奈良教育大学英語教育研究会6月例会 2000.6.10
高校生の短期海外研修における意識調査
−よりよい事前学習と研修プログラムの開発に向けて−
大阪府立住吉高等学校 河合良樹
大阪府立長野北高等学校 西嶌俊彦
帝塚山学院高等学校 岩崎幸子
- はじめに
夏休みや春休みを利用して海外研修旅行を実施する高等学校は年々増え、今では学校行事の1つとして定着した感がある。研修旅行と一口に言っても、計画から実施までほとんどを旅行業社任せにする学校から、担当教員がきめ細かく関わっている学校まで幅広い。ただいずれの場合でも、研修旅行を生徒にとって実り多いものにしたいという基本に大きな違いはないはずである。そのためには事前学習の充実が不可欠であり、さらに帰国後、研修で得たものをどのように授業や日常生活にフィードバックしていくかが問われることになる。研修旅行に先立ち事前学習をまったく行わない学校は皆無であろうが、その中身に関してはずいぶん学校差がある。
今回大阪府内の公私立10校の協力を得てオーストラリア研修旅行に参加した高校生にアンケートを実施し、客観的なデータを得た。その分析をもとに海外研修を成功させるために効果的な事前学習とは何か、またどういう形で研修後に授業や日常生活にフィードバックしていくことができるか、その可能性と実際的手段を探っていくことにする。
- アンケートの概要
- (1)対象校: 大阪府内の高校10校(公立高校7校、私立高校3校)
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- (2)研修先: オーストラリア
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- (3)平均研修期間: 16日17泊
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- (4)対象人数: 301名(男子27名、女子274名)
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- (5)形態: グループ(3〜4名)学習中心
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- (6)実施時期: 事前アンケート:1999年7月;事後アンケート:1999年8月〜9月
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- (7)回収率: 事前アンケート:95.0%;事後アンケート:91.4%
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- (8)実施時期の平均:事前は渡航前13日、事後は帰国後18日
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海外研修の前後で生徒の意識がどう変化するかを調べるために、アンケートは事前と事後の2回実施した。アンケート実施校の研修先をオーストラリアに限定したのは、相手国に対するイメージ等の比較検討が容易であると判断したからである。
主なアンケートの目的は、大きく分けて@英語学習方略、A人間的成長、B異文化理解の3つの面に研修旅行がどのような影響を及ぼすかを調べることである。
- 結果分析と考察
- (1)経験と動機
- (2)英語学習方略
- (3)人間的成長
- (4)異文化理解
- 事前学習プログラムへの提案
- (1)英語学習方略
- A. authentic materialsを使用した学習
「電子メール、手紙」の割合が高かったのはいずれも授業の中の単なる練習ではなく、実際にコミュニケーションをするために必要な手段である。事前学習では、ホストファミリー、ホストスクールの学生と事前に電子メールや手紙のやりとりをすることをプログラムの中に組み入れるとよいだろう。また、事後指導としても帰国してからの礼状に始まり、クリスマスカード作成や近況報告等の便りを定期的に書かせることで、「書く」技能を高めていくことができる。学習効果を高めるためには、ただ書いた、出したで終わるのではなく、発信したもののコピーに加え、受信した手紙等もファイリングさせるとよい。特にホストファミリー、ホストスクールの学生からの手紙は「生きた」教材として、その中から役に立つ表現や言い回し等選んで生徒に発表させるといった学習活動が考えられる。 -
- B. 語彙を増やす学習
生徒達は構文や文法より、語彙の重要性を実感している。サバイバルイングリッシュでは、難しい構文でなくとも、また文法的誤りを含んでいても、語彙が豊富であれば意志を伝えることができる。語彙数の貧困さはホストファミリーや交流校の生徒との会話をとどこおらせる1つの原因ともなっている。研修の間に必要な英語は、場面別、目的別にスキット、また洋版の絵辞典等を使用して、出来るだけ多くの語彙に慣れ親しませておくことが必要である。
可能ならばホストスクールの校内見取り図を手に入れ、施設や機材等の名称を英語で学習していくと、現地でのオリエンテーションをスムーズなものにするのに役立つ。また典型的なオーストラリアの家の内外に関しても同様な学習が考えられる。 -
- C. 会話を続ける訓練
コミュニケーションの基本は情報のキャッチボールである。投げたボールを受け取る人がいて、またそのボールを投げ返すことで、会話が続く。そのためには自分に関することを相手に伝える訓練、また相手に質問する訓練が欠かせない。まず自分を表現する訓練としては、アメリカの小学校で日常的に行われているShow and Tell、また一分間スピーチ等原稿を読み上げるのでなく、相手に伝えようという意志をもって話させる。また、聞き手役を務める生徒には、その内容に関する質問をさせるとよい。
最初からまとまった文を言うことが困難なようであるなら、一文でよいから時間をかけずたくさん作る活動も効果的だろう。例えば、研修担当教員をモデルに "He's tall." "He's taller than me." "He has big eyes."と言った外見を述べさせたり、"He teaches us English." "He lives in Hirakata." "He's good at playing tennis." といった既知情報をどんどん言わせる。ただ機械的に意味のない文を作るのとは違い、生徒には「表現している」実感を持たせることができるだろう。一般的に日本の英語教育の現場では、すでに知識として頭にインプットされている文法や構文を運用する訓練が欠けている。会話を続けるためには思ったことを即座に口に出す練習が欠かせない。 -
