ザグリ埋め

今回はザグリ埋めをご紹介します
「ザグリ」とはボディなどに施された堀加工・凹加工の事です
ザグリ埋めとはその凹を埋めると云う事ですね
単に埋め木を作って埋めるだけでは記事になりませんので前回記事にしたピンルーター導入で可能となった埋め木の作り方としてご紹介いたします
埋めるのはこのザグリ↓

 
どこかの修理店でピックアップ交換をしてもらった時にこの様ないびつな形にザグられてしまったのが気に入らないとの事で、一旦埋めてからちゃんと開け直してこの機会にリフィニッシュまでしてしまいたいとのご依頼です
(ボディに書かれた矢印はピックアップのアウト線を通す穴の位置で埋めた時に元と同じ所に穴を空け直す為の印です)
綺麗に四角にザグられていれば埋め木を作るのは簡単ですがこのいびつに凸凹した形にピッタリの埋め木を作るのはなかなかに困難です
と言う事で一旦綺麗な長方形にザグリ直してから埋めると云う方法でお見積もり出させて頂いてお預かりしました

しかし、実はいびつな形に合わせた埋め木を作るアイデアは有ったのです
このベースの少し前に同じようにザグリ穴埋めの依頼があり、その時にある方法で“型”を作りそれを冶具にしてピンルーターを使ってザグリにピッタリ嵌る埋め木を削り出す事に成功していました
しかしその時は綺麗な長方形のザグリで“型”を作るのも簡単でしたが、今回のように凸凹していると同じように出来るかがまだ分かりませんでした
このアイデアで”型”が出来れば一旦長方形にザグり直す必要がありませんのでその分工賃は安く出来るのですが、やってみたわ上手く行きませんでしたわではカッコ付きませんし、後から「ザグリ直すので追加工賃が必要」とは言えませんので、前もってザグリ直す事を想定してお見積もりを出させて頂いていました

と云う事で“型”作りにチャレンジします

 
まずピックガード材の端材をボディに貼り付け 6ミリφのコロ付きビットでザグリと同じ形の穴を開けます
これが“型”の”枠”になります
フロントとリアで微妙に形が違いますので両方開けます


穴開けが出来たらボディから剥がし 穴の内側側面(矢印で指した部分)に離型剤を塗ります
今回は離型剤に代用出来る事で一部で有名なWD-40と云う潤滑防錆剤を綿棒に浸み込ませ塗りました

 
次に“枠”をひっくり返し画像のようにマスキングテープで塞ぎます

 
 
“枠”を再び表に返して穴の中に穴よりも少し小さめに適用に切り抜いた端材を貼り付けます
こうやって“枠”と端材の間に“溝”を作ります

 
 
“枠”と端材の間の“溝”に重曹を詰込み瞬間接着剤を重曹に浸み込ませて行きます
画像で見える白い粉が重曹です
重曹を詰め込んだ“溝”も白くなっているのが分かると思いますが接着剤を浸み込ませるとグレーに変色し、すぐに硬化します
実は以前これと同じ方法で“型”を作った時は重曹では無く、木の削り粉を隙間に詰込んで製作したのですが、その後たまたま見かけた動画でアメリカの有名リペアマンのダン・アールワイン氏に質問しよう!てな動画がありまして、そこで

質問者「わしの古いヤマハのギター、ナットがアカンねん、ダンはん重曹と瞬間接着剤で直せまへんか??」


ダン氏「アッカーン!!んなもんナットに詰めたらカッチカチやぞ!カッチカチやぞ!ぞっくぞっく‥するかボケーっ!  見てみぃハンマーで叩いても割れんぐらいや!ナットが低なったら重曹やなくて要らんナット削った削り粉 詰めて瞬間接着剤で固めるんや!分かったか!」

(英語が分からない故、見た目から想像した内容&相当脚色あり)

てな会話がありまして、そもそも質問者がナット溝を埋めるのに何で重曹を使おうと思ったか分からなかったのですが調べてみるとどうやらプラスティックの補修方法としてメジャーなようでした
で、実際に試してみると本当にカッチカチになります
今まで冶具の修正などは木の削り粉を詰めて瞬間接着剤で固めていましたが、恐らく木の粉が含む水分に反応してだと思うのですが硬化時に発熱し気泡が出て穴だらけになる事がありました
しかし、重曹を使うと気泡も出ずカッチカチに出来るのでこれは使える!と今回使用した訳です

