私はこの少女のことが書けなかった。
私はこの少女からの関わりから、逃げていたからだ。
教師として私は、この少女のことを思い出すと、自己嫌悪に陥る。
2校目の赴任先。
K先生(教師の鏡参照)と管理職に挨拶した後、私は学年の先生方に挨拶をした。
もうその時には、2年7組の副担任が決まっていた。
挨拶もそこそこに、学年主任、7組の担任と3人で会議室に入った。
そこで、学年主任が「先生は副担任だけれども、7組の担任の気持ちでして頂きたい。」
「7組には、先天性骨形成不全症の生徒がいます。」
「大変でしょうが、年齢の近い若い先生に、受け持ってもらった方が良いと考えまして・・」
「また、担任のY先生(女教師)の希望もありまして・・・・」
「普通は2クラスの副担任なですが、7組だけの副担任として受け持って下さい。」
私はやられたと思った。
別に受け持つのがイヤとは言わない。
しかし、そんな大切で微妙な生徒を講師と、2年目の若い女教師に任せる(押しつける)
学年の体質に「ここでも同じか・・・・」と思ったのである。
私は早速、担任の女教師と2人で簡単な打ち合わせをすることになった。
開口一番、その担任の女教師は、「ごめんな・・引きずり込んで・・・」と申し訳なさそうに言った。
私は「別に生徒なんやから、頑張ろう」と開き直って言った。
しかし、そんな重大な生徒と関われるか?心は重かった。
「先天性骨形成不全症」生まれつき骨がもろく、十分に発達しない病気。
立つことも出来ず、些細な衝撃で骨折をする。
打撲で済むような衝撃が骨折につながる。
もし、車椅子が転けて頭を打ったら・・・・・・・想像しただけで背筋が寒くなった。
そして、小学校低学年ぐらいの身体の大きさ・・・・・・
朝は母親が学校まで車椅子を押して登校してきた。
下校時は、私と担任とが付き添い家まで送った。
新学期が始まり、私と担任と母親とその少女と掛かり付けの病院に出かけた。
学校生活の留意点や、詳しい病気のレクチャーを受けるためだ。
その帰途、私と担任と2人で夕食を食べて帰ることになった。
私は医者の話を聞いて、気が重かった。
食べながら私は愚痴を言ってしまった。
「先生、あの子1年から受け持ってたん?大変やったやろ」
「うん、新任できて先生みたいな、若い人が持ってほしいってさんざん言われてん」
「よう、決心したなー」
「仕方ないやん。私まで拒否したらあの子・・鬼っ子になってしまうやん。・・・」
「あの子を受け持つことを、家で言ったら父親に怒鳴られたわ」
『のぼせ上がるな、お前みたいな若造に、そんな大切な生徒、教えられるわけないやろーー』
『辞表出してこいーーー!!』ってね。と寂しそうに笑った。
「先生、前の学校で頑張っててんやろ」と私に話しを向けた。
「別に、普通にしてただけやけど・・・・・・・・3ヶ月程いただけやし」
「ううん、あそこの校長ものすごく厳しいねん。(教師に対して)」
「その校長が、先生のこと『あいつは楽しみや』って誉めてたらしいねん。」
「友達が、あの学校にいてな、そない聞いてん」
「今年は、担任受け持つのを断ったんやけど、先生が今年来るからと聞いたから・・」
「ごめんな、私・・・先生が副担任持ってくれるんやったら引き受けるって条件だしてん」
私は返す言葉がなかった。
私は初めて講師として赴任した先の若い先生が、いわゆる不良と言われる生徒の気持ちが分からない。
と言っていた時『そらそうやろ、アンタは勉強できて、国立大卒業して、成績がトップクラスで中学卒業してんんから・・・
『勉強できない生徒や、家庭環境劣悪な生徒のことは分かるはずがないと』私は心の中で言っていたのだ。
おまけに自分で『私は落ちこぼれや、教育大しか行けなかってんから』
と平気で言う同僚の感覚が分からなかった。
私はその同僚の言葉を思い出していた。
私は健康で育ち、スポーツをしてきた。
生まれついて、車椅子で育った生徒の気持ちが分かるだろうか?
私の不用意な言葉が彼女を傷つけないだろうか?
私の未知の世界に居る生徒の気持ち・・・・・・・・・・
私はとうとう退任するまで、彼女との心の交流はなかった。
私が逃げたのだった。
それを、自分自身が一番分かっていた。
なおざりな関わり方しかできなかったのだった。
私はその分、在日の生徒と関わり、やんちゃ坊主と関わった。
そして、アリバイ的に自分自身に言い聞かせていた。
『私は、今の現状で一杯だ・・・・・私は出きる限り頑張っていると・・・』
数週間前、私は会社の最寄りの駅の改札にいた。
切符を通そうと思ったら、若い女性に車椅子を押された女性が見えた。
私は直ぐに分かった。
私はしゃがみ込み「誰か分かる?」と言ったら
「あっ!○○先生と満面の笑みを浮かべてくれた。」
私は、名刺交換をした。
彼女の名刺には、メールアドレスと、自身が持っているHPのアドレスが記されてあった。
私は「メールするね!」と言ったら彼女は「うん、私もする」と答えてくれた。
私は電車の中で彼女の名刺を眺めていた。
その名刺にはイラストが施されていた。
帽子を被った少女が後ろ向きで描かれていた。
そうして、棒を肩から担ぎその先には、小さな風呂敷がぶら下げられていた。
そのイラストの下には「人は私のことを旅人と呼びます。」そう記されていた。