車椅子の少年  前編 


彼の名は「H君」。
確かに精一杯生きた。
そして私の前から静かに消えていった。
しかし、私たち同級生の心の中には、一番深く強烈に生きている少年だった。
 
私の通った小学校に通学するためには、私の住んでいた方角からは長い歩道橋を
渡らなければならなかった。
大阪万国博覧会の為にその道路は建設された。
南北を貫くその道路は、4車線があり、道路の間に高速道路建設の計画があったために
道路の間隔は広く取られていた。
小学校に通学する児童の為に歩道橋が造られた。
歩道橋が完成したときには、大阪一長い歩道橋が完成したと、新聞に掲載されたくらいだった。
 
いつの頃だろうか?私がその少年を気にかけるようになったのは・・・・
その少年は歩くことも億劫で、ゆっくりとしか歩けなかった。
「足の不自由な同級生がいる」ぐらいの認識しかなかった。
同じクラスでなかったし、あまり気にとめなかった。
どんな病気なのかも私は知らなかった。
ある日、彼は足の付け根まであるギブスをはめて登校してきた。
彼は歩くのに健常者の数倍の時間を要したし、走ること何て出来なかった。
彼の横には、常に従姉妹の同級生の少女が付き添っていた。
廊下で彼はギブスを付け、ゆっくりと歩いていた。
そのギブスの付け根当たりには、「取っ手」があった。
その「取って」を握りしめながら、彼は足の筋力と、手の力で足を持ち上げ
一歩ずつ前に進んでいた。
私はハラハラしながらその様子を見ていた。
同級生が走り回り、少しでも彼に触れると、彼が転倒してしまうのではないかと
思ったからだ。
彼の横を年長の児童が通り抜けざまに、「大リーグ養成ギブスみたいや」
と言って立ち去った。
付き添っていた、従姉妹の少女が「キッ」と睨み付けた。
私も子供心に酷いことを言うと思った。
彼女の怒りの目と彼の恥ずかしそうな、そして泣きそうな表情が焼き付いている。
 
注「大リーグ養成ギブス」アニメ「巨人の星」で主人公が筋力トレーニングの為に付けていた器具。
 
小学校4年生の頃。
彼はギブスを付けながら、長い歩道橋をも渡り通学していた。
ある日、私は友達数人と帰宅途中、歩道橋の階段の途中で立ち往生している2人に出会った。
彼は一生懸命足を上げようとしていたが、もう力つきて階段の段差の高さまで足が上がらなかった。
私たちは、「H君頑張れ」と励ました。
しかし彼にはもう力が残っていなかった。
私は身体が大きかったし同級生の中では力も強かった。
私は歩道橋の上までおぶって行こうか?と言った。
H君は恥ずかしそうに何も言わなかった。
代わりに少女が「おばちゃんと、おかあちゃんに絶対手をかしたらあかんって言われてんねん」と
苦しそうに答えた。
私たちは立ち去る事が出来ずに、回りを囲んでいた。
彼はどうしょうもなくなった。
私たちは「黙ってたらわからへん」と言った。
少女は泣きそうになりながら「うん」と頷いた。
私は友人にカバンを持ってもらい、彼を歩道橋の上までおぶって行った。
少女は何度も私にお礼を言っていた。
下りの階段は何とか歩くことが出来たし平坦な道もゆっくりとだが歩くことが出来た。
翌朝、またも彼は歩道橋の上がり階段の手前で、立ち往生していた。
私は彼を歩道橋の上までおぶっていった。
いつしか私が歩道橋の登りだけ、おぶって行くことが日課になった。
ある朝私たちはH君を、歩道橋のたもとでいつものように待っていた。
しかし、彼は来なかった。
従姉妹の少女が一人でやってきた。
そして「ごめん、H君もう歩けないねん、今日から自動車で通学することになってん」
「いままでありがとう」そう言った。
彼女は今までの経緯を言ったのだろう。
私の家にH君の母親がお菓子を持ってお礼を言いに来ていた。
 
私は5年生のクラス発表の日張り出されたクラス名簿を見ていたら、
私のクラスに、H君と従姉妹の少女の名前があった。