やくざの組事務所に直談判


朝、学校へ行くと校長が俺の所へやってきた。
ひどく慌てた様子だ。何事かと思い「先生、どうしたんですか?」と尋ねると・・・・
「今しがた、2年のXXの父親から電話があり、00先生を出せと言っていたんです。」
「まだ、学校に来られていないと伝えると、出勤したら電話するようにと、えらい剣幕です。
なにかあったんですか?」
「ああ、昨日ちょっと2年の女子で揉めましてね。指導したんですよ。
当事者がXXで、そのことでしょう。」と俺は答えた。
私は、直ぐにXXの家に電話を掛けた。
父親は、えらい剣幕で、「すぐ家まで来い」と怒鳴り散らしたが、俺は冷静に授業の空き時間を告げ、
その時間に家まで行く約束をした。
校長は、学校で話すよう、再度XXの家に電話するように俺に言ったが、断った。
校長が学校での話し合いに固守したのは、XXの父親が広域暴力団の組長だったからである。
約束の時間が来た。校長は「1時間以内に00先生から連絡がなければ警察に通報する」と言った。
俺は、「その時はしてください」と言って学校を出た。

事の発端は、こうだった。
生徒のXXは、わがままで協調性がなく、クラスからも浮いた存在だった。父親の職業だとか、
やくざの娘とかいったレベルの話ではなく、XX自身の協調性の無さで「ハミゴ」(仲間はずれ)
にされたのだった。
俺は、話し合いの中でXXにも問題があるのではないかと言ったのだ。
父親にしてみれば、仲間外れにされている娘が不憫なんだろう。被害者意識が強いのだ。
娘は、「仲間外れにされるのはお前のせいと言われた」と訴えたのだろう。

組事務所兼自宅を兼ねた家についた。案内された応接室には、上部団体の親分らしき写真と
自分の写真を飾ってあり、代紋入りの提灯が神棚の周りを飾り、まさしくテレビニュースで見る。
やくざの事務所、そのものだった。
20歳前後の若者が、お茶を運んできた。父親は、指のない手に煙草を持った。
さっと若者が火を付けた。
やっ、やっ、やくざーーと思ったが、さっそく本題に入った。あくまでも保護者と、教師の
立場で。
父親は、いじめられている娘が、なぜ問題があるかまくしたてた。
私は、学校は集団生活の場所であり、1人が好きなことをやっていけば成り立たないし、それを
教える場所であると答えた。
もし、強い生徒が、弱い生徒をいじめると、強い生徒を怒る。
しかしこの場合は、いじめではなく、ただの口喧嘩であり、
喧嘩両成敗と思ったから、あなたの娘にも問題があると言った。
小1時間ほどやり取りはあったが、やくざの父親は「わかった!先生にまかせてあるんやから
よろしゅう頼むわ」といった。
もうこの時点で保護者の責任は放棄しているのである。
学校が、生活態度、躾、学業、全てしなければならないと思っている保護者の、いかに多いことか
俺は、家庭での学習が8割だと思っている。

それから数年が過ぎた。俺はまだ同じ中学校に勤務していた。
俺の勤務する中学校の地区は、暴走族が多くいた。メンバーの大半は、勤務する中学のOBで、
周辺の中学のOBを巻き込み、相当数の暴走族のメンバーに膨れ上がっていた。
暴走族のメンバーは、数年活動したのち、やくざと関係をもち準構成員としてやくざの道を歩む。
やめて、真面目に働くものもいるが、大半はシンナー中毒で根気がなく、勤めても長続きしなかった
中学校の先輩、後輩の線で結ばれた彼ら達は、メンバーには不自由しなかった。
女子生徒も加わり、20歳前には、りっぱなやくざの情婦になっている女子生徒もかなりいた。
中学校不登校→暴走族→準構成員→やくざ→犯罪→刑務所。このパターンを何人も俺は見てきた。
ある時期、生徒のHが登校しなくなった。どうしょうもないワルではなく、どちらかといえば、
気の小さな、金魚のフンみたいな生徒だった。
Hに関する情報を俺は集めた。
どうも、卒業生のRとつながり、使い走りをさせられている様子だった。
Rは暴走族から、やくざの準構成員になっていた。
HもRと共にやくざの組事務所に出入りしているらしかった。
出入りしているやくざの事務所は、XXの組事務所だった。
そう、あの父親の組事務所だった。
俺は、Hはまだ救える生徒だと思っていた。なぜなら1人では何も出来ない生徒で、どちらか
と言えば、都合よく使われる生徒で、やりたくもない犯罪を命令され、やるタイプの生徒だった。
俺は、XXの組事務所を尋ねた。父親はまだ私の事を覚えていた。
「うちの生徒のHがよくお邪魔していると聞き、お願いがありやってきました。」
「Hはまだ中学生で、学校に来なければいけない年令です。あなたの責任で中学生のHを
 出入りしないようにしてください。」
父親は、「世間からどうしょうもない人間をわしが預かり、面倒見てるんや。
わしが、おれへんかったらこいつら、もっと悪さしょうる。」と、馬鹿馬鹿しい論法を吐いた。
「中学校までは、私の責任。卒業するまでは私が面倒みます。」といった。
やくざは、「先生がそこまで言うのなら、出入りさせんようにRにも言っておく」と約束した。
やくざの父親は、ものの解った言い方をしたが、所詮「やくざ」である。
中学生が組事務所に出入りしていると警察に知れれば、集中的に取り締まられるために、
約束をしたのだった。
約束どおりHは学校に来だした。
だが、やくざとの関係は容易に切れない。組事務所には行かないが、Rとは、放課後、
絶対につながっている、俺はむりやりラグビー部にHを入れた。なるべく手元で監視したかった。

しばらくして、早朝自宅の電話がなった。緊急連絡網を通じての緊急連絡だった。
Hが交通事故で入院。俺はすぐに病院に急行した。
校長をはじめ、担任、警察、母親が病院にいた。手術中だった。
医者は、5分5分と言って手術室に入っていったらしい。

事故の経過はこうだった。
無免許運転のRの自動車に同乗し、スピードの出し過ぎで、ハンドル操作をあやまり、中央分離帯
に激突、自動車は横転。4名同乗していたが、Rは即死、もう1人も即死だった。
Hともう1人が手術中で生死をさまよっていた。
全員、俺の勤務する中学の卒業生か、在校生だった。