写本画像を書き写す――エディション・ディプロマティック
比較的忠実に写本の内容を再現するテキストは、専門用語ではエディション・ディプロマティックと呼ばれます。一方、一般の読者にも読みやすくするために
多かれ少なかれ研究者が手を入れたテキストは、エディション・クリティックと呼ばれます。とはいえ、両者の区別は曖昧で、その間には様々な段階がありま
す。本書がエディション・ディプロマティックという用語で示すのは、
といったテキストです。
- 句読点はつけません。
- 大文字小文字は現在の慣例に従います(詩行の冒頭、固有名詞の冒頭は大文字に、その他の文字は小文字にします)
- uとv、iとjは区別します
- 原稿作成段階で略語は解釈しますが、出力の際には、写本の表記を可能な限り尊重します
実のところ、2,3はそれほど大きな問題とはなりません。なぜなら、原稿が完成した段階で、全ての大文字を小文字に、jをiに、vをuに変換してしまえ
ば、多くの写本と同様に、大文字と小文字、iとj、uとvの区別がないテキストを出力することもできるからです。1はもちろん問題ないはずですから、注意
すべきは4だけです。
すでに述べたとおり、上のテキストはSans \gra|nd da\m|aige ne sera
de\par|tisと記述されます。つまり、原稿を作る段階で、略語解釈を行います。略語の解釈は写本の読み方の域に入りますから、本書の記述対象から
ははずれます。問題は略語の記述法です。
マクロ
LaTeXは、ユーザーが出力法を定義し、その定義に任意の名前を付けることができます。定義は次のようなものです。
- \def\gra{g\llap{\raisebox{1.2ex}{{\scriptsize a}}}}
- \def\m{\llap{\symbol{"7E}}}
1は\gra|をgの上に小さなaが乗っかった形で出力しろ、という定義です。2は\m|を直前の文字上に乗ったチルドとして出力せよという、定義で
す。実を言うと、\gra|や\m|の後の|はLaTeXで解釈を行う前にスペースに置き換えます。けれども今のところ、それは気にしないでおきましょ
う。略語が現れた場合、その解釈を\と|で挟むのだという風に今のところは考えてください。
問題は定義です。残念ながら、略語の用法はある程度写本によって異なります。そのため、写本により定義を変えねばならないということになります。ここが
一番の難所になるわけで、定義集を自分で作成しなければなりません。次節で説明するとおり、筆者が提供する上位マクロを利用して、たいていの略語は簡単に
定義できるようになっています。しかし、そうした上位マクロでは実現できないような定義が必要になった場合には、自分で定義を編み出すか、人に依頼するし
かありません。筆者自身はそうしたお問い合わせがあれば、できる限り協力するつもりです。多くの場合、数個のマクロの定義を作るのは、それほど手間のかか
る作業ではありません。
ところで、定義には任意の名前が付けられると言いましたが、場合によっては、LaTeXのコマンドとバッティングします。たとえば、\par|はそのま
までは使えません。paragraphの交代を意味するコマンドと同じだからです。そのため、先のディプロマティック版を出力するための原稿は、本当は、
Sans \gra|nd da\m|aige ne sera de\per|tis
となっています。\per|も\par|も同じ略語が使われているからです。このように、マクロを使うにはいくつかの注意が必要です。次のような手順を踏
むと良いでしょう。
- 略語を解釈するたびに、手書きで略語を書き写し、どう解釈したかを書き留めておいて、略語の一覧表を作る
- 略語の解釈がLaTeXのコマンドと一致するかどうかを解説本の索引でチェックし、バッティングが起こる場合には、その旨を一覧表に書き留め
ておく(略語の最後を締めくくる|は、無視してコマンドと比べてください)
