東大寺(とうだいじ)は、奈良県奈良市雑司町にある華厳宗大本山の仏教寺院である。現別当(住職)は219世・上野道善。「金光明四天王護国之寺」(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)ともいい、奈良時代(8世紀)に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺である。「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏(るしゃなぶつ)を本尊とし、開山(初代別当)は良弁僧正(ろうべんそうじょう)である。
奈良時代には中心堂宇の大仏殿(金堂)のほか、東西2つの七重塔(推定高さ約100メートル)を含む大伽藍が整備されたが、中世以降、2度の兵火で多くの建物を焼失した。現存する大仏は、台座などの一部に当初の部分を残すのみであり、現存する大仏殿は江戸時代、18世紀初頭の再建で、創建当時の堂に比べ、間口が3分の2に縮小されている。「大仏さん」の寺として、古代から現代に至るまで貴賎を問わず広い信仰を集め、日本の文化に多大な影響を与えてきた寺院であり、聖武天皇が当時の日本の60余か国に建立させた国分寺の本山にあたる「総国分寺」と位置づけられた

正倉院(しょうそういん)は、奈良市の東大寺大仏殿の北西に位置する、高床の大規模な校倉造(あぜくらづくり)倉庫で、聖武天皇・光明皇后ゆかりの品をはじめとする、天平時代を中心とした多数の美術工芸品を収蔵していた施設。
 東大寺と正倉院は修学旅行でよく行く場所である。


奈良の歴史

596年 蘇我馬子(そがのうまこ)が飛鳥寺(あすかでら)を建てる
669年 興福寺(こうふくじ)が建てられる
698年 薬師寺が藤原京(ふじわらきょう)(奈良県橿原市)(かしはらし)に建てられる
710年 都が藤原京から平城京(へいじょうきょう)に移される
745年 東大寺(とうだいじ)が全国の国分寺(こくぷんじ)の中心となって奈良に建てられる
749年 東大寺の大仏(だいぷつ)が完成する
752年 東大寺大仏殿で大仏開眼供養(かいげんくよう)が開かれる
759年 鑑真(がんじん)が唐招提寺(とうしょうだいじ)を建てる
784年 桓武天皇(かんむてんのう)により都が平城京から長岡京(ながおかきよう)(京都府向日市)(むこうし)に移される

東大寺大仏

たび重なる破損と修理のくりかえしで,現在の大仏のうち,最初につくられた部分は銅の蓮華座(れんげぎ)など少ししか残っていません。

平城宮跡 (へいじょうきゅうあと)     
平城宮跡は,発掘の終わった建物跡に芝生をはり,通路や広場の跡には砂利を,柱の跡には円筒形(えんとうけい)にかりこんだ樹木を置いて,その場所をしめしています。さらに正門の朱雀門(すざくもん)や塀の一部が復元整備されています。発掘は,あと数十年かかる見こみです。

平城宮跡

「青丹(あおに)よし奈良の都は咲く花のにおうがごとくいま盛(さか)りなり」とうたわれた平城京は,710年から784年′までの問,日本の首都でした。その時代を奈良時代と呼びます。この時代の日本は,律令制度(りつりょうせいど)による中央集権国家のしくみがほぼ完成し,その国力の充実ぶりをあらわすために,唐の長安をモデルにして,この巨大な都をつくりました。その中心である平城宮(へいじょうきゅう)は,都のいちばん北に置かれ,南北約1キロ,東西約1.3キロの敷地を,12の門をもつ築地の塀でかこんでいました。なかには皇居や役所などの多くの建物が,青や丹(に)(朱色)にいろどられて建ちならんでいました。しかし,都が平安京(京都)に移されると,またたくまに町はさびれました。平城宮はいつしか水田や畑となって,その位置すら忘れられてしまいました。 
 明治になって,「大黒の芝」(だいこくのしば)と呼ばれていた土盛りが,平城宮の中心「大極殿」(だいごくでん)の跡であることがわかり ようになりました。発掘のとちゅうで,それまで知られていなかった事実がつぎつぎに明らかになり,発掘の重要性は改めてみとめられました。みなさんの地域では,どんな発掘が行われ,どんな事実が明らかになったでしょうか。


東大寺    
奈良時代中頃の741年,聖武天皇(しょうむてんのう)は,国の乱れを仏教の力ですくおうと,諸国に国分寺と国分尼寺(こくぶんにじ)を建てることを命じました。そして,その4年後,全国の国分寺の中心として平城京の東側に建てられたのが東大寺です。国の総力をあげて建てられた東大寺は,東西2つの塔をもち,その本尊(ほんぞん)はあまりにも有名な「奈良の大仏」(正式には、る遮那仏)(るしゃなぶつ)です。金堂にあたるのが世界最大の木造建築といわれる大仏殿(だいぷつでん),そのほかにも多くの門と建物をもつ巨大な寺でした。その後東大寺は,2度の戦火や地震などで多くの建物を失いましたが、そのたび、幕府や多くの人の助けで再建された。奈良時代から残っているのは 三月堂、転害門(てがいもん)、正倉院など、今の大仏殿と大仏は江戸時代の再建で正面玄関の南大門は鎌倉時代のものです。

東大寺大仏殿

奈良の大仏

正倉院正倉

古都奈良の文化財

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