花園への道〜その2〜


私は飛行機の中で、明日の決勝戦に対して一抹の不安を持っていた。
順当なら勝てる相手だが、伝統校にはここ一番に不思議な力が出るからだ。
『先輩が築いたものをここで終わらせる事はできない。』
そんな気持ちが、火事場の馬鹿力となって現われるのを何度も見てきたからだ。
そして、友人がこの一ヵ月間の間にどれほど選手を『追い込んだか?』分からなかったからだ。
心を鬼にして選手を追い詰めるのだ。
この時期に厳しい練習の為に下級生が退部したりしてしまう事がよくある。
しかし、これを乗り越えなければ決勝戦には勝てないし、伝統校を破るのは難しくなる。
私は『練習は裏切らない』そう思っている。
力が拮抗しているときには、いかに多くの練習をくぐり抜け、精神的に逞しくなるか!
それが勝負の別れ目なのだ。
 
夕方空港に着くと、友人は出迎えてくれた。
明日の決戦の前にもかかわらず落ち着いていた。
その顔には『人事尽くして天命を待つ』の指導者の顔があった。
夜、ミティーティングも終わり、選手たちは思い思いにくつろいでいた。
私達は消灯後の見回りは、コーチの若い教師に任せ、近くの居酒屋に出かけた。
友人は、冷静に自分のチーム力と相手の力を分析していた。
そして、恐いのは「決勝戦という名の大舞台と、伝統校の不思議な力」と考えていた。
私も同意見だった。
そうして、大会直前の練習を尋ねた。
追い込んだかどうか?知りたかったのだ。
 
友人は「いやー大変でしたよ。毎日誰かが病院に行きましたよ」
3年生は、練習がきつくなりだしてから、イライラしましてね。
何時爆発して問題起こすか?ヒヤヒヤでした。
1年生は練習がつらくなってきて退部したいって言ってくるものもいたし・・・
何とかチームは持ちこたえました。」
 
友人は屈託のない笑顔でそう言った。
「やり切った!!!」そんな自信が体中から滲み出ていた。

私は友人のチームの若いコーチに、色々話しをた事があった。
『指導者とは、試合に出る直前まで出来るかぎりのことはしなくてはいけない』
私が母校の高校のコーチをしているときに、決勝戦ではなかったが、
事実上の決勝戦になった試合があった。
私は前日の練習が終わり、監督が公式戦用のジャージを配ったあとに主将を呼んだ。
「勝てるか?」
すると「ハイ、勝てます。」
対戦校との力を考えると分が悪かったが、高校生の試合は何があるか分からない。
相手がナメて気持ちが緩み、こちら側が捨身の試合をするとどうなるか分からない。
捨身になるように私は、選手に仕掛けた。
「勝てるんやったら、気持ちを見せんかい!!」
主将は怪訝な顔をした。
「お前、主将やろ、丸坊主にせんかい!!」
主将は躊躇したが「やります!」と答えた。
翌日試合会場に行くと3年生全員が、丸坊主姿だった。
私は「はまった!」そう感じ、勝てるかもしれないそんな予感がした。
主将は、頭を見せ「もし今日勝ったらコーチも丸坊主にしてください。」
と交換条件を持ち掛けた。
私は、「おう、眉毛も剃ったる」と約束をした。
負けはしたが、大阪予選一番の好ゲームと批評された試合だった。
2年後、母校は決勝戦に進めた。
私は、決勝を決めたその日丸坊主をした。
臭い芝居かかった行動だが、『男子意気に感ず』に掛けたのだった。
そんな事を若いコーチに話をしていたので、その若いコーチは、「勝てば丸坊主にする」
とミーティングで約束をしたらしく思わず笑ってしまった。
 

翌日の決勝戦は絶好のラグビー日和だった。
 

『あと5分か・・・・・・点差は17点リードしている・・・・・』
『引っ繰り返る点差ではないが不安だ・・・・時間の経つのが遅く感じる』
『リードされていれば、早く感じるのに・・・』
『夢だった花園がそこに今ある・・・』
『赴任して13年・・いろいろあったなぁー』
『公園で、パスを教えたのが始まりだよな』
『グラウンドも使えず、3人から始めたラグビー部がここまで来るとは・・・・・』