注:動画の正しい内容を知りたい方はこちら

重曹が固まったら“枠”をぐにぐにと捻って“枠”と“型”を分離させます
やりながら むかし駄菓子屋でやった「型抜き」を思い出しました(^.^)
“枠”の方に塗った離型剤が効いて重曹は“型”の方にくっ付いた状態で剥がれます

 
と、枠から外した“型”がこれです
分かり易いようにべっ甲ピックガード板の上に置いて撮影しましたがご覧の通り外周はボッコボコです
これだけザグリが凸凹していたという事なんですねぇ〜
この“型”を元にピンルーターに掛けて埋め木を削り出します
木材に直に“型”を貼り付けて削り出す事も可能ですが危険ですので木材と“型”の間にアクリル板を挟んで削り出す事にします

 
こんな感じ
これ一体を冶具とします
横から見ると

 
 
こんな感じ
「下駄」とあるのは“型”と同じ厚さのピックガード端材をアクリル板の両端に取り付けて冶具一体がピンルーターのテーブルと常に平行に安定させるためのモノです
 
 
まず、ピンルーターに19ミリφの刃物(ルータービット)を取り付けて画像のように木材の厚さを調整していきます
この時テーブルのピンは取り付けていません
この様に大きなルータービットで作業する時は非常にドキドキします
うっかりビットに手が当たったら指なんか吹っ飛んでしまいますから…汗
その為に冶具に取っ手を付けて手が滑らないようにしていますが、一昔前のギター工場なんかだとこう云った安全策があまり取られていなかった事が多く、作業中に指を飛ばした人が一つの工場に大概一人や二人居ました
NCルーターが導入されてからはそう云った事は少なくなったとは思いますがいずれにせよ機械工具を使用する際は万全の安全策を取らないといけません

 
 
で、いよいよ”型”に合わせて木材を削り出します
この時ルーターには6ミリφのルータービットを取り付け、テーブルにはビットと同じ径の6ミリφのピンを取り付けます
(ピンボケしてるし手でビットの先が写ってないし…)

 
 
前回のコラムではイラストで説明しましたが実際にはこの様になります
ピンがなぞった形に埋め木が削られている事をご理解頂けるでしょうか?

 
 
こんな感じに削り取られました
画像上側からザグリに嵌め込むのですが、試しに嵌めてみようとしたら、少しでも嵌めたら抜けなくなってしまうんじゃないか?と言うくらいキッチキチだったのでいきなり接着剤を塗って打ち込みました

 
 
見事にボコボコのザグリにピッタリと嵌らせる事に成功しました!
画像は嵌めこんだ後、ボディ表面にツライチに加工してリフィニッシュの為に塗装を剥がした時の物です
綺麗に嵌ったもんでカメラで撮ったままだと埋めた部分が分かり難かったのでコントラストを上げて埋め木との境が分かり易くなるように画像加工してみました 
この後、新たにピックアップザグリを掘り直します

 
 と、こんな感じ
この後、塗装をしますが記事としてはここまで!

この様に試みは成功しましたので長方形にザグリ直す必要が無くなり、お客様にはその分工賃の割引させて頂く旨ご連絡差し上げました
今回の作業をコラムの記事にさせて頂きたいのですが…と云うお伺いにも快諾下さり感謝いたします!

ピンルーター導入前にもこの様にザグリ埋めのご依頼は何件かありましたが、今まではグラインダー、ノミ、ヤスリを駆使してそれはそれは面倒なお仕事でした
特に落とし込み加工付きのフロイドローズのザグリを埋めた時は角が多い上に部分的に厚みがあり大変だったのですがこの方法が出来ればうんと楽に作業出来るようになります

