■Alberta■

1999年7〜8月にあおい(中1)がカナダのアルバータ州に行った時の報告

 夏の思い出1999 in Canada 〜2000年3月版〜

今年の夏、カナダのアルバータ州で一ヶ月のホームステイをした。私にとって、4回目のホームステイだったが、今までで一番いいホームステイだったと思う。4年前、家族でロシアに行ったときは親が一緒だったのでどうしてもホストと喋ることも少なくなってしまった。2年前に韓国に行ったときは、オンマが日本語を喋れたし、なんとなくどこかに遊びに行くとかHippoの友達に会うということをたくさん考えてしまった。去年行ったメキシコもそんな感じで、家の近くにステイしている友達がいたのでどうしてもそっちの方に行ってしまうことがあった。でも、今回のアルバータは全く違った。最初は、一ヶ月という長いホームステイだと、寂しくならないか、はっきりいって不安だったが、過ごしているうちに、だんだんホストと一緒にいることが日常になってきて、ずっとカナダにいてもおかしくないほどだった。とにかく、それは私がHeadon familyの一員になれたという事だと思う。
家族のこと
とりあえず、ホストファミリーの紹介!
Dad
 いつも家で農業をしている。アゴが割れている、すてきなDad。とっても優しいけど、威厳がある。車が運転できる(慣れていて、けっこう上手)。
Mom
 Dadの手伝いをしたり、大きなトラクターの動かし方を教えてもらったりしてけっこう活動的。いつもは優しいけど怒ると激コワッ!車の運転ができるけど、心配性なのか、車が多いところは苦手みたい。
Brian…お兄ちゃん。19歳。
 町に働きに行っていて週末はDadのお手伝いをする。いつも私が起きたときには仕事に行ってしまって家にはいなかった。Kimと歳が離れているからだと思うけど、と――っても優しい(うちの兄ちゃんと、だいぶ違う…)。車の運転できるし、かなりうまいけど、Momがいると途端に安全運転になる。(Momが恐いのね)
Janet …お姉ちゃん。ステイ中に18歳 になった。
 Brianと同じで町に働きに行っていて、週末はDadのお手伝い。優しいんだ けど、何かというとガミガミ言っていてちょっと恐い…。9月からCalgaryの大学に行くとか言っていたような…。車の運転もけっこう慣れていてスイ スイ。やっぱりMomが乗っていると安全運転。
Brenda…お姉ちゃん。16歳
 夏休みの間だけ、ベビーシッターをしていたはず(よくわからない)。よく、 木のツルを使ってカゴを編んだりしていた。私と目が合うとにっこりしてくれる。かなりいいひと。車の運転できるけど慣れてないのか乗っていて少し怖い。
AngelaAngie)…お姉ちゃん。15歳
 Kimと1番歳が近いせいか、よくけんかをしていた。お料理が好きみたい。かなり面白くて、みんなを笑かすのが得意みたい。車の運転免許は持っていないけど、家の敷き地内では乗っていた(と思う)。
KimberlyKim)…ホスト。11歳になった。
 私はいつもKimのそばにいた。とってもテンションが高い。友達に会うと私をほってそっちに行ってしまうけど、それ以外の時は私のことを気にかけてくれていた。

