「引退〜〜お疲れ様」


彼と出会ったのは20年近く前の夏前だった。
その年の秋から私は、母校である高校のラグビー部のコーチになる予定だった。
チームを見ておきたくて、練習試合観戦に出かけた。
彼は素早いポジショニング、ノーステップでの素早いパス。
それも正確に味方の選手の胸に飛び込んだ。
私は恩師である高校の監督に「どこの大学へ行くのですか?」と尋ねた。
監督は「まだ早い。1年や」と嬉しそうに答えた。

私はびっくりした。数か月前まで中学生???
関西Aリーグのある監督もてっきり3年生だと思い「是非!ほしい!!」と言ったそうだ。
それほど卓越した選手だった。
大学もいろいろ引っ張られたが、関西Aリーグの大学に進学し、
高校同様1年生からレギュラーになった。

4年生になるとそのキャプテンシーにますます磨きがかかった。
「中山の前に中山無し中山の後に中山無し」金輪際その大学では彼ほどの
キャプテンが出てこないだろうと言われた。

21歳以下の日本代表にも選ばれ、彼のラグビー人生がまさしく花開こうとした。
就職も当時日本一の神戸製鋼に勧誘され、彼の実力は誰もが認めた。

神戸製鋼に就職し熾烈なレギュラー争いの最中、彼は大怪我をしてしまい
1年間棒に振った。
1年間でライバルは成長し彼は、控えに甘んじた。
彼は私に相談があるとある日訪ねてきた。
あるチームから移籍しないかと誘われている・・迷っていると。
そのチームは同じリーグに属していたが、神戸製鋼から見れば格下だった。

私は・・「鶏口となるとも牛後となるなかれ。」そう言った。
彼は転職し、そのチームでレギュラーになった。
その会社は数年後、業績不振のためにラグビー部を縮小し廃部に向けて動き出した。

彼はまた別のチームから誘いを受けた。
彼は私にまた相談にやってきた。
契約社員(プロ契約高給だが単年度契約)か正社員か?
私は即座に「正社員にして貰え。あとは条件を付けるな」と・・・
彼は正社員にになり、キャプテンを務めた。
日本最高の「トップリーグ」の下部リーグに所属し、トップリーグ昇格を目標にチームは邁進した。

昨年悲願のトップリーグに昇格し、彼は引退を決意したいと私に相談を投げかけた。
私は即座に、「1年だけトップリーグの空気を吸ってこい」と言った。
彼は「もう体が・・・」私も試合を見ていて体に爆弾を抱えて試合に臨んでいることは薄々分かっていた。
彼は1年間体をだましだまし過酷なラグビーを続けた。
チームは残念ながら、入れ替え戦の成績しか残せなかった。
そして先日、虎視眈々とトップリーグ昇格を目指していたキャノンと
入れ替え戦を秩父宮ラグビー場で行われた。

彼は、80分間フルに戦い勝利した。
現役として、キャプテンとして最後の試合を無事に勝利した。
苦しい戦いだった。
試合後、バックスタンドで彼と対峙した時、彼は目に涙を浮かべていた。

最後の試合であるゲームに勝ってチームがトップリーグに残留できたこと・・・・・
もうこれで引退である寂しさ・・・・・・・・
様々な気持ちが胸に去来したのだろう・・・・・
そして私に抱きつき「ありがとうございました」と言った。
私は一言「お疲れ様」そう言って体を離した。