「約 束」


ある日、大学のオフでもないのに、その卒業生は母校である高校へやって来た。
高校の監督は、イヤな予感がした。
なぜなら、その卒業生は東京の大学へラグビー推薦で進学させた選手だった。
大学の練習がオフの時に卒業生が、母校の高校へ顔を出すのは珍しくない。
しかし、今は授業、練習の真っ最中である。
そんな、時期に大阪へ帰省することは、何か?あったと容易に想像できた。
その大学生は、言いにくそうに・・・・・・・・
「監督、せっかく大学に入れて貰ったんですが・・・退学することになりました。」
と泣きながら絞り出すように言い出した。
監督は「理由は?」と静かに聞いた・・・・・・・
監督は、ラグビーの好きなこいつが、絞って、絞って鍛えたこいつが練習で
音を上げるはずがないとわかっていたからだ。
何か理由がある。そうでなければこうして泣くはずがないと、確信していた。
その大学生は、「親父の会社が・・・倒産したんです。」と答えた。
「もう、退学届け出したのか?」と尋ねた。
「いえ、明日東京へ帰り退学届けを出そうと思っています。」

「大学の監督さんにも、その時挨拶はしようと思っています。」
監督は、「そうか・・・よし、今日は部長の○○先生と飲みに行くぞ!」
そう言って、とりあえず帰宅させた。
監督は、部長の先生に事の顛末を説明し、夜飲みに行くことになった。

その店は、部長がよく利用する、小料理屋の個室だった。
部長「おい、お前ラグビーには未練はないのか?」と大学生に尋ねた。
「あります、自分にはこれしかないですから・・・でも、もう親には無理は言えません。」
「馬鹿ヤローー、金の話しやろ、ワシが何とかする。」
「おい、XX(高校の監督のこと)確か、大学の監督は、お前の恩師やったな。」
「はい、自分もお世話になりました。」
「そうか・・寮費タダに出来るように、話しできるか?」と部長は尋ねた。
「はい、人情味のある方ですから・・・」
「そうしたら、明日お前・・東京に行って事情説明してこい、授業料はこちらで何とかするから
寮費だけは、無料にしてもらえ」と部長は指示をした。
部長は、大学生に向かって「一つだけ約束しろ、お前・・来年3年やな、レギュラーで国立に立て!」
この意味は、大学選手権でベスト4以上になり、かつ正選手になれという意味である。
大学生は、泣きながら「約束します!」と答えた。

高校の監督は、翌日上京し大学の監督を訪ねた・・・・・
事情説明し、大学の監督は快諾してくれた。
高校のOB会の役員が、部長に召集された・・・・・・・・・

事情説明し、授業料はOB会で負担することが提案された。
一部の役員が異議を唱えた・・・・・・
すると部長は、「こんな役に立たないOB会は潰してしまえ!!!!!」と怒鳴った。

鶴の一声で、授業料の支出が決まったのだ。
部長は、大学生が卒業するまで、別口で毎月小遣いを数万円ポケットマネーから仕送りをした。
授業料の支出は、役員だけの秘密になり、卒業まで続けられた。

学生は、約束どうりレギュラーになり、3年、4年と国立のグラウンドに立った。
明治大学に負けはしたが、2年連続で火の出るようなゲームをしたのだった。

私はこの話を聞いた後・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先輩、僕らつらかったですよ。先輩がオフになったら毎日高校へ来てたでしょう。

合宿だって毎年来て・・・僕らメチャメチャ絞られて・・・・・しんどかったですよ。」

「大学生やのによっぽどヒマなんかーーーー!!!って言ってたんですよ。」
先輩は・・「はっはっははは、そう言うな、俺も体でしか恩返しできなかったんや。」
後輩の練習台になるぐらいしか・・・・・・・・・・・・」そう言って目の前の酒をグイッと飲み干した。
横にいた監督が「お前・・・約束守ったなぁー、部長さんも草葉の陰から、喜んでるよ。」
そう言って、監督もグイッと酒を飲み干した。