その時までボクたちは、失ったものを取り戻すために旅をしていた。 けれどそれは多分、本当の意味で、どうでも良かったのかもしれない。




―――いま。




初めの目的とは異なる、2度目に失ったものを取り戻そうとしているボクは、そう思う。




手に、入れたかった、ものは。





++ 神の坐す玉座 0 ++





    
それは、酷い豪雨の夜だった。
土砂崩れで客車は脱線し、逃げ惑う群集に辺りは埋め尽くされて、互いに互いの位置も視認できないくらいだった。
時を悪くして、近くの河川は氾濫した。
線路と平行に走っていたために、かさを増した水という名の凶器は容赦なく、ボクたちに襲いかかってきた。
『兄さん!』
伸ばした腕は、あと数センチというところで空を掴み。
『アル!』
伸ばされた腕は、虚しく雨を受けただけだった。




死者20余人。重軽傷者40余人。行方不明者150人超。
近年まれに見る、最大級の列車事故だった。
そして。
150人を超えた行方不明者の中の1人は―――名を『エドワード・エルリック』といった。




+++




鎧のカラダは、夢を見ない。睡眠を必要としないからだ。
眠るという行為はカラダを休めるために行うものではない。それは脳を休めるための行為であり、1日の内だけでも膨大に送り込まれる刺激や情報を整理するためだけに脳を行使する時間である。
だから、眠らないボクの記憶力は日々、多大な苦労を強いられているのだろう。(脳、と言いたいところだが、厳密に言ってボクに脳があると言えるのか判らない)
けれどそれでも、夢を見ないことにこの時ばかりは感謝をした。
きっと見てしまうだろう、毎夜のように。
兄の手を掴みそこなった、あの雨の夜を。




ボクにとって雨の夜とは、すでにあの数年前の過ちの時ではなかった。




肉体のないボクには、気絶も失神もありえない。
しかし濁流に呑まれかけ、泥や砂利を浴びたこの鎧の中には、おびただしい量の異物が入り込み、自由な動きは完全に奪われていた。
だんだんと視界が埋め尽くされていく。
気ばかりが焦って、空っぽの身体はますます重みを増していった。
そしてボクはとうとう、土砂の中へと埋没していったのだ。
完全に封じ込められるまでずっと、兄の名を叫びながら。




+++




気がつくと(この言い方はおかしいのかもしれない。おそらく、衝撃のあまりに呆けていたのが正気に返った、と言ったところか)、ボクはベッドに寝かされていて、周りには見知った軍人の姿が複数あった。
身体からは異物が完全に除去されていて、オイルも注してある。軽く身じろぎしてみたが、行動には何ら差し支えはなかった。
それを確認してからすぐさま、ボクは周りの人々に問いかけた。
『…兄さんは? 兄さんは、何処なんですか?』
『アルフォンスくん…少し、落ち着きなさい』
跳ね起きたボクを、ベッドへと押し戻そうとするホークアイ中尉の姿に、ボクはどうしようもなく嫌な予感を覚えた。
そしてその時、ボクはすでに理解していたのだ。




『落ち着いて、聞きなさい―――鋼のは今現在、行方不明だ』




その予感が、必ず現実となることを……




+++




ボクは旅に出る。




探し物ではなく、探し人を。追い求めて。

to be ...







>>>序章の序章。
これから趣味に走ります(笑)



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