とにかく、集合場所のVermilionに行った。そこにはすでに啓太が来ていたが、少しさびしそうだった。その内に、みんな集まってきてみんなで喋り始めた。1時間くらい経ってバスが来た。私たちは、そのバスに乗らなければいけない。Dadが「Aoiは、私の子どもだよ」みたいなことを言ってHugしてくれた。それからMomも「また絶対わたし達の家においで」みたいなことを言ってくれてHugをした。Kimにも「絶対にまたカナダに来てね」といわれて、Hugをした。Kimはけっこう元気そうだったが、Momは少し泣いていた。私も、少しウルウルしていた。。私達は、カルガリーに向かうバスの中で、ずっとそれぞれの家での話をしていた。きっとこの1ヶ月の思い出は一生忘れないだろう。 |
最後に… 私がCANADAでお世話になった4-Hのコーディネーターの人達。 向こうにいた1ヶ月間で仲良くなった友達。 私を1ヶ月もの間受け入れてくれたHeadon family。 一緒に行ったHippoの友達。 それから、私をCANADAへと送り出してくれたお父さんとお母さん。(&ファミリーの皆様) 私がCANADAに行ったことでお世話になったみんなに感謝したいです。 みんな、本当にありがとうっ! また行けるならCANADA行きたいっ!と思います。 |
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