          1番左プロップ
『お前、不良の烙印押されて高校に入学してきたな・・ただの気の小さい寂びしがりや
 なだけなのに、疎外されて生きてきたけどこれに勝てば、世間の目は違ってくるぞ
 よくついてきたな』

          2番フッカー
『小さな身体で、俺に怒られながらレギュラーになったな。何度もルール教えても
 覚えないお前に、サジを投げ掛けたが・・・・・小さいながら闘志は人一倍だよ』

          3番右プロップ
『フランカー、やりたいって何度も言ってきたけど・・よくつらいプロップを
 してくれたな。お陰でスクラムも安定してここまでこれたよ。縁の下の力持ち後少しだ。』
         
          4番左ロック
『入学式で、背が高いから俺に目を付けられて、何度も退部を言ってきたが
 その度、俺に脅され、すかされ、退部せずに好い選手になったな』

          5番右ロック
『お前も、痛い、痛いを連発しながらよくついてきたよ・・・・・
 周りには、もうやめる、退部すると言っていたらしいが俺の所まではこなかったな』

          6番左フランカー
『お前も、何度もルール教えてもよく反則したな・・・しかし俺は分かったよ・・・
 お前・・頭に血がのぼると訳が分からなくなるんだよな・・でもその闘志は買いだよ』  
        
          7番右フランカー
『小さい身体で、3年生押し退けてよくレギュラーーになったよな。
 お前の持味はタックルだけだよ・・・身体張って相手をたおせよ』

          8番ナンバーエイト
『野球部辞めて、フラフラしているときに出会ったのだ最初だよな
 絶対ラグビー向きだと思っていたよ。入部したての頃はオドオドしていたけど・・
 今は堂々としているよ。すごい選手になったもんだ』

          9番スクラムハーフ
『お前の運動能力は抜群だよ!でも目立ちがりやのお前は、試合を潰す事もあったが
 今日は、よくリードしているよ。人を生かすことを覚えたみたいだな』

          10番スタンドオフ
『主将を任して、いつも怒られ役だったな〜、いつもひょうひょうとして・・・・
 お前だから持ったのかもしれないな。後少しだ!』

          11番左ウイング
『少し目を離すと何処かに行ってしまいそうな・・お前が、
このグランドに立っているのが不思議だよ。』
 
          12番左センター
『一番、手の係るのがお前だったよ、センス抜群なのに、勝利に執着心がなくて・・・
 試合に負けても悔しそうな顔しなくて・・カバーディフェンスも走らなくて・・
 でも、今日は必死な顔をしているな、。初めて見たよそんな顔。』

          13番右センター
『お前、ディフェンスが弱くて、夏合宿怒られてばかりだったな。
今日はよく止めている でも、1本抜かれたけどな。』

          14番右ウイング
『今年は、お前のスピードに賭けたよ。今日は大活躍だよな。考えれば、お前3年間、
 坊主頭で伸びたと思ったら・・・悪さして・・毛が伸びる暇なかったよな。』

          15番フルバック
『お前よく怪我したな〜、試合になる度ハラハラしたよ。今日は最後まで怪我するなよ。』

『リザーブのみんなも、声を嗄らして応援していてくれる。3年生で補欠の奴らも・・・
 後少しで、試合が終わる・・・・』
 
『花園へ行くために、俺は家庭を省みなかった。
 女房に、(どうせうちの家庭は母子家庭だから・・)そう言われたときには
 頭を殴られた気分だったよ。
 (昨年の大学日本一の監督が言った新聞記事を読んで、お前はこう言ったよな。
  ラグビーの監督ってみんな、家庭や、職場の人達に迷惑を掛けて申し訳ないと
  思っているんだね。あなた、頑張ってみて・・・)
  俺はその言葉に救われたよ。試合が終われば最初に電話するよ。』
 
『あっ!、試合終了の笛が鳴ったよ。勝ったよ!!、みんな、泣きながら両手を
 突き上げて・・・ありがとう・・俺を花園に連れて行ってくれて・・・・
 肩を抱き合いながら・・ベンチに帰ってきたよ・・・・すごい子供達だよ・・・』
 
 友人はゆっくりと、立ち上がり顔をくしゃくしゃにしながら、
 ベンチに引き上げてきた生徒達を出迎えた。
 生徒達は、あっと言う間に友人を取り囲んだ。
 北の大地の青空に友人の身体は、1回、2回・・・・5回・・・・・・
 吸い込まれるように天高く舞った・・・・・・・