闇翼の黒き狼 第一節「誕生」
「私は・・・誰だ・・・。」
それは、闇の中に漂っていた。何も見えない、何も感じない闇の中を。
「私は・・・何者だ・・。」
その問いに答える者もいない。
それは、自分が何であるかを思い出そうとした。
しかし、頭に浮かぶのは別の事ばかりであった。
それは、戦うための知識だった。
「博士、固体番号DW21に覚醒反応が。」
若い助手風の男が年老いた白衣の男に報告している。
それを、液体の満たされたポットから見ている者。
それは、漆黒の翼を持つ巨大な黒き狼だった。
ここは『ヨツンヘム』人の手によって魔獣を創ることに成功した国。
今、この国は隣国『アスガート』との戦争の真っ只中であった。
きっかけは、今となっては誰も覚えていない。
ながきに渡る戦争の中、『ヨツンヘム』は魔獣を人工的に創ることに成功し、それを自国の兵士とした。
対する『アスガート』は神々のエネルギーを降臨させ、それを動力源とする
人型魔導兵器『ホーリーバトラス』の開発に成功した。
不毛なるこの戦争が始まって、すでに十数年が過ぎていた。
いつしか、この戦争は人が造りし魔族と神の戦いとなっていた。
研究室の中、翼持つ漆黒の狼は目覚めた。
黒い瞳が見たものは金属で覆われた部屋と白衣を着た人間達であった。
「おお、目覚めたぞ、あたらしき魔獣が。」
年老いた白衣の男がそう言っている。
「だれですか?あなた方は。」
漆黒の狼はそうその男に尋ねた。
その問いを聞いたあたりの人間は驚いたように漆黒の狼を見た。
「しゃべった?」
「おい、うそだろ。」
「かなり高い知識も持っているようですね。」
「当たり前だ、そういうふうに作ったのだからな。」
みな、好き勝手なことを言っている。しかしその中に問いに対する答えは無かった。
「わし達は、お前をつくったんじゃ、DW21。」
年老いた白衣の男がそう漆黒の狼に答えた。
「ながきに渡る戦いを終わらせるためにな。」
そう続けると、年老いた白衣の男は笑った。周りにいる人間もまた笑った。
「つくった・・・私を・・・戦いを終わらせるためだけに・・・。」
そのつぶやきは、誰の耳にも入らなかった。
「新型の魔獣が完成したか。」
ダークグリーンの背広を着た若い男が研究室にやってきた。
「これはラザム様、わざわざ来て頂きありがとうございます。」
「なに、新型の魔獣を見るのが私の趣味ですからね。」
ラザムは「ヨツンヘム」上層部の変わり者であった。
普通上層部のものはわざわざこんなところまで来ない。いや、姿をあらわすことすらしない。
だが彼はよくこの研究所にやってきては人工魔獣を眺めていた。
廊下をラザムと研究所主任が歩いている。
「それで、新しい魔獣はどんなタイプなのかね?」
「AW19を元にしたウルフ型の魔獣です。まあ、百聞は一見にしかず。」
2人は部屋にはいった。
そこは数人の研究員がいる広い部屋だった。
「こちらです。」
巨大な特殊ガラスの向こう側にはこの部屋よりもさらに広い空間があった。
「では、はじめよ。」
ラゼムの言葉に主任はうなずくと研究員の一人に始めるよう言った。
巨大な空間の片方からDW21が出てきた。
もう片方からは青い肌を持つライオンであった。
「相手は現在の最高レベルの魔獣BL18か、大丈夫なのか?」
ラゼムの問いに主任は答えた。
「これで、DW21が倒されれば役に立たないということ、勝てばDW21を量産できるという事ですよ。」
DW21の目の前に青いライオンBL18が現れた。
BL18は目の前にいるモノを破壊するように命令されていた。
そして、戦いが始まった。
BL18の毒牙がDW21を襲った。
しかし、軽くかわしたDW21は自分の周囲に闇の塊を浮かべる。
「闇よ、行け。」
DW21の周囲に浮かんだ闇が数条の鋭い矢となりBL18を貫いた。
「どうですか?」
「すばらしいよ、これだけの力を持ちしかも美しい。」
主任の言葉にラゼムは感心してうなずいた。
