教育実習の思ひ出  投稿者 ヒナキ


 あなたがそこまでやるとは正直期待していなかったわ」とはっきり言われた。
それは、「ただならなんでももらっておけ」というくだらない貧乏根性の末に指
導教官から言われた言葉だった。
 そう、教育実習の思い出をここで語ってみたい。


 うちの大学は、昔師範学校だった事もあり、比較的教員免許をとりやすい。堅い
仕事を望んでいた親も「教職はぜひとっておきなさい」と言うし、周囲の真面目な
友達もみんな実習をすると言っていた関係で、何の気なしに受ける事にしたのだった。
 冒頭の指導教官Aは、国語教育の授業の出席もお世辞にもいいとは言えない私が
実習を受けると聞いて内心驚いていたようだった(どう考えても、私は教師になる
たまじゃあない)。何もなければいいがと思っていたようだ。
 実習をする学校は、付属中・高校がある関係上、出身校へは行けない決まりだった。
多くの友達がそれを残念がっていたが、特に高校時代にあまりよい思い出の無
い私には渡りに船であった。あの鼻持ちならない女子高生がいるところになんて戻
ってやるものか。
 中学と高校とがあったが、結局「あんまり、難しいことは教えられない」と考え、
中学へ行く事にした。

 私の担当は中1であった。しかし、言われてみればそりゃそうなのだが、中1の
生徒は、ついこの前まで小学生だったのである。特に、男の子は、女の子より成長
が遅いので、はっきり言って「洟垂れ小僧」(ほんとうに洟水を垂らしているわけ
ではないが)である。授業中もキーキーとうるさく、駆けずり回り、まるで教育の
ない子ザルのようであった(子ザルにははなから教育なんてないけど)。そこまで
書くのはやり過ぎかもしれないが、でもそれくらい書きたくなるほど衝撃であった。
 また、ある程度(いや、かなり)の進学校であったため、女子生徒のエリートぶ
りというか、落ち着きといったら男子生徒と段違いであった。彼女たちは中1でも
いっぱしのレディである。少なくとも、キーキーと騒いだりはしない。また、教育
実習生にも慣れきっている。へでもないのである。まずは、この差に驚いた。
 私は、あまちゃんなので、できる限り両者とも衝突は避けたかった。しかし、授
業は進めなければならないし、彼女・彼らをかぼちゃだと割り切って授業をするわ
けにはいかない。それに、一応まじめに授業の組み立てや板書計画もたてていたの
で、それを無駄にするのももったいない。適度な間をおいて、あたらずさわらずで
任務を遂行せねばならない。
 まずは、自己紹介である。緊張して教壇に立った。
 「○○です。よろしくお願いします」
 「先生、その口紅どこの!?」
 すぐさま質問が飛んだ。飽くまで私の邪魔をする気か。しかし、微笑みを絶やさず、
 「シャネルです」
と答えた。(事実なのだからしょうがない)
 質問したBは、実はそのクラス一のちょこまか野郎であった。これからも、いろ
いろ授業の邪魔をされることになるのだが。
 それはさておき、Bは、私の答えが意外だったらしく、
 「えーシャネルーうそだー」
と言った。私が地味な顔で地味なかっこだったのがいけないのだろうか。でも本当
なんだからしょうがない。
 「ほんとにシャネルですよ」と私は微笑みをくずさず言った。


 東京の子供たちというのは、広島で広島弁ばりばりの中で育った私にとってはお
そろしいことに、共通語をしゃべる。わたしにとって、共通語と言うのは「スノッ
ブな言葉」である。かしこまった時にしか使わないイメージなのだ。なのに、教育
のない子ザルでさえ、「なんたらがさ〜」と話す。恐ろしい。もっと子供らしくし
ろ。と思うがそれは無理というものだ。
 それから、もう一つ驚いたのが、これも当たり前といえば当たり前なのだが、原
爆についてほとんど知らない事だった。広島では、8月6日は毎年原爆について勉
強するため登校日となっていた。反戦の歌を歌ったり、映画を見たりした。
 教材が「ユダヤ人迫害」と「原爆」、ともに重いものだったことも災いした。
 私は、原爆について、どれくらい生徒の知識があるか確かめた後、その悲惨さに
ついて話し始めた。
 調子に乗って話し過ぎたせいか、ちょっとグロテスクな話をしすぎてしまったら
しい。生徒はほとんど引いていた。教官Aも眉をひそめている。まずった。しょう
がないので、悲惨な話はそれくらいにして、教材のほうに戻った。
 ゲームなどではもっと悲惨なシーンが出てくるが、実際の話となるとやはり衝撃
なのだろうか。

 そのうち、生徒とも少しずつだがしゃべるようになっていった。最初我関せずだ
った女子生徒たちも、「ピアスって開けるの痛い?」とか、化粧品やおしゃれの話
題をよく話し掛けてくるようになった。やっぱりいっぱしのレディなのである。
 ちょこまか野郎のBは、相変わらずちょこまかして授業を妨害するが本人に悪意
はないのでどうしようもない。彼は、私と目が合うと毎回「ほんとにシャネル
〜?」と聞いて来た。

 そうこうしている間に、最後の日が来た。私は、黒板に「いつかどこかで」と書
き、また会いましょうと言った。
 大した問題もなく、教官Aを狂乱させることもなく、教育実習は終わった。

 帰ろうとした時、Bがいた。私はBを呼びとめ、口紅のケースを見せて、「ほら
、ほんとにシャネルでしょ?」と言った。
 Bは、「うわー、ほんとうにシャネルだ、先生はうそつきじゃなかったんだね!」と
 大きな声で言った。
 それが、私の教育実習の最後の思い出である。


 私は、教職につくこともなく、なぜか専攻とぜんぜん関係のないコンピュータ関
係の仕事をしている。でも、たまにBはどんな社会人になっているのかなぁと思い
出す事がある。

 子供は天使ではない。実際に、数年ほど前までは実習生に生徒みんなで寄せ書き
をして渡していたそうだが、平気で「元気で死ね」などと書いてくる生徒がいて実
習生が傷つくということが起こったため、今では取り止めになったということだった。
 数年前「うちの子にかぎって」という、学校を舞台にしたドラマをやっていた
。そのオープニングで、一人一人の悪魔が集まって、遠目に見ると天使になってい
るという絵が出てきたが、それが当たらずとも遠からずではないかと私は思っている。