略語をマクロ定義する際の注意点


 前節で説明した、上位マクロを使ったマクロは、LaTeXの組み版能力のごく一部を利用できるに過ぎないのですが、それでも、写本内で利用される略語の 大部分を表すことができます(表せない略語のためのマクロも、今後作成していく予定です)。しかし、マクロの定義法を知ったからと言って、すぐに略語のマ クロ定義ができるわけではありません。その背後にある方法論を理解することが大切です。

マクロ名

 横棒で貫かれたpがpar, perなどを意味する略語であることは、これまでにも何度か触れました。写本内でこの略語が用いられている場合、p arとイタリックを使い、略語を解釈した結果、その語が得られたものであることを、明示しようとする校訂本もあります。重要なのは、イタリックに なるのは、arだけで、pは通常の字体だということです。横棒がarとして解釈されたのだから、その部分だけが、イタリックになるのだ、という論理です。
 しかし、筆者は、parを表すマクロは\par|とすべきだと思います。理由は二つあります。

 第一に、横棒の引かれたpからparが導き出されるのは、pと横棒が別々に解釈された結果ではないように思うからです。文字に付された補助記号は、くっ つく相手によって意味が変わる場合も少なくありません。横棒の引かれたpは、pと-というふうには分割できない、一つの文字だと考えた方が良いでしょう。
 第二に、多義的な補助記号に多数のマクロが対応することになると、マクロ名を見ても、どの補助記号が対応しているのかがわかりにくくなり、ミスを誘発し てしまう危険があるからです。基本文字と添え字をセットにした、マクロ名に利用することで、略語とマクロの間にできる限り一対一対応の関係を保つようにす ることは、ヒューマンエラー防止の効果があります。
 もちろん、こうしたマクロ名の命名法でも、完全に略語とマクロの一対一対応が実現できるものでないことは筆者も承知していますが、筆者の提唱する方法 で、略語とマクロの対応関係の管理が非常にやりやすくなるのも事実です。
 ただ、筆者自身、鼻母音を表す記号に関しては、自身の原則を曲げ、\m|, \n|といったマクロ名を採用しています。全ての母音とチルドの組み合わせをマクロで表すと、マクロの数が増えすぎる、というのがその理由です。肩付きの 9のusについても同様です。前につく文字が多岐にわたるので、この記号も基本文字と組み合わせてマクロに対応させるのは、かえって不合理です。
 マクロと略語の煩雑な関係の防止とマクロの個数抑制という相反する要請の、どちらを満たした方が合理的かという判断が必要となります。

略語の多様性

 写本の様々な略語を表現する能力を、マクロはもっています。LaTeXの能力を十分に活用すれば、相当忠実に、写本を再現することが可能です。しかし、 十分に注意しなければならないのは、単なる再現は無意味だということです。たとえば、鼻母音を表す記号が、ある場合には、チルドのように波打ち、別の場合 には、単なる横棒になり、さらに別の場合には、アクサンテギュのような形をとる、といったことは、良くあることです。そのそれぞれの形に対し、一つ一つマ クロを作れば、より、写本に近い状態のディプロマティック版を作ることもできるでしょう。けれども、それが何の役に立つでしょうか。大事なのは、それらの 多様な形態が、同じ意味をもつ一つの記号なのだと判断し、同じマクロで表すことなのです。形態の違いが意味を持つ、あるいは意味を持ち得る場合にのみ、異 なったマクロを利用するべきです。写本内では、sやrの形も相当に変化します。けれども、それらをディプロマティック版で表現することに、意味があると思 う人はありません*。補助記号についても、同じことが言えます。写本を読むという行為は、文字や記号の同定作業です。同定を放棄し、写本を見たままに再現 するのであれば、写真で十分です。

*もちろん、補助記号の微妙な違いが問題になることはあります。文字でも、たとえば、sとfの区別が付きにくいことがあるのと同様です。そうした違いを無 視しろと、筆者は主張しているのではありません。sとfの区別が付きにくいから、その文字をマクロを使って、そのまま再現してしまえ、というのは、短絡的 だと言っているのです。文字解釈、略語解釈の微妙さは、マクロを使って表現できるものではありません。そうした問題は、注釈などで個別的に説明すべきなの です。

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