「では、量産化の方向でよろしいですね。」
主任の言葉にラゼムは答えた。
「ああ、よろしくたのむよ。上へは私が報告しておくから。」
「主任!」
研究員の一人が叫ぶ。
「なんだね、一体。」
「DW21の、DW21の制御用リングが破損しています!!」
「なに。」
人工魔獣は従来、脳に制御用チップを埋め込んでいた。
だがDW21のように自己判断力を持つ人工魔獣は、柔軟な思考能力を妨げないために
首輪状の制御リングによって反抗した場合、電流を流し、暴走した時は自爆できるようになっていた。
「制御リングが破損したってことは、止める事ができないということか?」
「いえ、DW21は自己判断力を持っています。私達の呼びかけに応じてくれるはずです。」
内心あせりながらも主任は落ち着いた顔でラゼムに答えた。
「おとなしく戻るのだDW21。」
スピーカーを通して主任の声がDW21の耳に届く。
だが、DW21は動こうとしない。
「DW21!!戻れ!」
DW21はそれでも動こうとしない・・。
「DW!?」
DW21の周囲に闇の固まりが浮かぶ。
「なにを!!」
それが、主任の最期の言葉だった。
闇の矢はガラスを砕き、主任の胸を貫いていた。
「・・私を縛るものは・・破壊します。」
DW21はそう言うとゆっくりと割れたガラスのほうに歩いていった。
「死にたくない人はここから立ち去ってください。」
壁が闇の力で砕け、DW21が部屋に入ってきた。
「すばらしい。」
ラゼムの感嘆の声を聞いている研究員はいなかった。
研究員は全て部屋から逃げ出していた。
DW21はラゼムを無視して部屋から出ていった。
DW21は廊下を走っていた。
「浮かべ、闇の盾よ。」
DW21の言葉と同時にいくつかの闇の塊が浮かび上がった。
次の瞬間、天井から数十発の金属の槍が降り注いだ。
「やったか!」
複数の兵士がDW21のいる場所に近づく。
だが、そこには何もなかったかのようにDW21が立っていた。
「くっ、しかたあるまい。始末する。」
兵士達は手に持った剣や槍、銃を向けると襲いかかった。
「襲ってくるのなら、しかたありませんね・・。闇よ漂いて晶となり刃とかせ」
兵士達の目の前に突然闇の塊が生まれ、視界が奪われた。
そして、兵士達は自分が闇の刃に切り裂かれたことも、死んだことも理解する間も与えられず倒れた。
「どうしよう、どうしよう。」
若い研究員が部屋でうろうろしていた。
その部屋に誰かが入ってきた。
「ひぁ、あっ副主任。どうしましょう。」
副主任はその研究員に告げた。
「目には目を、RR21aを使う。」
「ですが、アレはまだできたばかりです。今覚醒させるのは無謀です。」
「無謀でもなんでも、今奴を止める、いや始末するためならかまわん。」
研究員はおびえつつ、副主任の言葉に従った。
巨大なカプセルから真紅の『ソレ』は目覚めた。
DW21は襲ってくる人間や魔獣を蹴散らしつつ廊下を走っていた。
「出口はどこでしょうかね。」
そのとき突然天井が崩れてきた。
「あれは。」
天井から落ちて来たもの、それは全身が真紅の鱗で包まれた全長3mはあるトカゲだった。
その口には何かが加えられていた。
DW21はそれが何であるかを理解すると周囲に闇を浮かべた。
真紅のトカゲが口にくわえていたをモノ噛み砕くと、赤い血が口から流れていった。
ソレが加えていたモノは黒く焼け焦げた人間の頭部であった。
DW21は知らなかったがその頭は副主任のものであった。
先に動いたのは真紅のトカゲのほうであった。
巨体に似合わぬすばやい動きでDW21に襲いかかってきた。
間一髪DW21はその攻撃をかわした。
だが、次の瞬間DW21が見たのは自分に向かって飛んでくるいくつもの炎の塊だった。
「くっ、闇よ。」
とっさに闇の塊を宙に浮かべその炎を防いだが、視界が炎の波によってふさがる。
自分に向かって来る殺気を感じたDW21は右に飛んだ。
刹那、DW21がいた場所に巨大な炎の塊が突っ込んできた。
