何もないところより、主、バスカニオンは生まれた。
主は世界の端から端を決め、さらに水と大地を作った。
さらに命あるものを生み出すため、主は自らの身体を裂き、それをまずコレツェオスとした。
コレツェオスは主と同じヒトの形をし、女であった。
さらに神の言葉を聞く力を与えられ、主はそれを妻とした。
やがて女は創めの子供を身ごもった。
それは八本の脚を持つ、ヒヨケムシであった。
ヒヨケムシは産まれてすぐに、コレツェオスに言った。
「私はこの広い地に、ただ一匹の存在です。どうか、私の寂しさを和らげるため、気勢のあるはつらつとした子供をお与えください」
女は次の子供を身ごもった。
それは草を食む鹿だった。
鹿は産まれてすぐに、走り去り、戻ってこなかった。
ヒヨケムシは悲しみ言った。
「私と同じように、主を忘れぬ信心深く、知性のある子供をお与えください」
コレツェオスは次の子供を産んだ。
それはカラスだった。
カラスは生まれてすぐに、ヒヨケムシの頭上を飛んだ。
それを見てヒヨケムシは言った。
「おまえは私より後に産まれたものなのに、なぜ私の頭上を飛ぶのだ」
カラスは答えた。
「私の知性はあなたより高く、私は探求しているのです。あなたが私と共に生きるに値するかどうかを」
ヒヨケムシは怒った。
「なんと厚かましく、ずうずうしいカラスでしょう。私はもっと主を敬い、同じように地を這うものを求めています。どうかそのような子供をお与えください」
コレツェオスは次の子供を産んだ。
それはヒヨケムシと同じ、地を這うムカデだった。
ムカデは産まれてすぐに、主とコレツェオスに感謝した。
さらに主とコレツェオスのために、数え切れない脚を動かし、地を歩き回った。
主とコレツェオスはムカデを愛した。
ヒヨケムシは激しい嫉妬を覚えた。
やがて、主とコレツェオスは、去っていったカラスと鹿のことが気がかりで、ヒヨケムシとムカデを置いて行った。
ヒヨケムシはムカデに言った。
「おまえは主とコレツェオスをどう思う?」
ムカデは答えた。
「あの方たちこそ、我々の光。我々の母です。なんと貴い存在でしょう」
ヒヨケムシはさらに嫉妬した。
その胸の内が、ヒヨケムシにもわからなかった。
ヒヨケムシは考えた。
ムカデはなぜ主とコレツェオスのことばかりで、私を見てくれないのか。
コレツェオスは私のためにムカデを産んでくれたというのに。
それはつまり、ムカデは私のために生きているということではないか。
私はムカデより、カラスより、鹿よりも先に産まれ、主とコレツェオスに一番に愛される存在であるはずだ。
もしかして、またコレツェオスは子供を産むのに失敗したのではないか。
ムカデはカラスより鹿よりも性質の悪い、粗悪品だ。
主もコレツェオスも本当はムカデを疎ましく思っているはずだ。
ムカデが無数の脚を動かし、やがてねぐらへ帰り、闇の中で眠っていると、ヒヨケムシは静かに近寄り、ムカデを跡形もなく食べてしまった。
やがて主とコレツェオスは朝日と共に戻ってきた。
主は言った。
「カラスも鹿も仲間を増やし、これからはもっと信心深く生きるようになるだろう」
コレツェオスは気づいた。
「なぜムカデはいないのです。どこへ行ったのです」
ヒヨケムシは答えた。
「ムカデはまだ寝ているのです。朝日が昇ったことを知らないのでしょう」
主は言った。
「なら起こしてあげなさい」
ヒヨケムシは答えた。
「いいえ、私は起こしません。なぜなら、ムカデはとても疲れているからです」
そして主とコレツェオスは黙り、ヒヨケムシを見た。
ヒヨケムシの八本の脚の一本に、ムカデの無数にある脚の一本が絡みついていた。
「おまえはムカデを食べたのか」
主は静かに言った。
ヒヨケムシは首を振った。
「いいえ、いいえ、まさか」
「闇の中で行われたことなら、誰にも知られることはないと思っていたのか」
「いいえ、いいえ、まさか」
「光の中で行われた、どんな善行も悪行も私は見逃さないが、闇の中で行われた悪行は、闇の瞳が見ているのだ」
主は口を開いた。
その暗い口の中に、真っ赤に光る大きな瞳がヒヨケムシを見つめていた。
「ああ、どうぞお赦しください。ムカデを食べたのは確かに私です。ですが、ムカデは私とそして主とコレツェオスのためにならない存在だったのです。あれはカラスより鹿よりも悪い生き物だったのです」
主は口を閉じ、闇の瞳は隠れた。
しかしヒヨケムシの恐怖は終わらなかった。
主は怒り、そして言った。
「おまえはコレツェオスに、三度子供が欲しいと訴えた。そしてコレツェオスはそれに答えたが、おまえは一度も感謝することもなく、一度も満足しなかった」
「ええ、その通りです。ですが、主よ、私はただ寂しく、ただ悲しく、ただ辛かったのです」
主はその言葉を聞いたが、ヒヨケムシを赦すことはなかった。
「おまえには孤独と闇だけを与えよう」
そして主とコレツェオスはヒヨケムシの許を去った。
それから、ヒヨケムシは闇に生き、孤独と戦うことになった。
どんな生き物も、同じヒヨケムシ自身さえ、ヒヨケムシと共に生きることはできなかった。
やがてヒヨケムシは主とコレツェアスを憎むだけのおぞましい闇の存在となった。