テンション?
量販店の下請けをたくさんやっていた時の事です 修理依頼伝票に「ナット交換」とだけ書かれたベースが入って来たのですが、物を見てみるとこんな感じに弦が張られていました |
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一目見て何故ナット交換を依頼されたか予想はつきましたが、とりあえず弾いてみると、やはり3,4弦が開放でビビっています この3,4弦のビビリ症状でナット交換を依頼下さったのでしょう 弦溝の高さをチェックしたところ、弦溝が低くて1フレットに当たっていると云ったような状態ではありません ではなぜ3,4弦が開放でビビルのでしょうか? 弦の張り方が悪いんです! 弦が上に向かって巻かれているのがご理解頂けると思いますが、これ画像に写っていない1,2弦も含め全部この様に上に向かって巻かれており1,2弦はテンションピンで押さえられていますのでナットに対して角度が付いていますが3,4弦はペグからほぼ真っ直ぐにナットに向かっておりナットに対して無角度になっています こうなると弦がナットの弦溝内にしっかりとホールドされず、弦が振動した時にナット弦溝の中で暴れバタつくようになってしまいます gifアニメで再現すると↓ |
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この様にナット弦溝の中で弦がバタつく事でビビリが出ていたのです 弦をちゃんと下に向かって巻き直したところ全くビビらなくなりました (後日追記:もう一度始めの画像を見て頂くとテンションピンが付いている1,2弦はナットに対してちゃんと角度が付いていますがテンションピンを外すとちゃんと下に向かって弦を巻いていてもナットに対する角度が浅くなりこのgifアニメの様にナットの弦溝内で弦が暴れる可能性があります) こう云った事はブリッジ側でも起きます ![]() 上のジャズベースとは別のベースですがウィルキンソンのブリッジに交換されていてこの様にサドルに対してほとんど無角度の弦の張り方をされています これも修理依頼内容は「強く弾くとハイポジション以外でビビる」で、一目見ただけで「これはビルわ」と思わせる状態です 弦をつまんで軽く持ち上げると ![]() この様に簡単にサドルから浮かせてしまう事が出来ます これチューニングされた状態ですよ! これでは弦が振動した時にサドルの上で暴れてナットの時と同じようにビリついた音になってしまいます このブリッジは弦を引っ掛ける所が2パターンあり、恐らくオーナー様はテンション(張力)を緩くしたいが為にこの様に弦を張ったのでしょう で、「こんな事でテンション(張力)は変わらないし、仮に変わったとしてもビリの原因はこの弦の張り方でデメリットの方が遥かに大きい」とご説明して弦がサドルに対して最低限の角度が付く下側のフックに弦を掛け直して修理を完了しました ![]() これでビリつきは綺麗サッパリ解消されました なぜこのサドル上のバタつきがハイポジションで起きなかったかと言うとハイポジションに行くほど弦の振幅は小さくなりますのでサドル上で弦をバタつかせるほどの振動エネルギーが無くなるからと推測されます 一番上の画像のようにナットでこうなった場合は開放弦でのみ影響が出ますが、ブリッジ側でこうなった場合は多くのポジションで影響を受ける事になってしまいます 一般的な言葉では無いと思いますが私はこの様な弦のナットやサドルに対する角度を「進入角」と呼んでおり、この場合はサドルですので「サドル進入角」と呼んでいます 今後、この「進入角」は当コラムで何度も出てくる事になると思いますのでここで覚えておいて頂けるとご理解頂き易くなると思います この様にナットやサドルに対する弦の進入角を浅くする事でテンション(張力)が緩くなると云うのがギター・ベースの世界では常識のようになっていますがこれは物理的に根拠はありません 弦のテンション、つまり張力はその楽器のスケール(ナット〜サドル間の長さ)と音程と弦の剛性で決まります ダダリオのパッケージを見ればそのセットの張力が書かれています |
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分かり易いように赤枠で囲みましたが この様に書かれています このセットですと34インチスケールでレギュラーチューニングの場合 1弦0,045インチの太さで20,65キログラム 2弦0,065インチの太さで21,93キログラム 3弦0,080インチの太さで18,17キログラム 4弦0,100インチの太さで15,74キログラムの張力と書かれています このセットだと4弦が一番テンション(張力)が緩いんですね パッケージに書かれたこの表はベースは34インチ(864ミリ)スケール、ギターは25.5インチ(648ミリ)スケールで統一されていて比較し易く参考になります 先ほど「弦の剛性」と書きましたがこれはざっくり言えば弦の頑丈さ・硬さの事です 弦は太いほど張力が強いと思われがちですが例えば金属弦の1弦とクラシックギターなどのナイロン弦の1弦を単純に太さで比べるとナイロン弦の方が太い事は皆さんご存知だと思います しかし、張力は太いナイロン弦の方が弱いんです ![]() ![]() パッケージの表を切り取り拡大しました 黒いパッケージがナイロン弦で青いパッケージが金属弦です 1弦同士で比べるとナイロン弦は金属弦の3倍も太いのに張力は金属弦と比べて0.47kgきついだけです 一方6弦同士で比べると太さは全く同じですが張力はナイロン弦の方が0.5kg緩い事になっています 同じ巻き弦という形を取っていてもその芯に使われる素材が金属とシルクではシルクの方が剛性が低いので張力は緩くなると云う事です 金属同士でも金属の配合が変われば剛性は変わりますので張力は変わります ![]() ![]() 80/20ブロンズ弦とフォスファーブロンズ弦を比べると全く同じ太さのセットでも巻き弦に関してはフォスファーブロンズの方が張力はきつくなっています つまり80/20ブロンズ素材よりもフォスファーブロンズ素材の方が剛性が高いという事です 改めてナイロン弦の表と見比べて頂くと、こちらのセットの1弦0.012インチと比べると上表のナイロン弦は0.0285インチと2倍以上太いのに張力は3.4kgも緩いんですよね つまり同じ配合の素材同士だと太いほど剛性が高くなるので張力もきつくなるが異素材と比べる時、太さは張力の目安にはならないと云う事なんです ダダリオはこうやってそれぞれのテンション(張力)をパッケージに表記されていて非常に分かり易く弦を選ぶ際の参考になります ダダリオは科学的でとても親切な良いメーカーですね!! と、持ち上げて無断転載のクレームを仕難くなる事を狙ってみたりする(^_^;) ただ、以前のパッケージではパッケージを開ける前にこの表が見られたのですが、新しいパッケージになってからは開けないと見られなくなってしまいました 何らかの事情があるのかも見知れませんがちょっと残念です それから一般にテンションピンと呼ばれるパーツですが ![]() これは日本だけでの呼び方のようです 英語圏ではこのパーツの事を一般に「string retainer」と呼びます リテイナーは「保持する」と云う意味である通り、弦がナット溝から外れたりナット溝内で暴れないように保持する為の部品である事を表しています 日本ではストリングスガイドと呼ばれる事もあり、こちらの方が部品の役割としては正しい呼び名ではあるのですがテンションピンと呼ばれる事の方が多く、私も習慣的にそう呼んでしまいますし、そう呼ばないとお客様に通じない事もあります 何でこれをテンションピンと呼ぶようになってしまったのかは正直私には分かりません しかし、日本で一般にそう呼ばれ出したものだからこれのセッティングで張力が変わるように思われ出したのでしょう (後日追記:この記事を読まれたお客様が「テンションが変わらないんだったらテンションピンは意味無いんじゃないですか?外しちゃっても良いですか?」と聞かれました いえいえ、凄く大事なパーツです 私がここで訴えているのは「テンションピン」と呼ばれるパーツはテンション(張力)を変える為のパーツでは無く、これは弦をナット溝にホールドさせる為にナットにプレッシャー(圧力)を加える為のパーツであると云う事です 「テンションが変わらないなら」と外してしまうと上のgifアニメの様にナット溝上で弦が暴れて開放弦でビリが出てしまう可能性があります 繰り返し申し上げますがテンションピンと呼ぶのは日本人だけで、日本以外ではストリングスリテーナーと呼ばれるこのパーツは、テンション(張力)を変えるパーツでは無く、ナットに掛かるプレッシャー(圧力)を加える部品なのです) フロイドローズのパーツにテンションバーと呼ばれる部品があります 実は日本の公式サイトでもストリングスリテイナーと書かれているのですが一般的にはテンションバーと呼ばれてしまいますし、私もそう呼んでしまっています ただこちらは単にナットに保持すると言うよりもロックナットに弦を密着させる為の部品で、このパーツが無かったりセッティングが出来ていないと弦をロックした時にチューニングが上がってしまうのです 上画像はテンションバーのセッティングが出来ていない状態です 赤矢印の部分がロックナットから浮いている為にこのままナットキャップと言われるパーツで弦を押さえ付けると、この浮いている分だけ音程が上がってしまいます 「そんなんファインチューナーで調整するからええやん?」と思う方もいらっしゃるでしょう 40代以下の方は知らないかも知れませんが、発売当初のフロイドローズはファインチューナーが付いていなかったので弦をロックした後で微調整する事が出来なかったのです その為にはこのテンションバー…いやいやストリングスリテイナーが必要だったのです ファインチューナーは調整範囲があまり広くないので現在のフロイドローズでもストリングスリテイナーは適切にセッティングしておいたほうがロック後の微調整もやり易くなります この様にストリングスリテイナーのネジを締め込んで弦がロックナットの面から浮かないようにします まだ少し隙間になって見えますがロックナットの製造時の仕上げの関係で少しの隙間は残ってしまいます と、ここまで来て「テンションピンや弦の張り方で進入角を変えてもテンション(張力)は変わらない」と云うのが引っかかってモヤモヤしている人もいらっしゃるでしょう では次回はこの辺を実験して数値に出してみましょう 意外な事が起きます お楽しみに! |