左から、あおい、Dana(さおりのホスト)、Kim

出発の時&Calgary
 わたしたち、CanadaAlberta組のメンバーはグループフェロウのオババも含めて13人。みんなとても仲良くなれた。Alberta組は、成田から、アメリカのシアトルへ、それからCANADAのCalgaryに行き、Calgaryの州立大学に2泊してからそれぞれのホームステイに入った。そして帰りはそれぞれのステイ先からCalgaryのホテルに集まり、一泊してから次の日の飛行機てシアトル、成田へ、というスケジュールだった。
大阪から行ったのは、私ともと泰介の3人。わたしたちは大阪から成田まで新幹線で行った。名古屋に着くと、オババさまとゆっぴーが乗ってきた。東京駅からT-CATに行く間にすぐに仲良くなった。T-CATでは,もう何人かの人が来ていた。そこでまずさおりと仲良くなった。それから説明を受けてとにかく飛行機に乗った。
 シアトルに着くとまず、税関を通らなければいけなかった。他のみんなはどんどん先に行ってしまっていたのだが、わたしとさおりゆっぴー啓太と、河北君は(こんだけやったっけ?)先に行きそびれてしまい、しかも、わたしたちの後ろに並んでいた人たちは他のカウンターに移されたらしく、わたしたちだけが取り残されてしまったのだ。みんなの姿も見えないし、少し不安になっていたのだが少し経ってやっと通ることができた。
 まぁ、とにかく色々苦労もあったが何とかCanadaのCalgaryに着くことができた。そこには、コーディネーターのデビーさんが迎えに来てくれていた。わたしたちの重たいスーツケースをデビーさんのだんなさん(バスの運転手)とデビーさんの息子のJustin(めっちゃかっこいい!)がバスに積んでくれてCalgaryの州立大学へと向かい、その日はそこに泊まった。

アルバータメンバーと、コーディネーターさん達。上段左からデビーさん(コーディネーター)、オババ、コーディネーターさん(名前わからない)、さおり、あおい、Justin、ゆっぴー、なまみ、りこ、さえ。下段左から高木くん、たいすけ、もと、啓太、和也、河北君。

 次の日、疲れを取るため(時差ぼけをなおすため?)に遊園地に行った(余計に疲れたかも…!?)。結構広くて中に『汽車』が走っている。乗り物があるのは敷地の一部だけで他のところには牛や馬がいる場所や、お店のたくさん並んでいるところがあった。わたしたち(さおりゆっぴーと、りこさえなまみ)は、まず、乗り物に乗った。どれもなんかかわいいものばっかりで、ジェットコースターなんて物は無かった。で、ある乗り物に乗っていた時に同じように乗っていた男の子がいた。その子は大きなぬいぐるみを持っていてなぜかわたしに手を振ってくれた。その時はそれだけだったのだが、他の乗り物に乗った時にも、次の乗り物に乗った時にもそばにいたので名前を聞いた。彼の名前はアジャー(多分)。10才くらいかな…?なんかかわいかった。アジャーはわたしたちが行くところ行くところに現れて、そのたびに手を振ったりした。しかも、彼はひとりで自転車で来ていたみたいだった。
 その後だったか,前だったかは忘れたが、わたしたちは「アイスを食べよう」ということになってアイスクリームやさんに入った。そこのアイスクリームやさんの中にレオナルド・ディカプリオ似の店員さんが!しかも、言っちゃ悪いけど、ディカプリオさんよりも、顔が細くてかっこいい!で、なんとなくさおりに「ねぇ、あの人なんかディカプリオ似じゃない?」というとさおりもそう思ってたみたい。だって、ほんとに似てたんだよ!
 で、問題はそのあと!うちらみんなで汽車に乗ったんだけど、ですね。うちらがボーっと乗ってたら、あの、かっこいいJustinが乗りこんできたわけよ。Justinってばかっこいいもんだからもう、見とれちゃって、降りる時にカメラを忘れてしまった…!あとで気付いたんだけど、そりゃあもう、すごーくすごーくあせった!で、そこから行動開始!まずは駅でその汽車が来るのを待って汽車の中を見てみました。ハイ。でも、見つからないの!どうしよう!って思ってとにかく、駅員さんに聞いてみた(さおりが)んだけど、「知らない…。」だって。でも、駅にいたほかの駅員さんに聞いてみてくれた。それで、「そのカメラはオリンパスか?」ってきかれて、「うん」って言った。そしたら、このパークの落し物センターみたいなトコにあるかもしれないって!で、うちらはそこに急いで向かったわけ。そしたら…。あった――――――!見つからないかも、って思ってたからすごーくうれしかった。カメラがなかったら1ヶ月どうしよう!って思ったもん。本気で。さおりのおかげです。ありがとう!
 遊園地から大学に戻ってご飯を食べたら、プール(大学の施設)へいった。これは、プールに行きたい人とアイススケートしたい人に分かれていった。でも、プールに行く!っていってたのは、HippoもLaboも合わせても、私とさおりゆっぴーだけ。それでは、ちょっと少なすぎる、ってことでほかに行きたい人を探すと、結局プールに行くことになったのはわたしたちとHippoの男の子全員ということ。プールには、浅い25メートルのところと深くてジャンプ台があるところがあった。深い方は50メートル以上泳げないとダメだそうで、みんなで泳いでから深い方にいった。んで、男の子達は、みなさんお元気で、結構高〜い飛びこみ台から飛び込んでおりました。みんなすごいねぇ。
 プールから帰ってきてからみんなでオリエンテーション。ここで、HIPPOと、LABOそれぞれが何かをして紹介するってことをした。LABOは、英語劇をやったみたいだったけど、私にはよくわからなかった。んで、HIPPOは『What is HIPPO?』っていって、HIPPOのテープ歌ったり、SADAをしたり、とにかく、ヒッポの紹介をした。その中で、私は紙芝居をした。今までに行った国のこととかいろんなことを言うんだけど、すっごい緊張してしまった〜

