「教師の鏡・K先生逝く 〜その3〜 」


夜が明け、会社に行かなければならない者や、所用のある者は、一旦帰宅することになった。
私も、どうしても外せない約束があったので、一度帰宅し会社に出勤した。
所用を済ませ、私は葬式にまた出掛けた。
すると、会社に行ったはずの教え子たちも葬式に来ており、ほぼ同じメンバーが揃った。

昨夜のお通夜で、失敗していた葬儀屋は、焼香の場所を3倍ぐらいに増やしており、
準備は整っていた。
弔問客も、続々と詰めかけた・・・・・
昨夜と同じ光景が繰り返された・・・・・・・・・・・・
号泣する人や、支え合いながら焼香する人、立派な紳士が目を腫らしながら焼香をする姿は、

K先生の人生の軌跡、教師としての軌跡を物語っていた。

あるラグビー部の教え子が、私に遠慮がちに話を切り出した。
「僕ら、若いし・・葬式のことあまり知らなくて・・空手の人たちがみんなやってくれて・・・・・

 ぼく達も、何か手伝いたいんです」
私は「そうかーー、何をしたいのや?」と尋ねた。
すると、「厚かましいかも知れませんが、棺を担ぎたいんです・・ラグビー部で・・・・・・・・・・」

「よし、解った。Hさんに相談してくるわ。」私はHさんにこの事を伝えた。
Hさんも承諾してくださり、霊柩車までの道程をラグビー部の教え子が、棺を担ぐことになった。


葬式も終わり、最後の別れの時間がやってきた、狭い公民館に人だ溢れた。
外にも大勢の弔問客が、最後の別れをするために帰らずにいた。
K先生の棺には、防寒用の毛糸の帽子、空手胴着、ラグビージャージ、ボール等が納められた。

同僚の体育教師がウイスキーの瓶を棺に入れようとして、葬儀屋にたしなめられた。
「瓶ごと入れるのはやめてください。」
どうも、火葬にするときにトラブルになるらしかった。
その体育教師は、少しK先生の口に酒を注いだ。
しばらくして、葬儀屋の目を盗み、ウイスキーのボトルごと棺に隠した。
棺を巡回するようなかたちで、人々が最後の別れを惜しんだ。
一段落して、葬儀屋が棺をしめようとした瞬間・・・・・・・・
奥さんが小さな声で、何かを唄いだした・・・・・

     「知床の・・・岬に・・・ハマナスの・・・・咲く頃・・・・」

涙ながらに、小さな声で歌を唄った。
私は最初、何の歌かわからなかった。
声があまりにも小さかったからだ。
横で奥さんを支えていた。葬儀委員長のTさんが、それにつられて歌を唄った。

     「思い出しておくれ・・・俺たちのことを・・・」

その歌声は、公民館の参列者に少しづつ広がっていった・・・・・・・
K先生が大好きな歌だったのだ。
いつしか参列者の殆どがその歌を唄っていた。


            知床の岬に 浜なすの咲くころ
            想い出しておくれ 俺たちのことを
            飲んで騒いで 丘にのぼれば
            遥(はる)か国後(くなしり)に 白夜は明ける

            旅の情か 酔うほどにさまよい
            浜に出てみれば 月は照る波の上
            君を今宵こそ 抱きしめんと
            岩陰によれば ピリカが笑う

            別れの日は来た 知床の村にも
            君は出て行く 峠を越えて
            忘れちゃいやだよ 気まぐれ烏(からす)さん
            私を泣かすな 白いかもめよ



唄が終わりかけると、誰かがまた1番から・・「知床の岬に・・・」と唄いだすのだった・・・・
唄が終われば、棺が閉められ本当に、K先生と別れなければならない。
そんな最後の抵抗だった。
いったい、何回リピートしただろう・・・・・・・・
(閉めないでくれーー、斎場に先生を連れていかないでくれーー)
参列者の心がひとつになった歌声だった。
葬儀屋が、唄が終わるたびに棺を閉めようとする動作をする。
そのたびに、「知床の岬に・・・」と歌声が大きくなった・・・・・・・
痺れを切らした、葬儀屋の責任者が無常にも棺を閉めてしまった・・・・
仕方なかった、いつまでも続くように思われたからだ・・・・・・

その瞬間、歌声はフェードアウトして行き、泣き声に変わった。
「先生ーーーー」うなり声で鳴く者、啜り泣くもの、へたり込む者様々だった。

ラグビー部員の「教え子が」棺を担いだ。
公民館の前にある霊柩車までの道程を、ゆっくりと歩いた。
みんな顔はくしゃくしゃで、ぼろぼろと涙を流していた。
公民館から、棺が見えた瞬間、外で待っていた参列者からもひときわ大きな、
泣き声が聞こえてきた。
霊柩車に棺が納められ、静かに霊柩車は動きだした。
その後を、数百人の教え子たちが歩きだした・・・・・・・
霊柩車の運転手は、歩く速度で車を走らした。
斎場まで教え子たちは歩いて見送るつもりだったのだ・・・・・・・・・・



教師の鏡・K先生逝く 〜その4〜につづく