コンピューターを使ったテキスト校訂

はじめに

 本書は、テキスト校訂の際のコンピュータ利用法を解説するために編まれました。筆者の専門は中世フランス文学です。したがって、本書で扱うテキストと は、中世のフランス語、とりわけ古フランス語で書かれた文学作品の写本のことです。とはいえ、本書では、写本の読み方は説明しません。また、校訂法も扱い ません。校訂法や写本の読み方に言及することがあるとしても、それは、説明をわかりやすくするためにすぎません。校訂法については、Alfred FouletとMary Blakely SpeerのOn editing Old French texts (The regents press of Kansas, 1979, ISBN 0-7006-0182-1)とYvain G. LepageのGuide de l'édition de textes en ancien français (Honoré Champion, 2001, ISBN 2-7453-0540-9)という優れた二冊の書物を紹介しておきます。

 本書を公開する目的は三つあります。
 第一に、筆者なりに積み上げてきた校訂作業の経験をまとめ、他の中世仏文学専門家に伝えることです。筆者に、人より恵まれた研究能力や優れた研究キャリ アがあるわけではありません。しかし、自身の校訂作業の進め方には、一つだけ独自性があると筆者は信じています。それは、コンピュータを利用するというこ とです。もちろん、コンピュータ上で校訂作業している研究者は多いでしょう。けれども、テキストをワープロソフトで入力するだけでは、コンピュータを利用 した校訂作業とは言えません。電子タイプライターでも同じことができるからです。
 SpeerとFouletの書物が出版された1979年には、まだ、パーソナルコンピューターはほとんど普及しておらず、マッキントッシュと言われて も、お菓子の名前だと思う人も多かったようです。それだけに、この二人の書物では、校訂法におけるコンピューターの活用については全く触れられていませ ん。それは当然としても、一昨年に出版されたLepageの書物でさえも、校訂にコンピューターを使うことの意味は、必ずしも明確にはされていないので す。もちろん、les dossiers éléctroniques (電子書類:ある作品の全ての写本のテキストを電子化し、任意の写本で、任意の行や文がどのようになっているかを確認できるようにしたもの)への言及もあ ります。また、SpeerやFouletが写本のテキストを書き写すのにルーズリーフを使うと便利だと述べたように、Lepageは全ての写本のテキスト をコンピュータで入力しておくと便利だとも述べています。しかし、少しコンピュータを使い慣れた人間なら、あれ? と思うような記述も少なくありません。 たとえば、

 「複数の写本を書き写すのに、もっともわかりやすくて簡単な方法は、写本のテキストをひとまとまりとなる行の単位で提示するようにするというものであ る。とりわけ、韻文はごく自然にテキストを切り分けることができるので、この方法が有効である。このようにすれば、ある行に関する全ての写本の読みが常に 同じ順序で上下に並ぶことになり、そのことが異文を見比べたり、異文の生じる箇所を割り出したりすることが、非常に簡単になる」(p. 85)

 Lepageの主張は間違っているわけではありません。しかし、Lepageの記述が、コンピュータにあまり詳しくない読者に誤解を与えるのではないか と心配なのも事実です。コンピュータに向かって、Lepageが紹介したそのままの方法で校訂テキストを入力してしまう人がいそうだと思うのは筆者だけで しょうか。上で、Lepageが述べているのは、データの整理法であって、入力法ではありませんが、Lepageは、そのことを明言してはいません。も し、彼の記述通りに校訂テキストを入力したら、悲惨なことになるのは、間違いありません。
 実際、複数の写本を書き写すのには、それぞれの写本を独立したテキストファイルとして入力するのが、もっともわかりやすくて簡単でしょう。実は、そうし て入力されたテキストデータは、コンピュータの特質上、もっとも扱い易いものでもあるのです。Lepageの提案する、テキストデータの整理法を適用し、 各写本の読みを、行や意味単位ごとに、同じ順序で上下に並べ直すのは、入力が終わってからでも遅くありません。一見、回りくどく見える道順かも知れません が、最初からLepageの提案する方法でデータを入力してしまった場合、後で、各写本ごとのデータを独立させるのは、非常に手間がかかります。また、写 本の数が多い場合、入力作業そのものが恐ろしく煩雑になるのも理解いただけるでしょう。
 各写本ごとに独立したデータを作り、後から、各行ごとにコピーを行い、一つの書類にまとめるのも、かなりの手間だと感じる方もあるかも知れません。しか し、コピーはコンピュータ上でのデータ操作法の一つに過ぎません。それ以外の方法で同じ結果を得ることも可能です。コンピュータは、データ操作のための機 器です。非常に複雑と思われるデータ操作であっても、わずか十数行のプログラムで事足りることも少なくありません。したがって、データの整理を人力で行っ てからコンピュータに入力を行うというのは、得策とは言えないのです。

