「犬神先生と僕3前編」

 11月某日
 俺はなぜか緋勇と温泉旅行に行くハメになった。
 事の起りは、コイツが俺の(と言っても狼の)写真を「愛犬写真コンテスト」なんぞに応募して、しかもそれが特別償(一泊二日ペア温泉旅行)を当てしまったせいだ。
 キッパリと断わればいいのだが、薄給の俺にとって温泉付きのタダメシは魅力的だったわけで、今こうして緋勇と旅館の受け付けに居る。
 せめてもの救いは行きの列車でコイツがおとなしかった事だ。
 
 「・・犬神杜人様と犬神龍麻様、御家族二名様ですね。お部屋は、卑愚悶の間になります」
 ・・・・ちょっと待て、今何と言った?
 「どうしたの?お父さん♪」
 ・・・・コイツがおとなしい時は何か企んでいる時だと知っていたハズなのにな・・・

 卑愚悶の間
 「いいですねぇ、息子さんと一緒の御旅行なんて」
 お茶を運んできた仲居が愛想笑いを浮べながらそんな事を言った。
 返事をするのも嫌だが立派な息子が変わって答え始めた。
 「ええ、僕がもーすぐ卒業なんで連て来てくれたんです♪」
 「まあ、いいお父さんねぇ」
 「自慢の父です♪ねぇ、お父さん♪」
 「あらあら」
 ほほほほっと仲居が楽しげに笑う。緋勇もにこにこしている。
 ほほえましいが嫌な光景だ。

 数十分後、やっと仲居が出ていった・・・
 「おい、緋勇!アレは何だ!アレは」
 「アヘ?」
 とりあえず食べてからしゃべれ。
 「もごもご・・・ああ、名字の話しですか?いいじゃないですか、別の名字だと説明めんどいですし、ね?」
 ね?じゃない!何でよりにもよってお前と親子なんだ!
 「先生、お茶菓子食べないんですか?」
 のほほんと緋勇が言う。あいかわらず、マイペースな奴だ。
 「うまいのか?」
 「甘いです」
 「お茶はどうだ?」
 「熱いです」
 ・・・コイツとの会話は疲れるな・・

 温泉・屍船の湯
 「やったー!温泉貨し切りー!」
 「うるさい!おとなしく入れ!」
 風呂場に声が響く。入っているのは、俺達とハゲた客が一人、半貨し切り状態だ。
 「はーい、お父さん」
 隣りのハゲ親父がほほえましそうにコッチを見ている。
 やめてくれ。
 「龍麻、背中洗ってやる。こい」
 とりあえずハゲが口を開く前に離れる。
 「ほいほい」
 にーっと笑うな、お前の背中が流したくて誘ったんじゃない。

 「鳥は飛べるカタチ♪空を飛べるカタチ♪」
 「唄うな!しゃべるな!騒ぐな!」
 しかたなく緋勇の背中を流してやる。
 あいかわらず傷だらけだ。
 「いや〜、立派な息子さんですな」
 いつの間にかハゲが洗い場に来ていた。
 だから、何でどいつもこいつもその会話を持とうとするんだ。
 「どうも、こんにちは」
 お前、他人には愛想がいいな。
 「はいはい、こんにちは。お父さんと旅行かい?」
 「お父さんへの誕生日プレゼントなんです♪」
 ・・仲居の時と設定が変わってないか?
 「へー、それは偉いね。良かったですね、お父さん」
 お前にお父さんとは言われたくない!
 「ええ、自慢の息子でね」
 緋勇の頭にシャンプーをぶっかける。そのまま、力いっぱいかきまぜる。
 「うわぁーー、お父さんー目に入ってるーー目にぃぃー」
 うるさい、とにかくコイツにしゃべらせると何を言うか解らん。
 「本当にうらやましいですな」
 うらやましければ、変ってやろうか?

 卑愚悶の間
 「先生、頭がグワングワンしてます」
 「そうか、それは良かったな」
 部屋に戻ると食事の用意がしてあった。
 さすがに豪華な料理だ。
 「脳ミソがマックシェイクな気分です」
 「誰かに吸い出してもらえ」
 「個人的にはマクドよりはモスです。黒ゴマわらびモチはいいですよ、黒いけど」
 ―ところで、何の話だ?
 変な会話が終了した所でメシにする。
 もくもくもく・・
 「うまいか?」
 「はい」
 もくもくもく・・
 「オカズだけ食うな、メシも食え」
 「はい」
 もくもくもく・・
 食べてる時は静かだな。

