教護院のK君は今・・


私の席の斜め前に、同い年の英語の女教師が座っていた。担任を持っている。(採用試験一発組だ)
私の所へきた。「先生明日、お時間あります。」
(おっデートの誘いか、しかも職員室で大胆やなーー)
「実は・・・」(来た来た来たーーー)
「私のクラスにK君ていう男子生徒がいるんですけど」(えっそんな子おった?)
「教護院に入っているんです。明日、行事もないんで行こうと思うんですけど、一緒に
 行ってくれません。U先生(休職中の先生のこと)はいつも行ってくれていましたので・・・」
(U先生は、生活指導の担当で、私がスライドして生活指導をやっていた)
「いいですよ。簡単な家庭環境、教護院へ送致された理由教えて頂けますか?」


 K君は、窃盗で何度も補導され、最後はバイク窃盗で補導されたとのこと。
 その窃盗も半分以上は、H中学の卒業生に命令され、窃盗を重ねていたのだ。
 また、家庭は、父子家庭で父親は息子のK君をほったらかしで、何かと言えば殴るらしいのだ。
 父親には殴られ、学校では締め付けられ、K君の逃げ場所といえば、窃盗を命令する
 先輩達しかいなかったのだろう。


 翌日の午後、私達は教護院に出向いた。
 教護院は、鑑別所、少年院と違い、学校なのだ。塀や門番もいない。
 当然指導する先生も教員免許は持っている。
 希望すれば、普通の学校の先生も転勤できる。
 担任の先生は、月1回ぐらいのペースで通っていたため、「ずんずん」とK君の家に入って
 行く。(敷地のなかに1軒屋の家があり、そこで集団で生活している)
 K君の教母さんは、30歳ぐらいの女性の方だった。
 笑顔で迎えてくれた。K君は来年の米作りのための田圃を整地しているとの事だった。
 私達はK君の近況を聞き、作業をしている敷地内の田圃に案内されることになった。
 行く途中、ソフトボールの用具をもった少女の一団と出会った。
 彼女たちもここの生徒だ。
 「先生」と言って、教母さんにまとわりついた。
 あどけない顔、甘えるような口調、仕草、何処にでもいる普通の中学生だ。
 私は、彼女たちと教護院が結びつかないのだ。
 「先生、あの子たちも問題生徒なんですか?」
 「ええ、家出、シンナーの常習者、不純異性交遊の前歴ですね」
 「来たときは、すごい格好ですよ」と教母さんは笑った。


 K君の作業している田圃に着いた時、教母さんがK君を呼んでくれた。
 ランニングシャツに、体操ズボンのいでたちの生徒が20名ぐらいで、スコップや鎌
 をもち、開墾作業に従事していた。
 K君は、はにかみながら私達の元へやってきた。
 「K君、U先生の代わりのXX先生、U先生は今入院なさっていて来れないの。
  授業なんかもXX先生がしているのよ」と担任の先生は紹介してくれた。
 私は、「よろしく」と手を差し出すと恥ずかしそうに手を出した。


 残念ながらこの後、何を話したのか記憶に無い。
 ただ教母さんに聞いた話や、あどけない生徒達の顔が強烈に印象に残っている。


 シンナー中毒の少年は、先生のバイクからガソリンを盗み、シンナー代わりにしたこと。
 14歳で中絶を繰り返す少女。
 ほとんどの生徒の家庭環境が劣悪で、面会に来ない保護者もいること。
     (もう保護者とは言わない)
 退院してもほとんどの生徒が再犯する事実。


 教護院からの帰途、「暴力をふるう父親」「窃盗を命令する先輩」がいなく、
 ご飯をしっかり食べれる教護院の方がK君にとって幸せなのかもしれないと思った。
 その後の彼の消息は知らない。