1は写本を読む限り必ずやらねばならないことですから、手間ではないはずです。後ほんの少し、2の手間をかけるだけです。これだけのことをしておくだけ
で、マクロの定義を自分で作る場合にも、人に依頼する場合にも、作業がスムーズになります。コマンドとマクロ名つまり略語の解釈が衝突する場合には、
LaTeXを実行する前に、一括置換でマクロ名を書き換えるとよいでしょう。
略語解釈の問題点
同じ解釈ができる略語が複数用いられている場合や、逆に複数の解釈を要求する略語にはどう対処すべきでしょうか。
まず、後者の場合には、全く問題がありません。というのも、複数のマクロ名に同じ定義をあたえれば良いだけだからです。たとえば、pに横棒が引かれた略
語は、先ほども見たとおり、parともperとも解釈されます。そもそも行頭や人名の冒頭に問題の略語が来た場合には、Par,
Perとなります。したがって、pに横棒が引かれた略語は四種の解釈ができるわけです。全ての解釈に対して一つの略語しかないのですから、ディプロマ
ティック版でも一つの略語が出力されれば、それで写本をきちんと再現していることになります。
問題は同じ解釈ができる略語が複数用いられている場合の方です。たとえば、上に横棒が引かれたqと、上に小さなeが書かれたqのどちらもが、queと解
釈できる場合、両方を\que|としてしまうと、一つのマクロ名に対し、二通りの定義を与えなければならなくなります。もちろん、そんなことはLaTeX
が許容しません。解決法は二つあります。一つは、\1que|,
\2que|のように略語に番号をつけて区別する方法です。もう一つは、たいていの場合、複数の略語が同じ意味で用いられている時にはその使用頻度に著し
い差が出ますから、少数派だけに番号をつける方法です。番号は必ず\の直後につけてください。もちろん、少数派の略語の使用回数が数回だけなどといった場
合には、略語の一覧表に但し書きでも付けて、すませてしまうこともできるでしょう。
行番号
行番号が表示されるエディタソフトを使う限り、トランスクリプションの間は行番号の必要はないでしょう。ディプロマティック版を出力する段になると、行
番号なしでは不便です。筆者が提供するスクリプトは、写本の行の位置とエディタソフトの行番号が一致する限り、自動的に正しい行番号をつけるようになって
います。
フォリオ番号と詩節番号
写本とディプロマティック版を見比べる場合、行番号以上に重要なのはフォリオ番号です。また、詩節番号も重要です。これらの番号は、あなたが何らかの
形で指示を与えない限り、プログラム処理が困難です。筆者が提供するプログラムでは、次の方法でユーザーからの指示をうけます。
まず、各詩行の前には必ず二つのタブを入力してください。一個目のタブの前はフォリオ番号を入力する場所です。フォリオ番号は//で挟みます。二個目の
タブの前は詩節番号を入力する場所です。詩節番号もやはり//で挟みます。そして、大事なことですが、本文中ではこれ以外の用途で、タブや/を絶対に使用
しないでください。/は半角のスラッシュです。
なお、フォリオ番号や詩節番号そのものは必ずしも入力する必要はありません。詩節やフォリオの変わり目に//だけを入れておけば、筆者の提供するプログ
ラムで、自動的にフォリオ番号や詩節番号を入力することができます。ただし、フォリオ番号や詩節番号がジャンプしたり、重複したりして不連続になる場合に
は、プログラム処理はできません。この場合には手入力する必要があります。
散文テキストの場合
行番号や詩節番号の話が韻文にしかあてはまらない事柄だとは思わないでください。散文テキストの場合でも、行が折り返す場所で改行を入れた方が、写本と
の比較が容易になります。また、詩節番号は必要なくとも段落番号は必要になります。散文テキストを扱う場合には、詩節番号が段落番号に相当すると考えてく
ださい。なお、散文テキストの場合、通し番号の行番号は無意味になりますが、筆者の提供するプログラムでは、指示をきちんと行えば、段落ごとに1から数え
なおして、行番号をつけます。
目次にもどる
次ページへ