 対面の時 
 私たち(Hippoのメンバーのうち私と啓太さおりだけ)は他の人たちと比べると少し北の方に行った。(途中まで、なまみも一緒だったが、最後までいたHippoの人は3人だけだった。)この3人と、ラボの4人(途中から3人になった)はCalgaryからバスで4時間半ぐらいのVermilionという町でそれぞれのホストと対面した。バスの中では最初の方はみんな喋っていたが、7人だけになったとき、もうほとんどの人が寝ていて起きているのは、バスの運転手さんだけだった。Vermilionにつく寸前に私は起きた。雰囲気からもうすぐ着くことを感じ、私は、さおりちゃんを起こして身支度をした。バスが、何か建物のところに止まる様子だ。その建物の前にはたくさんのホストファミリーたちがいる。あ、あの子絶対Kimだ!私はそう直感し、バスの中からその子に手を振ってみた。その子は振り返してくれた。バスを降りるとさっきの子が私のところへ来てにこやかに話し始めた。
「Hi.Are you Aoi?」「Yes!」「Aoi.Are you hungry? A little?」「Yes.little.」「O.K」
 Kimは私のためにゆっくり話してくれるので、すごくよく分かる。今まで不安だった言葉のことは、この子と一緒なら大丈夫そうだな…。本当にそう思った。
 そこでは、みんなが少し何か食べられるようにと果物が用意されていた。私は、少し食べた。あまり喋ることがないので笑わせようと思ってその果物で顔を作った。笑ってくれた。うれしかった。(>。<)そして、Kimが一人の女の子に声をかけた。その子の名前はDanaというらしい。ん?なんか見たことのある子だな。その子は、バスの中で見せてもらったさおりのホストの写真とすごく似ている。そう、さおりのホストだったのだ。
 子ども達何人かで外に行こうと言うので行ったら、さおりちゃんも一緒だった。私が、あんまりさおりと喋っていたらKimに悪いかなと思ったので、あまり喋らなかったら「あなた達は友達じゃないの?」と聞かれた。「もちろん友達だよ!」ってさおりが答えてくれたけど。
対面してから家に着くまで
 そのうちに、みんなが家に帰りはじめ、私たちも家へ行くことになった。スーツケースを車に積み、さあ、出発!Kimは、気を使って私にいっぱい話しかけてくれた。少し話しているうちにKimが「あなたのスーツケースの中に、あなたのお母さんは入ってないよね?確か、手紙に書いてあったけど…。」と言った。私の母はホストが決まったときに書いた手紙に『葵のスーツケースの中に入って私もCANADAに行きたい』と書いたのだ。Kimはその事を覚えていて、わざわざ私に聞いてくれたのだ。私は、もしかしたら入っているかも…!?なんて、言い方、わからないので、そんなそぶりを見せながら「I don’t know.」と言っておいた。Kimはちゃんとjokeも分かってくれる。
 こんなふうに喋っているうちに家に着いた。家は、一見平屋だが半地下がついている。よく考えると、とても広いはずだ。私は、半地下にある4畳くらいの部屋に案内され「ここがAoiの部屋よ」と言われた。ベッドがあって、パソコンがあって机があって小さなたんすがあってそして、たくさんの人形が飾ってあった。
 家と家の周り 
 アメリカや、CANADAに行った人からよく、『隣の家が見えなかった』と聞くが、もちろん私の場合も例外ではなかった。お隣さんは家から50メートルも離れていないところに住んでいるGrand maGrand paだった。もっとも、二人も同じ敷地内に住んでいるのだから少し違うかもしれない。という事は、この二人を除くと確か、自転車で10分ぐらいの所に家があった気がするから、そこがお隣さんなのかもしれない。
 とにかく、DadGrand paの持っている土地はとても広い。1600エーカー。つまり、6、5平方キロメートルもの土地を持っているのだ。全部の敷地を見たわけではないからよく分からないが、きっとそのほとんどが小麦やオーツなどの畑だろう。
 私とKimの行動範囲は、家の周り(Grand maの家、トレーラーハウス、鶏小屋)とたまに牛の放牧されているところに行くぐらいだった。他のところに行こうと思ったら、車を使わなければいけない。それほど広いのだ。

