P君の評価「6」


通知表の評価は、それぞれ教科の先生の裁量に任せられる。
個々、余計な先入観が入らないように工夫されている。
たとえば、100Mを何秒〜何秒間で走ると90点、何秒以上100点、とか、遅刻1回減点、忘れ物減点。
筆記試験も当然加味する。
全部足して、満点が500点なら、450点以上が最高点になる。400点〜450点が次の評価になる。
ただ、評価の仕方が、各都道府県によってまちまちである。
私が勤めていた都市は10段階評価だった。
1〜10までの評価を出すのだった。A〜Eで評価するところもあるし、1〜5で評価するところもあった。

私が初めて講師になった時、前任の先生は柔道を教えていた。
引き続き、私が柔道を教えることになった。
私自身柔道は、高校の授業と大学時代、2年間教えてもらっただけでエキスパートではなかった。
実際、中学3年生で黒帯を持っている生徒もいたし、かなり体の大きい生徒もいるのだ。
生徒は、私に学年で1番強い生徒と試合をするように囃し立てた。
逃げれば、後から何を言われるか解らないので、最終の授業の時に試合をしようと言って、その場は取り繕った。
負ければ、授業なんて成立しないからだ。

あるクラスに、小児マヒの生徒「P君」がいた。
彼は、介護もなく自分で登下校していた。
やはり、肢体不自由なので、歩くのにも時間が掛かり、ほとんど走れない状態だった。
何事にも真面目で、遅刻や忘れ物などは無かった。
受け身もうまく出来なくて、私はハラハラし通しだった。ただ怪我が恐かった。
授業の最終日、彼を試合をさせるかどうか?最後まで悩んだが、私はさせることにした。
力の拮抗している生徒を対戦相手に選んだ。
体の小さい、あまり力のない生徒を対戦相手に選んだ。
結果は負けてしまったが、彼は試合を出来たことに満足しているように見えた。

生徒は最終日。私と1番強い生徒との試合を覚えており、
私と次期柔道部のキャプテンと試合をするように要求してきた。
逃げるわけにはいかない。
私は、開始後すぐに大外刈りで投げつけた。(私自身ホットした。)

次の単元は陸上だった。怪我で入院されている先生の代打なのだ、私は。
カリキュラムをその先生は年間通じて、組んでいたので、それに沿って授業を進めるようになっていた。
陸上の授業でも、障害を持ったその生徒は一生懸命だった。
私は、その姿を見ながら感動すら覚えた。
タイムを計る時にコースを外れ走っていたが、一生懸命だった。
悪ふざけしながら授業を受けている生徒よりも、私の中では評価が高かった。

12月になり、入院なさっていた先生も退院され、リハビリと術後の通院だけになった。
それ以外は学校に出てこられた。先生は私の授業を見ながら、学校と病院を往来していた。
その先生が私に、来週一杯で復帰したい旨を伝えてきた。
仕方がなかった。授業をできるまでに回復していたからだ。その先生も、時間講師や
非常勤講師を3年間ほどなさり、やっと採用試験に合格された先生だった。
もう、授業は出来るのだが1週間延ばしてくれたのだった。
私は、1週間で引継ぎをしなければならない。
2学期の評価の(通知表)の資料をその先生に提出した。
すると、逆にその先生が怪我をするまでの評価を私に渡し、「XX先生が評価を出してください」
と2学期の評価(通知表)を私に託したのだった。
私はひとりひとりの顔を浮かべ乍ら、評価を出していった。
P君の時に私のペンは止まった。
電卓を弾きながら、私が作成した表に沿って機械的にはじき出された数字はあまりにも低かった。
肢体不自由の為に、実技テストの採点は、一番低い評価だったからである。
私は、P君の評価だけ飛ばし、評価を終えた。
彼の評価だけが空欄だった。
私は、1日中考えた。
「彼は、自分の持て、運動能力で精一杯、体育の授業を受けてきた。
それなのに私は、不真面目に授業を受けた生徒より、彼に対する評価が低くて良いのか?」
最終的に出した評価は、「6」だった。

受け持ち男子生徒の評価を、引き継ぐ先生に提出した。
すると、やはりP君のところで、その先生は目を止めた。
「XX先生、P君の評価やけど、これで良いんですか?」
私は、「授業態度重視しました。」と答えた。
すると、その先生は「なるほど。P君は一生懸命している。しかし、体育の評価はそれと別やろう」
と先生は不満げに私に言った。
私は、「私の出した評価がこれですので、まずければ先生が出して頂けませんか?」
と生意気なことを言ってしまった。
するとその先生は「まっ、先生が考えがあって出した評価だからこれで行きましょう。」とあきらめた。
最後にその先生が私に言った。
「先生、受験の時の内申書の評価は、否応無しに1〜10まで付けなければいけない。
「それぞれ、評価によって高校が変更になるんですよ、その時もこういう風に付けられますか?」
「生徒はP君だけではないのですよ。」と・・・・

その先生の、今までに内申書の評価を出すときに悩んでこられた事が、私には伝わってきた。
P君が高校受験の時に、体育の評価がいくらだったのか?知らない。
私は、今でもふとその事を思い出してしまう。
そして考える。それでも評価「6」を付けたかと・・・・・・・


注:   通知表の評価は、極端な話、全員が「1」でも「10」でも良かった」。
     しかし、実際にそんなことをすると問題になったが・・・・・・・・・
     内申書の場合は違った。
     1〜10迄の評価を出す場合、パーセンテージが決まっていた。
     生徒総数に対するパーセンテージなので、P君を「6」の評価にすると
     だれか一人を「5」にしなければならなかった。
     段階評価には、定員があるのだ。