さらに炎の塊から複数の炎がDW21に向かって放たれる。
DW21は闇の盾で直撃は防いだが、数発体をかすったようだ。
「このままでは、いつかは直撃を受けてしまいますね。」
DW21は自分の周囲に闇の塊をいくつか浮かべた。
「狙うのは・・。」
真紅のトカゲはDW21に向かって炎を放つ。
再びDW21の視界がふさがれた。だがDW21はその場から動かない。
真紅のトカゲもそれに気づいているらしくその場から動かない。
炎の波が消えた瞬間、真紅のトカゲが動いた。
真紅のトカゲが炎に包まれると、その巨大な炎が二つに分かれ別方向からDW21を襲ってきた。
どちらかが真紅のトカゲ、もう一つはただの炎である。
DW21はそれでも動こうとしなかった。動く必要もなかった。
「浮かびし闇よ、晶となり戒めを与えよ。」
突然、床や天井から闇が鎖の様に伸び炎の塊を貫くと黒い結晶体に変わった。
DW21は炎で視界がふさがれた時に天井や床にあらかじめ闇の塊を浮かべておいたのだ。
そこより闇の鎖が伸び炎の塊、いや真紅のトカゲRR21aを捕らえたのだ。
「グ、グガアァ!」
真紅のトカゲは闇晶の戒めを解こうとしている、だがビクともしない。
真紅のトカゲは口を開くと炎をDW21に向かって放った。
「しかたありませんね。」
炎をたやすくかわすとDW21はそれを開放した。
「闇晶よ、解けよ。再び晶となり刃と化せ。」
真紅のトカゲを捕らえていた闇晶の戒めの一部が一瞬、闇に戻ると巨大な刃になりその首を貫いた。
戒めが消え去ると、支える物のなくなった巨体が床に落ちた。
DW21は出口を探していた。
だが、この研究所の通路は複雑につながっていたため、なかなか望むところに出ることができなかった。
彼は他と違う扉を見つけ、その扉をあけ中に入った。
そこには透明なケースに入った様々な生き物が、いや生き物らしきものがあった。
トラの体に大蛇の首を持ったモノ、双頭のライオン、サソリの尻尾を持つコウモリなどなど。
中には口では言い表せないような形態をしたモノもあった。
DW21が振り向くとそこにはラザムが立っていた。
「DW21よ、人に作られしモノよ。おまえは人が憎いのか?」
ラザムの問いにDW21は答えない。
「私は憎い。おかしなことだが、人間である私が人間を恨んでいるのだ。
DW21、お願いがある。この研究所を、そして……。」
「困りますな、裏切り行為は即刻死刑だ!」
ラザムの背後から誰かの声が聞こえ、ラザムは背後からハンドガンで撃たれた。
ラザムが倒れると、兵士は続いてDW21に狙いを定めた。
DW21は疾風のようにその兵士に襲いかかった。
引き金を引く間もなく、血を噴出し兵士は死んだ。
DW21は倒れた兵士に見向きもせず、ラザムのもとに駆け寄った。
「お前の望むままに………。」
その言葉を最後にラザムは力尽きた。
研究所内でDW21を止められる者はもういなかった。
大多数は逃げ出し、残った研究員は暴走した魔獣や崩れた天井などで命を落とした。
DW21を始末しようとした者は全て闇の矢や刃に散った。
この情報はすぐにヨツンヘム上層部に伝わった。
だが上層部の反応は冷たかった。
人工魔獣一体で何ができるというのだ。
それに、研究所はまだ幾つも残っている。
そのため、研究所の危機にヨツンヘムの正規軍は動こうとしなかった。
郊外の研究所が破壊された事は、その日のヨツンヘムで少しだけ話題になったが、
よくある事と次の日には忘れられていた。
彼らにとって大事な事とは自分の命と日々の生活であった。
ヨツンヘムから少し離れた荒地にDW21がいた。
彼はラザムの言葉を思い出していた。
(私が憎いのは人間ではなく。私のようなものを生み出す存在。そして戦いそのもの。)
DW21は苦笑した。戦うために作られた自分が戦いを憎んでいる。矛盾しているようだがそれは事実だ。
(戦いが終われば、私も開放されるのかな・・。)
DW21はヨツンヘムに背を向け、その場から立ち去った・・。