体育教官室が我が家


ある冬の夜中、私は大学の先輩とふらふらになりながら、先輩の勤務する学校に向い歩きだした。
久々に先輩と会えたので、ついついお互いに深酒をしてしまった。
私の自動車は、学校の中に駐車してある、運転も出来ないぐらい足元もおぼつかない。
今日は、先輩と車の中で夜を明かそうか?そんなことを考えていると学校についてしまった。
先輩「おい、塀を乗り越えるぞ大丈夫か?」
私「先輩こそ大丈夫ですか?」
「おう、週に3回は乗り越えているから大丈夫や」 「えっ週3回?」
私達は、そんな会話をしながら塀を乗り越えた。
先輩は、真っすぐに体育館の方へ歩いていった。私は後について行きながら、「先輩、車向こう
の方ですよ」と言ったら、「ええからついてこい!」そう言いながら先輩は歩いて行った。
体育館の前ににつくと、カバンの中から鍵の束をおもむろに取出した。
「先輩その鍵・・・・・」
「学校中の鍵や、全部俺がもってんねん、いつでも入れるようにな」そう言いながら鍵を開けた。
冬の体育館は、底冷えのする冷気を含んだ、空気を充満させ私達を出迎えた。
真っ暗の体育館の中を、窓からこぼれる月明かりだけを頼りに、ひんやりした体育館の中を歩き出した。
倉庫のようなドアの前に着くと、またしても鍵の束を取り出した先輩は、ライターに火をつけた。
鍵を探しだし鍵穴に差し込みドアを開けた。
「さあ入れ」と私を促し電気をつけた。
そこは、マンションの一室かと思うほど、整理整頓された部屋だった。
机、電話、ストーブ、冷蔵庫、テレビ、ラジカセ,ソファーベット、応接セット、寝具、扇風機、
ありとあらゆる、生活用品がそこにあった。
「先輩、すごいですね」
「倉庫になっていたんやけど、俺が整理して体育教官室に変えたんや」
「家から持ってきたんですか?」
「いや、粗大ゴミの日に集めたんや」
「えっ、この布団もですか?」
「ちゃう、布団は家からや」
「まー座れ、ビールでも飲むか?」と言いながらストーブに火をつけた。
冷蔵庫を開けると、ビール、ウイスキー、お茶がぎっしり詰まっておりびっくりした。
「先輩、校長怒りませんか?」
「たまに一緒に飲んでるわ、ええ校長やで」
「授業中にですか?」「あほ、なんぼ俺でもそんなんようせんわ、放課後や」
「夏、練習終わった後ビール飲んだらうまいでーー」
会話しながら、寝床を作り私達は、ビールを1本飲み寝た。

翌朝、先輩は起きだして「朝礼に行ってくるわ、すぐ帰ってくるからモーニングでも行う」
と言い残し部屋から出ていった。
その瞬間、部屋の電話がなった。
私はためらったが、受話器を取った。「XX先生、起きましたか?」「あのー00と言います。
XX先生は今し方出て行かれました。」
「あっすみません、わかりました」同僚の先生が、モーニングコールをしてきたのだった。

一体、先輩は、自宅に帰っているのか?
私は、小一時間体育教官室で先輩を待った。
先輩が帰ってきた。「茶店でも行こか?」そういいながら体育館をでた私達は、運動場を横切り、
正門の前にある喫茶店に入った。
私は、歩きながらもし先輩が、結婚し、給料が全部酒代に消え、生活が苦しくなったら
絶対に、奥さんと子供と、体育教官室で生活しするかもしれないと思った。   
いや、先輩は絶対にあの、元倉庫であった、体育教官室で暖かい家庭を築くだろう。
この先輩は、それぐらいする人だ。
家賃はいらないし、光熱費もいらない天国だ。
「体育教官室が我が家」これもおつなものだろう。