恐るべし岸和田だんじり祭り


9月だというのに、残暑が厳しく秋の気配さえない、そんなある日のこと・・・・・
ここは、大阪府警の凶悪犯罪を取り締まるいわゆる、強行犯専門の部署だ。
まだ戦後の混乱期で、科学捜査等というものはなく、職人のような刑事たちが犯人を追い詰める
経験と、感を頼りに捜査をしていた時代だ。
ここに若い刑事と、経験豊かな老刑事が、泉州出身の凶悪犯人を追っていた。

若い刑事の名は、田中と言った。
老刑事の名は、山村といい、お約束どうり「山さん」と呼ばれていた。
凶悪犯の名前は、峰山といい強盗殺人の罪で追われていた・・・・・・

田中(若い刑事)「山さん、今日も暑い日がつづきますね。」
山さん「そうだなーー、今日はのんびりするか?」
田中 「でも、峰山の足取りは、ここ数カ月ぷっつりと切れて、手がかりがありませんよ。」
山さん「いや、足取りは掴めている、もうすぐわかるさ」
田中 「・・・・・・・・・・・・・」

9月の半ばごろいつものように、田中は大阪府警本部に出勤した。
もう、山さんは来ていた。
田中の顔を見るなり「峰山に会いに行くぞ」と声を掛け、手には愛用の帽子を手に取った。
田中 「何処へです。」
山さん「着いてくればわかる」そう言ったきり黙り込んだ。

大阪の天王寺駅まで出た2人は、南海電車に乗り換えた、そして岸和田駅で降りた。

その日は、「喧嘩祭り」と異名を取る、岸和田のだんじり祭りの初日だった。
この、勇壮無双の祭り見物の人熱れで、歩くこともままならず、残暑がそれに拍車を掛けた。

田中 「山さん、いくら峰山が岸和田出身だからといって、祭り見物に来ますか?」
山さん「来るよ!。泉州人の血が来させるのさ。」
田中 「でも、こんなに人が多ければ・・・見つけられませんよ。」
山さん「いや、カンカン場と、宮入りのところを見張っとけばいい。
    あいつは、腕の好い大工前だったんだ。一番の見せ場のカンカン場にやってくる。」

    2人の刑事は、じっとカンカン場に張り込み、峰山の現われるのを待った。

田中 「山さん、あれ峰山じゃないですか?」
山さん「追う、やっぱり来たか。」
田中 「逮捕しましょう。!!」
山さん「いや、ちょっとまて明日もある・・・・・・・・」
田中 「でも・・・・・・・・・」
山さん「いいから」そう言って2人の刑事は岸和田を後にした・・・・・・

翌日田中は、朝から岸和田に行くつもりでいた。しかし山さんは、動こうともせず、夕方になってしまった。
秋の気配の、風が大阪の街をたなびかせる頃、山さんが「行くぞ!」と田中に声をかけた。
2人の刑事は、真っすぐに岸和田城に向かった。
ここは、最後のクライマックス宮入りをするのだ。
「だんじり」に、提灯が掲げられ、灯を入れゆっくりと城に向かい坂道を登っていく・・・
峰山は、幼い頃から引いていた自分の町内の「だんじり」が岸和田城に入っていく様子を涙を流しながら
見入っていた。
近付く、刑事2人・・・・・・・・・・・・
田中 「峰山だな」
峰山 「はい、お手数をおかけしました・・・」と言って両腕を差し出した。

この物語は、昔私が「だんじり祭り」の逸話として読んだことのある物語だ。
あまりにも出来すぎているが、泉州子のだんじりに対する情熱を知れば、さもありなんと思ってしまう。

ある、体育教師がいた。
その教師は、10数年間勤めた、学校が転勤になり泉州地区のある高校に赴任した。
その体育教師は、公立高校ながら毎年良いチームを育て上げ、理論、指導力にも定評があった。
赴任先の高校のラグビー部は、15人ぎりぎりの部員数で、レベルも低かった。
しかし、持ち前の指導力と、情熱で夏合宿も敢行し、なんとかゲームの出来る体裁を整え、
全国大会に向け情熱を注いだ。
目標は、1回戦突破!!!そして来年は・・もう一段階段をあがるぞ・・・・・・
そんな意気込みだった。
しかし、抽選会が行なわれ、日程が決まった。
その日は、「だんじり祭り」の日と重なってしまった。
直ぐ様その体育教師は「棄権を申し込んだ。」
教師曰く「絶対にひとりも試合会場には来ないだろう。断言できる。」

私の高校時代、柔道部は強かった。
部員の8割り方が、泉州方面から通学していた。
その年度、柔道部はインターハイ3位にもなり、監督も九州男児でとても厳しかった。
しかし、「だんじり祭り」の前後3日間は誰も学校に来ないのだ。
私が、柔道部の部員に「監督、恐くないか?」と尋ねると・・・・・
「恐いけど、怒られて練習に来いって言われたら、部もやめるし、学校もやめるわ」
と言い切っていた。
数年前に、私とラグビー部の監督と、その柔道部の監督と酒を飲んだ。
その時に、だんじり祭りの日の事を聞いてみた。
「ああ、あの日は別格や、ホンマに怒って練習来いなんて言ったら全員退学しょうるわ」
「あの日は仕方ないなーー」と笑っていた。

学生時代、アルバイト先で30歳を越えた人がバイトにきていた。
私は不思議だった。
なぜなら、その人は東京の6大学のひとつを卒業しており、上々企業にも勤めていたからだ。
東京の本社勤務で結婚もし、お子さんもいた。
その会社をやめ、就職先を探すためにつなぎで、アルバイトをしていたのだった。
私は退社した理由を聞いてみた。
「ちょうど、だんじり祭りの日にな、休暇願いだしたんや、アカン言われてな」
「やめて行くか?、出社かどちらか選べって言われたんや」
「当然、祭り選んだんや。」

        恐るべし岸和田だんじり祭りである。