今回の発表は2002年8月に行われた全国英語教育学会神戸大会で口頭発表した内容をもとに論を進めた。実践的コミュニケーション能力の育成につながる文法指導はあるのか。あるとすれば文法として「何を」「どれだけ」「どのように」指導すればよいのか。この点に関して、まず前提として、実践的コミュニケーション能力の育成につながる文法の存在を仮定し、それを下記のように定義づけた。
奈良教育大学の渡邉先生からは、チャンクごとに日本語で意味を貼り付けることを習慣化すると、学習者が常に日本語に置き換えないと英文の意味を理解できなくなるのではないかとのご指摘をいただいた。この点に関しては、一文の意味と構造が理解された後のテクストの音読練習で、音声下で日本語ができるだけ頭の中に響かないようにして意味を感じながら読む練習が必要になる。また、一文の構造理解(内在化)がある程度進んでいる学習者については、英語を聞くこと(リスニング)によって限られた時間内で一文またはテクストの意味理解をする練習をすれば、学習者が必ず日本語に置き換えて意味理解をすることの習慣化は避けられると考えている。
またもう一点、渡邉先生から小学校英語教育の指導例として、週1回の授業で文法指導をせずに日本語も使わないで、学習者が一文の構造を内在化し、与えられる英語の意味を理解できるようになる実践報告があるとの情報をいただいた。これに関連して参加者の川淵先生から中学校でのTPRを使ったリスニングによる指導法が効果的であるという報告があった。私自身昨年の夏に、子供会の要請で近隣の小学生4〜6年生を募って英会話教室を3日間開いたが、その時は文字を一切使わず画用紙に描いた絵とジェスチャーを併用してTPRによる指導を行った。実際に子どもたちの前を歩きながらI am walking now. と発話し、次にゆっくり歩きながらNow, I am walking slowly. と発話する。ほとんど日本語を使わずに、学習者がこの英文の意味と構造をつかめるように工夫をしたが、残念ながら時間が限られていたために、一文の統語構造が子どもたちに定着した印象はなかった。
しかしながら、音声形式による英語のインプットを、日本語を使わずに理解可能にする効果的な仕掛けが考案されるならば、明示的な文法指導なしに英語の統語構造が学習者に内在化される可能性が出てくる。ただし、本当の意味でのリーディングやリスニングにおける「直解」では、学習者は英語の意味を音声下を含めて日本語で考えてはいけないのであるから、TPRで提示できないような複雑な意味を持つ語彙を対象言語のみで理解しなければならないことになる。そのためには、英語学習者に対して初期の段階から対象言語の語彙ネットワークをいかに構築していくかが、これからの重要な課題となるのではないだろうか。