ある夜の出来事


桜の花も散り、すっかり葉桜になってしまった、寮の庭先で俺は、ホウキを持って、昨夜の出来事を思い出していた。
二日酔いで、頭ががんがんする、どうも昨日の酒がまだ、体内にかなり残っている様子だった。

ここは東京、最寄りの駅は、高井戸駅だ。
時は、昭和42年の春、大学も学生運動が盛んで、構内には至る所にアジテーションの看板が掲げられていた。
一般学生は、体育会に属する運動部員を、学校側の用心棒みたいに考えていたが、
俺はイデオロギーなんて持ち合わせていない。
ラグビーをするためにだけ東京にやってきたのだ。
事のほか、練習はついていけたが寮の生活は、規則が沢山あり、やはり窮屈だった。
1年、2年が規則を破ると、当然上級生から鉄拳制裁が行われた。
3年、4年が規則を破ると、丸坊主頭にしなければならなかった。
寮では、主将が寮長で絶大な権限を持っていた。

寮にはじめてきた時にびっくりしたのは、戦後すぐ建てられたであろう、その木造の寮があまりにも古めかしかったからだ。
しかし、廊下、柱、などは飴色に輝き磨き上げられていた。
ガラスも、指紋など皆無で、掃除が行き届いていた。
その日は、新入生の入寮日の指定日だった。
大阪からやってきた俺は、緊張の面持ちで、寮の玄関をくぐった。
玄関には、先輩の寮生が、待ち受けており直ぐに食堂に案内された。
すでに,新入部員が来ており、俺は出身校と名前を告げ、椅子に腰をかけた。
また、直ぐに新入生らしき学生が、食堂に入り、俺と同じ手続きを終え俺の横に座った。
マネージャー(当然男)が、新入生に対出身校、とポジション、姓名を名乗るように指示をし、20数名の新入生は
言われた通りに、立ち上がり自己紹介をしていった。
全員が終わった後、寮長であり、主将のMさんより、挨拶があった。
「諸君達の入学並びに入部、入寮を心より歓迎する。」
「寮の生活は、厳しいが、これも修行の1つと思い、精進を重ね、リーグ優勝、大学選手権優勝と目標を掲げ
ているので、諸君たちの力を貸して欲しい」と挨拶をした。

その後、部屋割りがマネージャーから、告げられ指示された部屋に、散っていった。
ドアをノックすると、中から「入室よし」との声が掛かった。
入るとそこは、なんと寮長の部屋だった。1年間寮長の部屋とは・・・・・・・・・・
俺は、出身高校からはじめてこの大学に進学した。在阪で進学を希望した両親を説き伏せ無理に東京へ出してもらったのだ。
やはり罰が当たったのか、1年間他の部員より気苦労が多くなる。

ある夜、寮長と部屋にいると、他の部屋の部屋長(4年生)が入ってきた。
門限が切れる寸前の時間だった。その部屋長は、「今から1年のXXと外出してきます。」と断りと承諾を求めた。
寮長の主将は、「ふむ」とうなずいて、了承したと答えた。
俺は「あれ?」と思った。門限破りの時は、必ず寮長の承諾を得なければならない。
その時は、必ず用件と帰宅時間を告げなければならないのに、今日は何も言わなかったし、聞きもしなかった。
翌日、違う部屋長が同じ事を告げ、違う1年と外出した。
それから、2週間ぐらい同じ事が続き、毎回違う部屋長、1年だった。
1年は、先輩に酒をごちそうになっていたのだった。
でもみんな、「酒をおごってもらった」と言うだけで詳しい事は、誰一人言ってはくれなかった。

ある夜、寮長が私に「出かけるぞ」と声をかけてくれた。
私は、玄関で寮長の下駄をならべ、後をついていった。
15分ほど歩き、駅前にある、6人も座ればいっぱいの、カウンターだけの居酒屋に入っていった。
寮長は「おやじさん酒」と一言いうと、にこにこ笑いながら、新しい酒の口を切ってくれた。
私と、寮長の間にコップを1つだけ置き、酒をなみなみと注いだ。
どうして良いか分からず、黙っていると「早く飲め、俺が飲めんだろ」と言った。
俺は、一気にその酒を煽ると、居酒屋のおやじさんは、直ぐに注いだ。
寮長は、一気に酒を飲み、たばこを取り出し、深く吸い込んだ。
コップには、もう酒が注がれている。
また一言「早く飲め!」私はまた一気のみした。
つまみも無く、コップ1つがあるだけのカウンターのコップに又、酒が注がれた。
2本目の酒の口が切られた。私はだんだんと意識が遠くになりかけていた。
とうとう、カウンターにうつ伏せになってしまった。
遠くの方で、寮長と、居酒屋のおやじさんの会話が聞こえてきた。
「おやじさん、ありがとうございました。」
「いやなに、今日で最後ですね。この子が一番強かったですよ」
「ええ、私も、もうちょっとでつぶれるところでした。」


朝、気がつくと自分の部屋の布団の中だった。
15分程の、駅前からの道のりを寮長が、おぶって帰ってくれたのだった。
新入生全員が酔いつぶれ、全員各部屋の、部屋長や、上級生におんぶされて連れて帰ってきたのだった。

さて、久しぶりにOB会に出て、まだこの歓迎会があるのかどうか聞いてみようか?