 コンピュータに慣れていない人は、往々にして、データの入力法と整理法を混同します。たとえば、手書きのカードからなる住所録をコンピュータに入力する 場合を考えてみましょう。氏名の五〇音順にデータが並んでいた方が便利だと考えたAさんは、まずカードを並べ替え、その順番通りに入力を行いました。この 場合、Aさんのデータ入力法のどこが悪いのかは、一目瞭然です。カードを並べ替える手間は全く無駄なわけです。コンピュータには並べ替え機能がありますか ら、その作業を人間が行うメリットは何もありません。漢字の氏名は五〇音順に並ばないから、あながちAさんの作業も無駄ではないと見えるかも知れません。 しかし、Aさんが手間をかけるべきだったのは、カードを並べ替えるというデータの整理ではなく、漢字表記の氏名以外に仮名表記の氏名を加えるという、デー タ入力の方です。こうしておけば、どんな順番でデータの入力を行ったとしても、後から、簡単に五〇音順にデータを並べ替えることができるばかりか、後日、 データを増やす場合にも、新しいデータをどの位置に書き込むかで悩む必要はなくなります。既存データの末尾に新しいデータを入力し、並べ替えを行えば良い からです。
 住所録の場合、Aさんのような失敗をする人はまれでしょう。多くの人は、何度も住所録データを見たことがあるでしょうし、入力したことがある人も少なく ないでしょう。しかし、テキスト校訂は、住所録作成ほどポピュラーな作業ではありませんし、蔵書録を作るよりもずっと複雑な作業です。したがって、Aさん のような失敗は常に起こりえます。実際、Aさんとはかつての私であり、当時は、まだ、住所録作成も今のように一般的ではなかったのです。そして、本書で紹 介する様々な手法も、筆者が膨大な時間を無駄にした上で積み上げたノウハウです。それ他の研究者に伝えたい。それが本書を筆者が編んだ第一の理由です。

 第二の目的は、文学研究者が何をしているのかを、一般の人に伝えることです。筆者がホームページを立ち上げて数年がたちましたが、その間、ホームページ 経由で筆者にメールをくださったのは、研究者以外の人たちばかりでした。ですから、本書も様々な人に読んでもらえる可能性があります。文学研究とは、どう いうことをするものなのですか、とか、文学研究って社会にどんなふうに役立つのですか、という質問を受けたことは何度もあります。研究者の中には、「直接 社会に役立たないものでも大事なものはあるのだ」、「文学研究は自分自身を表現するものだ」という具合に答える方もいらっしゃいます。そうした意見には大 賛成ですが、ちょっと不親切な返答だなという気がします。もっと言えば、世間の人の誤解に対し、警戒心が足りないのではないかという気もします。そのよう なわけで、世の中の人にも文学研究のことを理解してもらえるよう、筆者自身は、もう少し丁寧な返答を心がけてきました。本書もまた、そうした返答の一部に はなるだろうと思います。もちろん、筆者が提示できるのは、中世フランス文学に関しての筆者なりの意見です。

 第三の目的は、文学研究者がどのような研究をしているのかを、他の分野の研究者に伝えることです。我々文系の研究者に対して、「文系の人は、ワープロと メールが使えたら、十分コンピュータを利用しているんだよ」と、慰めてくださる理系の人々がいます。もちろん、心底親切心でそう言っててくださっているの はわかります。しかし、文系の人々がもう少し理系の人々に何をしているのかを伝えていれば、先の慰めの言葉は、「理系の人は、漢字が書けなくても、十分日 本語を利用しているんだよ」と言い放つの同じくらい、礼を失した言葉なのだということが理解してもらえたでしょう。そもそも、理系と文系という区切り方自 体が、もはや、実情に沿わなくなってもいるのです。

 以上三つの目的をもった、いささか欲張り気味の本書が負担を強いるのは、専門家に対してです。すなわち、専門家にとっては当たり前のことでも、説明を省 くようなことはしません。行間を読みとるよりも、不要な部分を読み飛ばす方がずっと簡単だからです。中世仏文学の専門家にとっては、言わずもがなの記述も あるでしょう。しかし、一方で、中世仏文学の専門家にとっては目新しくても、多くのコンピューターに関する記述は、ちょっとコンピューターに詳しい人に は、馬鹿馬鹿しいほど簡単なことだったりもするのです。

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