多分、ここは家の敷地内やと思う。矢印のところにある小さな陰はサイロ。家はそのサイロの近くにある。遠っっ!!

 トレーラーハウス 
 8月1日はBrianが一人で住むためのトレーラーハウスが完成する日だった。一人で住む、と言っても、家から20メートルも離れていない、ちょうどGrandmaの家との間に、前から置いてあったトレーラーハウスの中をきれいにしただけだったが。実は、何日か前からその準備を進めていて私やKimも荷物運びのお手伝いをしていた。この日は日曜日なので元から引越しをするだけと決めていたのかもしれない。私とKimが重た――い荷物を運び終わった後で、Brianが小銭をジャラジャラ持ってきて私とKimにお小遣いをくれた。2人で適当に分け、あとで数えて見るとKimは$2.00で、私は$1.75だった。Kimは私より多かったので、「私のほうが多いわ!」って勝ち誇っているみたいに私に何か言っていた。
 私とKimは、よくそのトレーラーハウスに行った。何をしていたかと言うと、落書きだ。落書きと言っても、冷蔵庫にかけてある小さなホワイトボードにだ。そこは、Kimが書いた『Brian’s white board』の字と、私が書いたバニーガールのイラスト、そしてKimと二人で書いたキスマークでいっぱいだった。後で、Brianはけっこう喜んでいた(らしい…)。
 金魚のフン
 私はいつも、Kimと一緒にいた。まず、朝起きるのは7時30分から8時の間にKimが起こしに来てくれ、着替えてから一緒に朝ご飯を食べる。その後猫と鶏にえさをあげに行く。とにかく、それだけは毎朝することで、この後はその日によって木の実を摘みにいったり掃除をしたりテレビを見ていたりしていたのだがいつもKimと一緒だった。私はHippoで言われていた、『とにかくホストと一緒にいる』ということを徹底してやってみたのだ。これはけっこういいかもしれない。
 動物がいっぱい! 
 家には(もちろん、家の中ではないが)動物がたくさんいた。牛(食べるための…)が、50頭くらい(だと思うが…)と、鶏(卵を採るための…)が10羽と、猫が五匹、あと犬のレズィーがいた。この中で、Kimのものとなっているのは、鶏10羽と猫4匹(あと1匹の猫は、Grand maのものだった。)。鶏と猫には、毎日二回、えさをあげに行く。そして、鶏の卵は3日に一度だけ取りに行く。すると、30個ぐらい卵があるのだ。それをお湯で洗って(ゆで卵にならへんのかな?)から冷蔵庫に入れて保存する。
 猫は、いつもどこかをうろついていて、鶏は、鶏小屋の中でわめいている。えさは、いつも鶏小屋のところであげるのだが、猫を呼ぶときにKimがいつも「カマロ―ン!キリ―――――――ス!!!!!!」と叫び、ニャン、ニャンと猫のまねを少しする。すると、ちゃんと集まってくるのだ。3匹の猫が。残りの一匹(ジャック)はなぜかえさのときには現れない。他の猫と仲が悪いのかと思ったら、「ジャックはとってもFriendlyなのよ」と言っていた。でも結局ジャックがえさのときにやって来る事はなかった。
 牛は、家のすぐ近くにある土手の下で放牧されていた。たまに土手の上の方まで上がってくることもある。家の近くにいるのだから、夜なんかでも牛の鳴き声がうるさくて、なかなか寝つけないこともあった。牛は放牧されているせいか、ハエがブンブンたかっている。気持ち悪くて、しかもすごくでかいから怖くて、近寄られたときはどうしよう―――――!とか思ってしまった。(ゴメンナサイ、牛さん)
 投げ縄をした! 