- D. オーストラリア英語に慣れる
日本ではアメリカ英語の発音や語彙を基本とした授業を受けている場合が多いので、オーストラリア特有の発音や語彙などに最初は驚く。オーストラリア英語については事前指導で英会話指導をする際に、学校英語と異なる発音を聞き取る力をつけておくほうが望ましい。日常使われる生活語彙の学習はしておきたい。
また、ホストファミリーの中にもいろいろな国や地域をバックグラウンドとしていていろいろな英語が使われていることもあるので、英語を母国語および公用語(第二言語)とする国や地域が世界に多くあることやいろいろな英語(Englishes)があることを知識として知っておくだけでなく、必要な場合は事前指導でその発音に慣れておくことがのぞましい。 -
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- (2)人間的成長
- A. 問題解決能力、自分の欠点、長所
参加者の研修に対する期待と不安、日常生活(学校と家庭)に対する自分の関わり方、自己の意見表明など他者集団に対する自分の関わり方などを問う質問項目をもうけ、参加生徒の人間的成長を部分的にでも測ろうと試みた。具体的に何をもって「人間的成長」と言うかを、人くくりにして述べるのは非常に困難であり、その全体像を客観的に測ることはほとんど不可能であろう。しかし、参加生徒が短期海外研修を通じて、異文化、異言語の環境下でさまざまな経験をし、他者との関わりの中で孤独と連帯を感じ、自分を客観的に見つめる機会を持つことによって、個人の持つ世界観、人生観を広げ、職業選択を含めこれからの人生をどう生きるか、あるいは、自分を取り巻く世界とどう関わっていくのかといった問題に気づき、その答えを個人として積極的に求め探すようになることは、十分かつ自然に予想されることである。
- B. 個々のコンサルテイング
まずは自分の長所、欠点を自覚し、明確にするために、長所や欠点等を書き込むワークシートを準備する。仮に「話し下手」が欠点だと書いた生徒には、「話し下手」という欠点が研修でマイナス要因として働くことをできるだけ減らすためにどうすれば良いか、その方略を考えさせる。「話す」代わりに、他の生徒よりたくさん写真や雑誌等を持参し、言葉以外に相手に見て理解してもらえる工夫をする、また歌や楽器演奏、イラスト等何か自分が得意なもので、自分を相手にアピールする工夫をするといったことを、カウンセリングを通して気づかせるとよいだろう。また、ホストファミリーとトラブルになりやすい事例をロールプレイ形式で演じさせ、解決方法を探らせる。例えば、食べ物に関するトラブルが多いが、嫌いなものを出された時にどういう態度を示すことが、相手に不愉快感を与えず、自分の気持ちを伝達できるか、どういう態度は相手を悲しませるか考えさせる。
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- (3)異文化理解
- A. 違うものを受け入れる心の準備
海外でホームステイをする場合、自分の価値観・常識・生活リズムなど、さまざまな面において自分を周りに適応させる必要がある。事前指導においては、具体的な事例をあげて心構えや解決法などをアドバイスしたい。たとえば過去に参加した生徒の体験談を聞いたり、具体的な状況を提示し、問題解決のアプローチをグループ別に討論させたりすると現実性が出てくるであろう。また異文化理解に関するシミュレーション・ゲームを用いて、異文化を疑似体験させるなどのワークショップを実施することも可能である。 -
- B. 身近な体験を取り入れる
いわゆる伝統文化・芸術などに代表されるような'Culture'よりも、日常生活におけるより身近な文化'culture'を感じ取ってくる生徒が多いことから、事前指導においては生活様式・習慣、考え方などの違いや類似点を中心に指導することが望ましい。たとえば、訪問国出身のALTや留学生を講師として招聘し討論などできればよい。 -
- C. 自己表現力を磨く発信型の事前指導を
異文化を理解するためには、自分の文化も発信することによってその違いを互いに気づき理解が深まるのである。英語によるコミュニケーション能力はもちろん、自分を伝えようとする積極的な態度を日頃から身につける訓練が必要である。したがって事前指導においては日常生活に関わる身近な話題を取り上げてどのようにすれば効果的に伝えられるかを参加生徒で討論したりデモンストレーションをするなどすることがのぞまれる。 -
- D. 総合的な学習を視野に
国際理解をテーマとして総合的な学習の時間を活用する際に、海外研修を中心として設定することは可能である。そのためには英語の学習が海外研修の大きな目的の一つではあるが、さまざまな角度から事前指導や事後指導を行うなど工夫ができるであろう。そのためには英語の教員だけでなくさまざまな教科の教員から協力を得る方がよい。たとえば社会科の教員にはオーストラリアの歴史・地理・政治・経済を、体育からはオーストラリアのスポーツや2000年オリンピックについて、芸術からはアボリジニの芸術や音楽を、理科からはオーストラリアの動植物・自然などという学校全体の取り組みとして位置づけたい。
このように学校全体の協力を得ることによって、海外研修が学校の特色として位置づけられるのである。さらに全校生徒にオーストラリアをテーマとした総合的な学習の機会を与えることになれば、参加生徒だけではなく学年および学校全体の取り組みとなるであろう。そうなればオーストラリアの相手校と、たとえば姉妹校を提携するなど交流を継続していく際に、意味のあるものとなるはずである。
- 終わりに
以上、本論ではオーストラリアへの研修に参加した高校生に実施したアンケートをもとに、研修前と研修後の意識、考えがどう変化したか分析を行った。また分析から得られた多くの示唆から、研修の中身を充実させ、成功させるための具体的な事前学習のプログラムを提案した。
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