 食事が終って緋勇が口を開くより早く
 「煙草が切れた、買って来る」
 そう言って部屋を出た。
 メシの後にアイツと会話すると消化に悪い。

 案の上、売店にしんせいは無く、しかたがないチェリーでも買うか。
 「ウチの煙草は澱虫神煙草か八角永眠煙草ですよ」
 店員が勝手にそれを出して来た。不気味だがためしにそれを買う。

 部屋に戻ると食器がさげられて変わりに布団が引いてある。
 「あっ、先生お帰りなっさーい」
 布団でゴロゴロしていた緋勇が手を振る。
 「しんせい有りました?」
 「無い。それよりこっちに来い」
 肘でひょこひょこやって来た緋勇のユカタを直してやる。
 「なんでここまでズルズルになるんだ」
 「才能です」
 いらん才能ばっかりあるな。襟を整えてやる。
 「だいたい、なんで布団で暴れてるんだ」
 「クロールの練習です。来年こそはカナズチを克服したくて」
 「何だ、お前泳げないのか」
 帯をきっちりと縛る。
 「唯一にして最大の弱点です。これさえ無ければパーフェクトマンなんですけど」
 どの編がパーフェクトなんだ・・
 「先生はやっぱり犬かきですか?」
 無視。あとは、裾を直してと、よし上出来だ。
 「ユカタ着崩すなよ」
 「はーい」
 返事だけだないつも。

 「先生・・変な煙草」
 「これしかなかったんだ」
 とりあえず、澱虫神煙草を吸ってみるが、これは煙草というより、ハッカパイプの味だ。
 「八角永眠煙草・・・先生、永眠て事は吸ったら死ぬんじゃないですか?」
 今から吸おうかという時にそういう事を言うか。
 「じゃあ、お前が吸ってみるか?」
 「はははは、御冗談を僕が死んだら世界が滅びますよ」
 そーいやそうだった。まったくなんで世界を救うのがこんな奴なんだ。
 八角永眠煙草はキンモクセイの味がした。

 しばらくソレをプカプカしていたら肩を揺さぶられた。
 「先生、先生。変な煙草吸ってる先生」
 「なんだ?」
 無視すると後がうっとうしいので返事してやる。
 「見て下さいー。僕の傑作♪イメージ画♪」
 静かだと思ったら絵を描いてたのか。
 どれどれ・・ 
 ・・・・・
 「緋勇」
 「はい?」
 「お前、悩みなんてないだろう」
 「・・・・それって、めっちゃ失礼ですね。まあ、確かに悩みませんけどね」
 だろうな。
 「だいたい、皆悩みすぎじゃないですか。この力の事とか、これからの事とか」
 普通はそうだ。
 「悩んでて答えが出るなら悩みますけどね。醍醐とか見てると、ドーモその分だけ無駄のような気がすんです。そう思いません?」
 確かにアイツはよく悩むな。
 「それだったらもー、バーっとやった方がいいじゃないですか♪」
 それも、どうかと思うぞ。
 「後、もう少し言うと。たとえ僕が失敗したって仲間が居るし、先生だって居るでしょう?岩山先生とかマリア先生とか龍山さんとか道心さんとか絵理ちゃんとか、ああ杏子も居るし。何とかなりますよ」
 ・・・・・
 「大丈夫ですよ。お父さんも通った道ですし。たかだか百何年生きた赤毛になんて負けませんて♪」
 「お前はとんでもない大バカ者かとんでもない大物だな」
 にーっと笑う緋勇の頭をなでてやる。
 「個人的には大バカがいいです」
 その方がつかれないから、小声でそう付け足した。
 
 明日は紅葉見物だ、と言って緋勇はさっさと寝てしまった。
 「くくく、犬先生。お手」
 笑いながら寝るな気色の悪い。しかも何の夢を見てやがる。

 ハッカ味の方の煙草をプカプカしながらさっき緋勇の描いたメモ張を眺める。
 
―ラーメンドンブリの中に龍が居て地球を塩で食べるかしょう油で食べるか悩んでいる―

 お前にとっては黄龍の器も世界の運命もこの程度なんだな。

 まったく、宿星も変な奴を選んだもんだ。

 「それは先生も一緒。くくくく」
 ・・・お前、起きてないか?

 はい、どうも。作品中に出てきた変な名前は最初が卑喰悶(ピグモン)の間、次が屍船(しせん)の湯、で澱虫神(でんちゅうしん)煙草と八角永眠(はっかくえいみん)煙草、意味はまったく無いのでサラっと流して行って下さい。

 二日目に続く

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