 Kimと対面し、初めて家へついた日になんと、投げ縄をした。短い縄で3メートルくらい離れたところにある1メートルくらいの高さの丸い飼料入れを狙うのだが、簡単なものではない。最初は、意外とできるかもしれない、と思って挑んだのだが、全くダメ。「それ」は前へも飛んでくれないのだ。さすがのKimでも、10回に1回くらいしか入らない。たまに入ったときにKimは得意げにAoiにはできないでしょ、と言うような顔をする。そんなん、Kimはずっとここで育ってきてんねんから、投げ縄できてもおかしくないけど、投げ縄なんか、今まで1回もやったことないうち(私)にやってみろ、ってゆうんがおかしいんやんかぁ…と思ってしまった。結局その日は1回も入らず、ただ腕が痛くなっただけだった。
 次の日の午後も投げ縄をした。ずっとやっているうちに、だんだん前に飛ぶようになり、飼料入れに当たるようになり………なんと!その日は飼料入れに3回も入ったのだ。なんとなくいい感じ!?とか思っていたら、鼻から何かがたれてくる。なんとまあ、鼻血。びっくりした私とKimはすぐに投げ縄をやめ、急いで家に入った。
 それから後は、確か投げ縄はしなかったはずだ…。
 言葉のこと 
 →私が日本人だということを知った時向こうの子はみんな「Cool!」と言った。他にもプリクラを見せた時なんかにも言われたのだが、きっと珍しいのだろう。
 →小さい子が「アォイ〜!アォイ〜!」といいながら泣いていた。私の名前は『あおい』だ。何で、私の名前を呼びながら泣いているんだろう?と思っていたのだが、どうやら痛い時に「アォイ〜」というらしい。それを知ってからでも「アォイ〜」と泣いている子がいたりするとドキッとしてしまった。そういえば、私のことを知らない人にKimが私のことを紹介する時には、「This is Aoi. Isn’tアォイ〜」と言っていた気がする。
 →ごはんを食べていて自分のところに食べ物がなくなった時、すかさずKimが「You want more?」と聞いてくれた。その時はあまり気付かなかったのだが、去年メキシコに行った時に、「キエレスマス?」と言われていたことと同じだった。
 →それと、学校では「あなたは〜を持っていますか?」という文は「Do you have〜?」と習うけど、いつも「You have〜?」というようにDoを省いて言われた。
 →車でどこかに出かける時に、私はカメラを持ってくるのを忘れてしまった。そのことをMomに伝える時に私は「I don’t take a camera.」といったら「じゃぁ、急いでカメラを取ってきなさい」といわれた。通じたことが分かってとてもうれしかった。
 フェア―に行ったこと 
 7月31日に、Vermilionという車で30分くらいのところにある町でフェア―があった。フェア― っていうのは、移動遊園地のおっきいバージョンみたいな感じで、1つの町に3日くらいずつ滞在していたらしくこの日は3日目。最後の日だったんだ。
 最初は、車が重た―――――――い物を引っ張るレースみたいなのを見ていたが途中から、乗り物に乗ろう!ということになり、とりあえず、チケットを買った。Kimにこれを買ったら?と言われたフリーチケットを買ったら、$21もした。Kimは$14くらいのチケットのシートを買っていた。乗り物に乗る前にさおりと遭遇!した。そのとき、さおりはすでに乗り物にいくつか乗ったらしく、酔って死にかけていた。そのとき、時刻は、確か5時ごろ。一緒にハンバーガーを食べることにしたが、ハンバーガーを買うため、列に並んでいると、さおりちゃんのホストのDanaが「boy friendが今この前を通った!」と言って、boy friendを追いかけて走っていってしまった。もちろん私達も止めたのだがKimにあなたが並んでおいて!と言ってすごい勢いで走っていってしまったのだった。そのあとなにか出し物があるみたいで観客席のところに行った。