後藤を待ちながら・・・・VOL 3


暫らく沈黙の後・・・・・・・

キム  「それにしても、後藤っていう人遅いねぇー」
佐伯  「来ませんよ」
キム  「後藤さんは、ただの部下だったんですかい?」
佐伯  「同郷ってことで可愛がったんです。仲人までしました。」
キム  「そうですか、仲人までね」
キム  「先程、天涯孤独とおっしゃいしたが、奥さんは?」
佐伯  「3年前に死にました」
キム  「そうですか、お気の毒に・・・・」
佐伯  「家内には、何一つしてやれませんでした・・・・」
     「私は、若い頃結婚なんてできないと思っていたんですよ」
     「あの頃は、殆どが見合い結婚でしてね。」
     「見合いをしても、私が被爆者だってわかると全部断られました」
     「いつしか見合い話も無くなりましてね・・・」
     「そんな時、女学校出たての家内が、新入社員で来たのです。」
     「小柄な、控えめの可愛い女性でした」
     「私は、直ぐに引かれましたが、どうせ断られると思いましてね」
     「心を、押さえ付けていたんですよ」
     「どうしても、押さえ付けられずにある日、家内に打ち明けたんです」
     「すると、家内も以前より私に、好意を持っていてくれているのがわかりましてね」
     「付き合いだしたのです。」
     「私は、勇気を持って、家内のご両親に会いにいきました。」
     「案の定、被爆者には、娘をやれん、『かたわ』の孫が生まれたらどうするんだ』
     『かたわの孫など抱きとう無い』
     「って言われましてね・・・・それでも家内は、勘当同然で私に嫁いでくれました」
     「式も上げず、熱海に1泊の新婚旅行しただけの始まりでした」
     「結婚をして2、3年もすると、ご近所さんが『赤ちゃんまだ』と家内に聞くんですよ」
     「そのたびに家内は、笑って『神様からの授かり物ですから』って答えていたらしいです。」
     「ある夜、私がふと目をさますと、家内が声を圧し殺して泣いているんです。」
     「私は、声をかけることができませんでした。」
     「日本が高度成長期に入り、仕事も忙しくなりました。」
     「私は、子供のいない淋しさを、仕事に向けて、猛烈に働きました」
     「気が付いたときには、バブルの貸し出し競争、弾けると回収競争が待っていました。」
     「そして、粉飾決算、不良債権隠しに奔走しているときに、家内が倒れたんです。」
     「病院に行くと、医者に呼ばれましてね、ひどく怒られましね」
     『ここまで、来るまでに相当な痛みがあったはず、ご主人は気が付かなかったのか?』ってね。
     「家内は、末期癌でした・・・・・・」
     「病室に入ると、家内は『あなた、ごめんんさいね、こんな忙しいときに・・・・』
     『明日、退院しますから・・・・・』
     「私は、ゆっくり養生しなさい」って言うと家内が笑いながら
     『何言ってるんですか?お醤油のある場所も知らないくせに』ってね。
     「私は、家内がいないと何もできない人間なんだって、思い知らさせられました」
     「家内は、3カ月後、あっけなく死にましね。二度と生きて自宅には帰れませんでした。」
     「死ぬ間際に、私の手を握りこう言うんです」
     『あなた、ごめんなさいね。あなた一人にして逝くなんて・・・・・』
     『赤ちゃん生めなくてごめんなさいね、生んでおけば、一人じゃなかったのに・・・』
     「何もしてやれなかった私に、最後までそう言って・・・・・・・・・・・・・」

   暫らく沈黙の後・・・・

キム  「わたしゃ、亭主としても、父親としても失格でしたよ」
     「リヤカー引いて鉄クズ拾ろいあさっている頃、上野のはずれにね。長屋があったんでよ」
     「6畳一間と、同じぐらいの広さの土間がありましてね、その土間で七輪でホルモンと、どぶろく飲ませる店がありましてね」
     「佐伯さん、ホルモンって知っています?牛の内蔵の肉ですよ。」
     「昔、日本人が内蔵を食べない頃にね、朝鮮人が。(ほるもの)くれって肉屋やと殺場に」
     「貰いにいったんです。それがなまって、ホルモンって言うんですけどもね」
     「貧しい朝鮮人は、ただで貰える、内蔵の肉を食べていたんですよ」
     「そんな、ホルモン焼きと、どぶろくを飲ませてくれる、家がありましてね。」
     「日雇い人夫や、その日暮しの人間が集まっていたんですよ」
     「ハルモニ(おばあさん)と孫娘がいましてね。2人でやっていたんでさ」
     「私と似た、境遇でね、朝鮮からやってきましてね、ハルモニと孫娘以外は全員空襲で」
     「死にましてね、わたしゃ一目惚れでした。当然孫娘に・・・・」
     「ばあさんは、警戒しましてね。わたしゃ毎日、通いましたよ」
     「闇市で、手に入れた砂糖やら、米やら、卵なんか持っていきましてね」
     「やっと、所帯をもったんでさ」
     「長男ができ、パチンコ屋も繁盛しだした頃、いけませんわな」
     「金があるもんだから、飲む、打つ、買う、三拍子でね」
     「キャバレーに毎日飲みに出かけました」
     「当然、女もできるし、家には寄り付かなくなるわ、無茶苦茶でした」
     「生活費だけは、十分に女房に渡していましたがね・・・」
     「私自身、子供に負い目があったんでしょう、何でも買い与えましたよ」
     「息子が大学生になった頃、新しい女が出来ましてね。」
     「出張ってことで、湯河原に愛人を連れましてね、旅行に行ったんです」
     「その日、女房が交通事故に遭いましてね・・・・死んだんです。」
     「内緒で行ったものですから、連絡が付かず、帰ってきたのは葬式の当日でした」
     「葬式が終わった後、息子が私に食って掛かりましてね」
     『母親のお通夜の時に、誰とどこ行ってたんだーーー』ってね。
     「わたしゃ、引け目があるもんだから、怒鳴り散らしましてね」
     「誰のおかげで、贅沢できているんだ」ってね。
     『すると息子は、参観日に来たことあるのかーーーー』
     『運動会にも来たことあるのかーー!!!!』
     『今までの、学校の担任の先生の名前を知っているのかっーーーー』
     って罵声を浴びせかけられました。」
     「その後、息子はグレ出しましてね」
     「プイッと出て行ったきり・・・・・・・・・」
     「今は、何処でどうしているのか・・・・・・・・・・」
     「わたしゃ、ますます金儲けと、女にのめり込みましてねぇ」
     「いまじゃ、こんなありさまでさ」
     「金の無い老人には、ばあさんも寄ってきませんわな」

     次回、最終話です。もう少しおつきあい下さい。