ホテル


株はうなぎ登り、地価は青天井、20歳代のガキが外車を乗り回し、
飲食店や高級クラブが賑わい、世界の日本を謳歌していた。
シティーホテルは、週末になれば予約で一杯で泊まれず、ブランドに身を包んだカップルが
ドン・ペリニヨンをビールの如く栓を抜いていた、ふざけた時代だった。
アメリカに狡猾な経済戦争を、仕掛けられているとも解らずに、日本中がどこか狂っていた。

私の友人が、その頃結婚をした、やれホテルだ、ハネムーンは2週間以上だと、お色直しは何回だの、
日本中が、バブル経済に踊っていた。
2人は、慎ましく手作りの結婚式を挙げた。
牧師を父親にもつ友人に頼み、その教会で式を上げ、会費制のパーティーを開いた。
私は、その式にも、パーティーに出席したのだった。
新郎の職業は、インテリアデザイナーだった。
新婦は、美容師だった。
わざわざ、新郎の先生と呼べる人もイタリヤから駈け付けてくださっていた。
パーティー会場は、うどんすきの「美卯々」の本店で木造の趣のある店構えだった。
酔いも回り、それぞれに話も弾みだした。不意に誰かが「新婚旅行何処や」と尋ねた。
すると新郎が「いや、行く予定が無いねん」と答えた。
私は、「初夜は何処や、もう済んでると思うけど・・」と突っ込みを入れた。
「このまま、新居に帰ろうと思ってるねんけど・・・・」

私は、横にいる友人に「ちょっとホテルでも段取りしょうか?」と言うと・・・・・
「そやな、そうしょうか」になった。
席を外し、大阪の有名なホテルに電話を掛けまっくた。
しかしバブル真っ最中の時、ましてや週末、当日だ。部屋が無かった。
その時に、私はあるホテルに勤めている人の話を思い出した。
「満室といっても、ホテルにとってのvipや、政治家の為に絶対に部屋が空いていると・・・」
私は、その話を聞いた人の勤務する、1流ホテルに再度電話した。
最悪、あまり親しくは無かったが、その人の名前を使わせてもらおうと思ったのである。

またもや、満室と断られた。
簡単に、結婚式の当日で、友人一同でホテルを用意したい思いを伝えた。
すると、フロントのホテルマンは「少々お待ちください」とさっきとは違う返答だ。
「おっ、さっきと展開違うやん」と内心ほそくえんだ。
別のホテルマン(上司と思う)が電話口に出てきた。
「ご用意出来ます。」(やったーー)
私の、名前と連絡先、チェツクインのおおよその時間を尋ねられた。
部屋のランクも尋ねられたが、スタンダードツインを申し込んだ。
とりあえず、2次会、3次会の予定が解らないので、必ず宿泊する旨を伝えて、
部屋を落とさないように頼み、電話を切った。友人の一人が、事情を説明しカンパを募った。
3万数千円集まり、ホテル代を捻出することができた。

午前1時ごろ、新郎、新婦他3名の友人がホテルまで送って行った。
ホテルマンは、直ぐ様私たちの格好で、急に予約を入れた私たちと解ったのだろう。
夜中だというのに3人のフロントマンが、うやうやしく笑顔で出迎えてくれた。
一番の上司だと思われる人が、「XX様ですね。本日はおめでとうございます。」と丁重に出迎えた。
「ご予約は、スタンダードでしたが、同料金でデラックスツインでお部屋をお取りしています。」
とまた嬉しいことを言ってくれるじゃありませんか。

オープンして間もないそのホテルの部屋をみんなで見ようになり、づうづうしくも部屋に入った。
窓を開けると、そこは大阪城が真正面に見える素敵な部屋だった。