ピンルーターが導入出来たらあんな事やこんな事が出来るのにと妄想が絶えなかったのですが、今回のような埋め木製作もその一つでした
ただ“型”を作る合理的な方法が思い付かずにいました
「あ〜3Dプリンターがあったら簡単やのになぁ〜」と嘆いてみたり
ま、ドラえもんに頼らないだけ大人なんですが(^_^;)
で、念願のピンルーターが出来上がってすぐに良いタイミングで「ベースの5箇所あるザグリ全部を埋め直して欲しい」と言う依頼が入りました
今回ご紹介したベースの前の事で、つまり自作ピンルーターが出来上がってからここ2ヶ月の間に2台ザグリ穴埋めの依頼が入ったと云う事で、ふつう年に1本あるかどうかみたいな依頼が絶好のタイミングで立て続けに入ってちょうどやりたかった事が試せた訳です
(試せたなんて言うとお客さんに申し訳無いようですが…)

初めてピンルーターで埋め木を作った時、始めの1箇所は手作業で“型”を作ってピンルーターに掛けて埋め木を作りましたが、ザグリ埋め作業としては十分な仕上がりでは有りましたが、もっとキッチリした“型”が簡単に作れたら…と云う思いがありました
始めの1箇所目を埋めたところでその日の作業は終わり、翌日が定休日でその休日は京都の丹後半島へカニバスツアーに行きまして、その道中ずっと簡単に正確な“型”を作る方法を考えていました
さすがにカニ食ってる時はカニに夢中でしたがバスの中でも温泉に浸かってる時でも。
色々思いついた中でもっともリスクが少ない方法がこの方法でした

修理方法を考える上で最も重要なのはそうする事で何かデメリットは出ないか?と言う事で
一方でメリットが有ってもデメリットを伴うのでは意味がありません
ですので自分の思いついたアイデアに対して思い付く限りの「いちゃもん」を付けてみます
物理的には問題無くてもお客様の心理的な部分でマイナスが出るようであれば事前に説明しておく義務がありますので心理的ないちゃもんも付けてみます
私はどちらかと言うと現実主義(と言うか超現実主義?)で自分の中だけで考えていると心理的な影響に気が付き難い部分があるのですが「世の中にはこう考える人も居る」と客観的に物凄くネガティブに捉えられた場合の事も想定しておく必要があります
そう云った思いつく限りのマイナス要素を上げてから精査し、採用するか破棄するか取捨選択します
意外に頭使ってるでしょ?(^.^)

この仕事をしていると10時から19時半までず〜っとギターの事を考えています
ですので正直言って仕事が終わったらもうギターの事は考えたくありません!
独立して自宅で工房を始めた当初は仕事場から自宅のリビングまで階段6段と云う超々短距離通勤の状況に頭の切り替えが出来ず、一日中ギター修理の事で頭がイッパイの状況にノイローゼになり掛けましたが、人間 環境に順応するものでいつしか階段6段の上り下りで頭の切り替えが出来るようになり、より集中して頭を動かせるようになりました
頭を効率的に動かすと云う事はどんな仕事にも大事な事なんですね
ただ、今回のような工夫やアイデアに関する事はこれ私の趣味の範囲に入りますから、楽しくてプライベートな時間内でも考え込んでしまいます

モノ作りは子供の頃から好きで初めてギターを手にした時から
「おら、これ作る人になる!」
と思ったくらいで。
普通ならギタリストになる!って思うんでしょうけどねぇ(^_^;)
「三つ子魂百まで」と言いますがいまだにモノ作りが楽しく既製品で満足出来ない物は自分で作ります
と言うとカッコ良いですけど、実際は買うと高いから自分で作る方って方が多いですかね(^_^;)
最近ではクルマのポータブルナビのホルダーをアルミで製作しました
こんな感じに↓


これは構想から2日で仕上げました
曲げが楽な2ミリ厚のアルミで製作しましたがそのままだと柔らかくてグラグラしますので2重構造にして強度を出しています
良く見ると傷があったりグラインダー掛けっぱなしの所があったりと雑ですが、売り物じゃないんで仕上がりは自分基準で出来ますから楽しみでしかないです!
やはり仕事でのモノ作りはプレッシャーが伴い、上手くいった時は喜びよりも安堵と云う感じなのですが、自分の為のモノ作りはリフレッシュになり自分なりに満足出来た時は子供のように嬉しくなるものです
お金があれば何も考えずにお金で手に入れますが、お金が無いと頭と体を使って色々工夫します
ビンボーこそクリエイティブ!
なんて言うと負け惜しみに聞こえるでしょうか?(^_^;)
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