「ピアノ」


その音楽の女教師は悲しそうな目をしていた。
踏みつけられ、無惨にも運動靴の足跡が無数に付いた、グランドピアノを見つめていた。
まだ、奇声を発しながらピアノを踏みつける男子中学生を見つめていた・・・・・・
たまらなくなり「やめなさい!!」とその女教師には珍しく怒鳴った。
しかし怒り目ではなく、悲しみに溢れた表情をしていた・・・・・・
成立しない授業・・・・・・
日常化した授業妨害・・・・・生徒はますます、暴走し凶悪になっていった・・・・・・
そうして、その教師は遠くを見つめながら自問自答しているように思えた。
(いったい、何処で歯車が狂ったんだろうか?)
この音楽の教師は、無気力で手をこまねいていたわけではない。
音楽の楽しさを伝えようと一生懸命だった。
やんちゃ坊主達とコミニケーションをとろうと一生懸命だった。
学校の雰囲気や、暴走しだした生徒達を元に戻すにはどうしたらいいか?
教師集団も、生徒達も出口が見えない状態になった。
それでも時間が流れ、生徒達も進学の時期がやってきた。

それから25年後・・・・・・・・・・・

「先生、あの時の先生の悲しそうな目・・・・今でも忘れられませんよ。」
「そうねー、そんなことあったね。
先生がね、高校の時に音楽大学に行きたくてね、母親にピアノをねだったのよ、
すると、母がね自分で買いなさいって言ってねー買ってくれなかったのよ。
そうそう、中学の近くにレストラン●●ってあったでしょう。
あそこでね、高校生の時に皿洗いのアルバイトして自分でピアノ買ったのよ、
そんな思いでピアノを買ったから悲しかったのよ。
そのレストランのオーナーもいい人でね。
アルバイトしたいときには、いつでも来なさいって言ってくれたのよ。
そのオーナーの親戚のお兄ちゃんが、夜帰宅するのは危ないからって
いつも車で送ってくれたのよ。
その人が用事でダメなときは、その人の友人が送ってくれるの。
ある日知らない人が、迎えに来てびっくりしたわ。
ちゃんと、友達に頼んでくれていたのよ。」
「へっーーー良い話しですねーー」
「そうなの、3年間ずっーーとよ。」

グランドピアノを踏みつけた生徒は、受験に失敗し進学できなかった。
就職することになり、本人の希望は「大工」になりたいと言い出した。
その音楽の女教師は、奔走し小さな工務店を見つけ、その生徒を就職させた。
その生徒は、長くその工務店に勤め一人前の大工になり、現在独立しているという。