泡沫戦史研究所/枢軸軍マイナー部隊史/中央軍集団の後ろの方<中編・中央軍集団の保安師団>

第203保安師団
Sicherungs Divisionen 203

 第203保安師団の前身は1941年12月24日に編成された「第203保安旅団」であり、旅団は「第203予備旅団司令部」からベラルーシで設立され、「中央軍集団占領軍司令部」に配属されました。
 第203保安旅団には第603、第608及び第613予備歩兵連隊本部が配属され、さらに1942年1月には第34国土防衛連隊本部が、3月23日には第27国土防衛連隊本部も配属されました。各予備歩兵連隊本部は1942年2月から保安連隊へと改称され、国土防衛連隊本部についても1942年6月に保安連隊へと改称されました。
 これらの連隊本部には12月20日から第221と第608国土防衛大隊が、3月15日には第323国土防衛大隊、4月5日には第243国土防衛大隊、4月12日には第916国土防衛大隊、5月20日には第473国土防衛大隊が順次配属されました。しかし、連隊本部はミンスクなどに駐屯したものの、配属された大隊は引き続き総督府に駐屯していた例もあるなど、配属部隊の実態ははっきりとしません。


第203保安旅団

第203予備旅団司令部
第603予備歩兵連隊本部
第608予備歩兵連隊本部
第613予備歩兵連隊本部
第34国土防衛連隊本部
第27国土防衛連隊本部


 「第27国土防衛連隊本部」は6月1日付で「第27保安連隊」と改称され、6月22日付けで第221保安師団に転属となりました。「第34国土防衛連隊本部」は6月3日付で「第34保安連隊」と改称され、1943年2月に第221保安師団に転属となりました。「第34保安連隊」は1943年2月まで師団に配属されたはずですが、編成資料に記載がないなど、実態は不明です。
 「第603予備歩兵連隊本部」は1942年2月22日付けで「第603保安連隊」となり、3月4日付で旅団を離れてミンスクで「第392地区軍政司令部」に配属となり、42年11月7日付けで「第603擲弾兵予備連隊」へと改編・改称されました。
 旅団は1942年6月1日付で2個保安連隊と1個砲兵大隊を基幹とする「第203保安師団」へと改編・改称されました。


第203保安師団

師団司令部
第608保安連隊(3個大隊)
第613保安連隊(3個大隊)
第507砲兵大隊(3個中隊)
第203(東部)中隊第1小隊
第203(東部)騎兵中隊
第203(東部)砲兵中隊
第203通信中隊

第203師団管理部隊


 このほか、1942年10月15日頃の編成には「第339(東部)騎兵中隊」が見られますが、詳細は分かりません。また師団管理部隊については「第203師団管理(1/4)中隊」との記載も見られます。その後の師団編成も大きな変化はありませんでしたが、1944年5月からは「第203工兵中隊」が配属されました。
 1944年10月21日、師団は解散し「第203歩兵師団」へと改編・改称されましたが、1945年1月の戦闘で壊滅しました。師団の残余は3月に第2軍に編入されました。


第203歩兵師団

第608擲弾兵連隊(2個大隊):第608保安連隊より
第613擲弾兵連隊(2個大隊):第613保安連隊第2、第3大隊より
第930擲弾兵連隊(2個大隊):第613保安連隊第1大隊より
第203歩兵大隊:第613保安連隊第1大隊より
第203砲兵連隊(3個大隊):第134砲兵連隊及び第507砲兵大隊より
  1944年11月3日、第134軽砲兵大隊が第2大隊の補充として編入
第203戦車猟兵中隊(新編成後、後日大隊に拡大)
第203工兵大隊(新編成)
第203野戦補充大隊(第889保安大隊より)
第203師団管理部隊(新編成)


2020.3.3 新規作成

泡沫戦史研究所http://www.eonet.ne.jp/~noricks/