大阪はミナミ心斎橋という繁華街がる。
新宿と渋谷をミックスしたような街だ。
私がまだ20歳代で当時付き合っていた彼女との久々のデートを満喫していた。
夕食を終え、どこかもう一軒・・・・・そんな感じで私達はミナミの街を歩いていた。
私達は久しぶりのデートであるために心地よい幸福感に包まれていた。
そして美味しい料理の余韻と、お酒に酔っていた。
初夏の暑さが和らぎ、心地よい風も幸福感を増幅させ幸せな気分だった。
彼女も私の腕を取り、恥ずかしそうに組んだ。
私は腕を組む行為はあまり好きではない、恥ずかしさが先に立ってしまうのだ。
しかし、その夜は恥ずかしさより幸福感が勝っていた。
前方に注意しながら、お互いに顔を相手の方に向けながら話し込んでいた。
なんてこと無い会話が、この上なく幸せに感じられていた。
時折、前方に注意するぐらいの視線をやるぐらいで、危なっからしい歩き方だった。
話に夢中になっていると、「どん」と彼女の方にぶつかった衝撃が私にも伝わった。
私は反射的に彼女がぶつかったであろうかと思われる方向に目を向けた。
そこには、初老に差し掛かったカップルが、私たちと同じように腕を組んでいた。
私も彼女も反射的に「すみません、大丈夫ですか?」と声をかけた。
お二人は、ニコニコしながら「大丈夫ですよ。」「あなたこそ大丈夫?」と彼女のことを気遣ってくれた。
私はその上品な言葉遣いと、初老にさしか掛かりながら、幸せそうに腕を組んでいるお二人に好感を持った。
幸福感が私を一層のおしゃべりにしていた。
私はつい「御夫婦ですか?」と確信を持ちながら聞いたのだった。
すると、女性のほうが「いいえ違いますの」と詫びれもせずに答えた。
「私も彼もちゃんと別に家庭を持っておりますの」と笑顔で答えた。
その返答が清清しく言葉使いも上品だったので私は少し戸惑った。
「不倫???」
私は「えっ?」と思い実際そんな顔をしたのだと思う。
それは、不倫という言葉からは想像しにくい清清しいオーラがお二人を包んでいた。
身だしなみや、丁重な言葉、笑顔・・・・・・・
『不倫』そんなが似合わない爽やかなカップルだった。
それに気づいた女性は、「何十年ぶりに消息が分かって今日会いましたの」と笑顔で答えてくれた。
私は「あーそうなんですかーー同窓会か何かだったんですね」と軽く答えた。
すると、彼女は「いいえ違いますの」とニコニコと答えた。
男性のほうは、(他人にそこまで言わなくてもいいだろう)
みたいな素振りはしていたが本心から嫌がる風ではなかった。
「彼がね、私が女学校時代に何も言わずに、戦争に行ってしまってそれから・・音信普通になったのよ」
「お付き合いしていたんですか?」と私が訪ねると男性のほうが「そんな時代じゃ無かったよ」
「あなた達みたいに、男女が歩くなんて・・・」と笑顔を見せながら言った。
「ご近所のやさしい大学生のお兄さんだったんですよ」と女性は答えた。
一言多い私は、女性に向かって「好きだったんですね」と言うと
彼女は恥らいながら「ええ・・ま・・そんなところかな・」と茶目っ気たっぷりに答えた。
男性も恥ずかしそうに笑っていた。
私の彼女が男性に「そのお気持ち知っていらしたんですか?」と尋ねると・・
「ええ・・まぁ・・なんとなく・・・」と照れ笑いをしていた。
私は、「復員したときに探せ無かったんですか?」と余計なことを聞いた。
「いやー帰ってきたときは焼け野原で、私の家も彼女の家も何もなくて・・・それどころじゃなかったですよ」
女性も「そうそう、空襲でね〜〜〜それどころじゃなかった・・」
「先日ひょんなことから消息が分かって今日何十年ぶりに会って食事をしましたの」
と先ほどの話を繰り返した。
女性のほうが私たちに「御夫婦?」尋ねてこられた。
私達は顔を見合わせて「これからそうなればいいかなと思っています」と答えた。
「そう、若いからこれからね・・お幸せにね」
「はい、ありがとうございます。今日は良い話を聞かせ下さってありがとうございました。」
「いやいや、私たちも楽しかったよ」
ほんの数分の出来事だった。
そう言ってお二人はミナミの雑踏へ腕を組みながら消えていった。
お二人の姿が雑踏に紛れ込む瞬間・・・・・・・・・
角帽子に白いシャツ、黒いズボンを着た大学生と、モンペに三つ網をした女学生が
その中に見えたのは気のせいだったのか・・・・