この論文の目的は、-er nominalizationの意味拡張を認知言語学的に考察することが目的である。先行研究として伝統的生成文法における(Levin, Beth and Malka Rappoport. 1988), (Rappoport Hovav, Malka. and Beth, Levin. 1992) がよく知られているが,私は認知言語学的視点での研究をした(Ryder 1991),(Panther, K and Thornburg, L 2001)に注目した。彼女らの理論は「-er nominalizationでのagentからeventまでの-er nounsの拡張プロセスは、ベースへのメトニミー的メンタルアクセスとメタファー写像によるものである。その拡張にはHUMANS ARE OBJECTS metaphor、そしてEVENTS ARE OBJECTS metaphorが作用した拡張である。」としている。しかしながら、私はその見解に疑問をもった。主張として「-er意味拡張の際、中心成員との概念的キョリが一番遠いevent -er nounsまでの拡張に至っても『動作主性』はわずかではあるが残っている。つまり、すべての-er nounsに接尾辞-erからの〈動作主性〉がmetaphorical mappingにより付随している。そしてEVENTS ARE OBJECTS metaphor拡張というよりもEVENTS ARE HUMANS metaphorによる拡張である。」という別の具体的な見解をした。その根拠として3章で述べてきた認知意味論的視点で言えば,我々が言葉を習得しカテゴリー化していく際に具体的な身体経験に基づいて様々なイメージを形作り、それを抽象概念にまで拡張していくことが分かっている。それは-er nominalizationにおいても同じで、人間主体による身体経験によるイメージが関係している。中心的成員であるagent -er名詞からevent -er名詞までの拡張は一つの擬人化(Personification)であると言える。また身体経験に基づいたイメージは、(Matsumoto 1999, 2000)理論での身体部位詞から物体部分詞への意味拡張からでも明らかである。-er nominalizationで具体的概念から抽象的概念へのメタファー写像されるカテゴリー群の順序の証明は(Heine 1991)の「カテゴリーメタファー」理論で立証できた。そして(Clark, E and Hecht, D 1982)理論である子供のagent -er nounsの習得順序とその拡張にも今までの見解とは反していない。(Ikegami 1981)の「〈する〉的な言語の英語」からの視点からは主張へのさらなる支持を得ることが出来た。そして(Langacker 1987, 1991)のスーパースキーマ理論により、-er 名詞化拡張のスーパースキーマの存在を見つけ、非典型性の低い-er nounsにも〈agentivity〉の存在性を証明することが出来た。
以上の提唱への根拠により、私の提唱である「-er意味拡張の際、event -er nounsまでの拡張に至っても『動作主性』はわずかではあるが残っている。つまりそれは、すべての-er nounsに〈動作主性〉がmetaphorical mappingにより-er nounsに付随しているという意味である。-er 拡張のメタファーの捉え方としてEVENTS ARE OBJECTS metaphor拡張というよりもEVENTS ARE HUMANS metaphor拡張である。」を(Panther,K and Thornburg,L 2001)の理論とは別の新たな-er 名詞化の見解をすることができた。これにより,我々は-er nominalをあらゆる具体的・抽象的概念にまで-er名詞化拡張をすることが可能であると助長できる。この論文はさらに-er nominalの生産性の高さを以前にもまして証明できたのである。
認知言語学用語
〔認知言語学〕
―人間は環境世界の中で様々な相互作用や内的経験を持ちながら生きる認知主体である。認知言語学とは、そうした人間の認知的営みという包括的な枠組みから言語に焦点を絞り、意味と形式や認知と言語の静的・動的な様相の説明を試みる言語研究の総称である。言語の規則的形式面にとらわれず、高次認知活動の1つとして言語を探求する認知科学の言語研究領域である。
〔イメージ・スキーマ〕
―スキーマとは、経験を抽象化・構造化して得られる知識形態のことで、対象の理解を促進する規範や鋳型としてはたらく。イメージ・スキーマと言った場合、種々の身体経験をもとに形成されたイメージを、より高次に抽象化・構造化し、拡張を動機付ける規範となるような知識形態を言う。
〔プロトタイプ〕
―カテゴリーにおける代表例のことを指す。例えば、鳥(カテゴリー)と言えば、スズメ、カラス、ハトであると代表例が浮かぶ。そうした事例が当該カテゴリーのプロトタイプである。カテゴリーはプロトタイプを中心にした内部構造を持ち、プロトタイプを核とする同心円を描くことができる。その周辺に行くに従ってそのものらしさ(成員らしさ、帰属性{membership})が薄れる。鳥カテゴリーでは、ダチョウ、ペンギン(周辺的成員=非プロトタイプ)となる。
〔メタファー/隠喩〕
―2つの事物、概念の間に類似性が成り立つとき、一方の形式で他方を表現することを言う。単にことばの問題ではなく、ある概念領域を別な概念領域でもって理解するという、我々の認知の営みである。例えば、「時は金成り」と言った場合、時間とお金との間に成り立つ「我々が生活していくの重要・貴重なもの」としての類似性に基づいている。
〔メトニミー/換喩〕
―メタファーが異なる領域間の類似性(similarity)に基づくのに対して、メトミニーは単一の領域内おける隣接性(contiguity)に基づくとされる。例えば、「電話をとった」と言った場合、「電話」という全体で、その部分である「受話器」を指していると言える。この全体―部分関係のようなものが隣接性の例である。
〔Agentivity/動作主性〕
―物を投げたり、おもちゃを落としたり等、我々がモノを直接操作する経験、すなわち意図的な身体的動作をモノに対して行い、それに変化を生じさせるような身体的経験に基盤を持つと考えられる。典型的な動作主は「自らの力ないしエネルギーを、意図的にかつ自らの責任において、用いることによって、〈対象〉の位置ないし状態に何らかの変化を生じさせるという目標を達成する人間」と規定でき、Mary killed John.のような他動詞文の典型的な主語となる。