「しのぶ」と言う女


しのぶ?シノブ?忍?ひらがな?カタカナ?漢字?名前?漢字?どれも定かでない。
ただ芸名だった事は確かだ。

私が中学3年生の初めにのころに、学園に年子の兄妹が入園した。

(学園とは、児童福祉施設で家庭の事情で親と住めない子供たちが暮らしていた施設)
当然私の通学する中学に転校をしてきた。
初めて私が同級生になる彼を見たときに私は度肝を抜かれた。
彼は、中学3年生で身長が190CMちかくあった。
線は細かったが、その身長のおかげで、ラグビー部、バスケット部の壮絶なスカウト合戦が行われた。

しかし、学園はクラブ活動を認めていなくて学園から通う生徒はクラブ活動ができなかった。

おそらく、用具代金や、試合の交通費の面を考慮されてのことだろうが人権を無視した決まりだった。
私たちは、ラグビー部に入ってくれるなら用具もみんなで持ち寄るし、試合の交通費だって出してもいいと思っていた。
しかし、彼自身「しんどい」事は嫌いでスポーツに興味がなかった。

彼の手足も、私たちと比べてはるかに大きく、彼のニックネームは「グローブ」になった。

そう野球のグローブをはめたような大きな手が彼にはあったのだ。

ある月曜日の朝、学校に登校すると、彼(以下グローブと呼ぶ)が「俺、彼女できた」
と嬉しそうにかつ自慢げに言った。
私たちは、「嘘をつけ」と言ったらグローブは、「ほんまやもん!!見せたろか!」
と言った。
私たちは「名前はなんや」と聞くとグローブは鼻を膨らまして「しのぶや!!」と言いな
がら小さくたたんである紙を広げて、私たちに見せた。

そこには女性が書いたであろうと思われる番号が書いてあった。
「これが電話番号や」グローブは鼻を広げて言い放った。

長いその電話番号に私たちは、「今から掛けるぞ」と言い彼の表情を探った。
彼は、得意げに「かめへんよ」(かまわない)と言った。
私たちは公衆電話に走り、朝のあわただしい中その番号に電話を掛けた。

何回か呼び出しをがなり、ハキハキした声で「XXXXタカラズカXX・・・・・・」
と若い女性の声が聞こえた。「た、た、タカラズカだけは、はっきり聞こえた。

私は「しのぶ」さんの名前を告げると「少々お待ちください。」のような返事があり

しばらくして、丁寧な口調の女性が電話口に出た。
私が初めてタカラジェンヌと話をした15歳の春だった。
彼女の話だと昨日確かにグローブにタカラズカの寮の電話番号を教えたそうだった。
丁重でやさしい口調だったが、寝起きのような声だった。
当たり前だ、まだ朝の8時すぎで彼女は電話で起こされたのだった。
私は彼女に申し訳なく思いグローブと電話を交代した。
グローブは「ごめんな〜」と中学生らしく謝っていた。
結局話を総合すると、彼の施設の子供たちが宝塚歌劇に招待され、後に出演者との茶話会みたいな交歓会が会ったらしい。
グローブは、そのときに「しのぶ」という歌劇団員の女性に電話番号を聞いたら寮の
電話番号を教えてもらったらしい。
彼女は、グローブ生活環境を知ったはずである。
何か寂しい事や辛い事があれば電話をしてきていいのよ。みたいな感じで電話番号を教えたのだろう。

あの彼女がその後どうなったかは知らない。
ただ、苗字が「しのぶ」名前が「しのぶ」かは分からない。
漢字かひらがなかも分からない。
30年前に「しのぶ」と名のつく優しいタカラジェンヌがいたことは確かだった。


もしもフルネームが分かる方メールください。