途中までさおりもいたのに、さおりDanaの友達に呼びとめられ、私のほうは、DadMomが先に言ってしまったため、さおりとははぐれてしまった。まぁ、とにかく私とKimはその出し物を見ていたが、あまり面白くないのが分かると、乗り物に乗りにいった。3つくらいの乗り物に乗ったが、どれも酔うものばかり。Kimは元気そうだったが、私はフラフラしていた。でも、「酔った」ってなんて言うのか知らないから困ってある乗り物に乗ってるときにぐて―っとしてたら気付いてくれた。で、また観客席の方に行ってマジックショーみたいなのを見た後で、もう一回乗り物に乗った。今度は、ほとんど酔わなくて楽しかった。最後に花火が上がった。きれいだった。でも、せっかくフリーチケット買ったのにそんなにたくさん乗ってないから、ちょっと損した気分だ。
 ご飯のこと 
 いつも、朝ご飯はシリアルかパンケーキかワッフルだった。毎日、食べる時に、「今日は何が食べたい?シリアル?それとも、ワッフルかパンケーキ?」とKimが聞いてくれた。シリアルの中では、『RICE CRISPIES』というご飯粒みたいな形のやつが好きで、私はいつもそれを食べていた。んで、ワッフルとパンケーキの違いっていうのは、形だけだからあまり変わらないけど、自分より先に食べた人(お姉ちゃん達とか)がどれにしたかで決まることが多かった。
 シリアルに関して言えば、今までアメリカ、カナダに行った人が「小さいドーナツみたいな形でいろんな色のやつは食べんほうがいいで」と言っていたから、Angieに1回だけ進められたけど、やめておいた。
 昼ご飯は、前日の夕食の残りとか、ホットドックとかだけだった。毎週、土、日のどっちかのお昼に庭でウインナ―を焼いてホットドックにして食べることがあった。パンはホットドック用のを冷蔵庫で冷やした冷たいもので、ウインナ―はその場で焼くから熱いっていう組み合わせが、すごくおいしい。で、そのあとのデザートはもちろん、焼きマシュマロだった。それもおいしいから、たくさん食べてしまった。
 夕ご飯は、マッシュポテトと肉系のものとレタスっていうパターンが多かったかな…。肉系のものっていうのは、ぶ厚いハムとかミートローフみたいなのとか、ラザニアとか。で、たまにステーキとか、チキンの手羽先とか。
 ぜ―――んぶおいしい!!!!!
 朝ご飯を食べる時は、たいてい私とKimの二人だけだった。DadBrianJanetは仕事があるから早いし、Momもこの3人と一緒に食べるみたい。で、BrendaAngieは先に食べているときと、一緒に食べるときとまだ寝ているときがあるみたい。昼ご飯のときはみんなそれぞれで食べるからよく分からないけど、多分JanetBrian以外は家で食べていたと思う。夕ご飯は、たいてい全員そろって食べていたが、Brianはトレーラーハウスに移ってから一度も家では食べず、トレーラーハウスで一人で食べていたようだ。
 向こうの食べ物は何でもおいしかったが、これはちょっと…と思ったものもある。例えば、ビーツというサトウダイコンの仲間や、砂糖や着色料がたくさん付いていそうなお菓子やジュースなどがある。前者は、もともとの色がピンクみたいで、いかにもまずそうだったので食べるのをやめておいた。後者の方はこれまた着色料のおかげで真っ赤や真っ青、中には真っ黒なんていうのもある。1度、真っ黒のキャンディーをカナダの友達にもらった時に、せっかくもらったからと食べてみたところ、おいしいとは言えない、ものすごくまずいわけでもない、まぁ言えばおいしくないけど食べることができるという感じだった。

 

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