「犬神先生と僕3後編」
仲居に教えてもらったという場所は確かに穴場だった。
「だーれも居ませんねー」
「いいから木から降りろ」
「ウィッス」
緋勇が紅葉の枝から降りてくる。よくあんな細い枝に乗れるな。
「まあ、それはそれとしてお弁当にしましょう♪」
「さっき朝メシを食べたばかりだろう」
宿で朝メシを食ってすぐ出てきたのだが、ここまで何もないとさてどうやって時間を潰すか・・
「おー♪カラアゲ。」
「何を騒いでるんだ・・・っとその弁当はどうした?」
緋勇の手にはバカでかい弁当(2段)が持たれていた。
「仲居さんが作ってくれましたよ、朝」
『お父さんとピクニック?いいわねぇ、ウチなんてさ・・・』
長い話になりそうだったので、緋勇をそこに置いて俺は売店をブラついてたのだが、いつの間にそこまで話がついたんだ。
「あと、この辺の地図も貰いました」
ハイッと渡してくる。
[卵螺子谷MAP]
・・・・・何て名前の所だ・・・そういえば・・
「緋勇、俺達の泊った旅館はなんて名だ?」
「多々良島旅館です」
「・・・・・・・」
「僕らが今いるのはココですね。犬頭人坂」
・・・・けんとうじんざか?
「先生にピッタリですね」
「まともな名前の場所は無いのか」
今俺達が弁当を食っているのは、虫猿八足広場という場所だ。
「はい?変ですか?確かに虫猿は居ませんね」
いてたまるかそんな物。
「まーお弁当がおいしいので僕は幸せです♪」
いいな、お前は。
「紅葉キレーですね」
「あ?ああ、そうだな」
緋勇が唐突にそんな事を言った。
てっきり弁当に集中しているものだと思っていたので驚いた。
「キレイな物を見たりすると、あー見せたかったなーって思いません?」
見せたかった?
「・・・・・死んでからも見えるんですかね?」
ああ、そういう事か。
「・・・・どうだろうな」
「どーでしょうねー」
二人で紅葉をボーっと眺める。
お互い思っているのは別の女の事だ。
「あーあ。もう帰りかー」
「くさるな」
渋る緋勇を引きずるようにして山を降りる。
「hh、ナンか思い出が欲しいーっと思い出発見!GO!」
「こらっ、どこへ行く」
緋勇が突撃して行ったのは
T旅の思い出に楽焼はいかがですか ダキニ堂U
「先生、はやくー」
わかったわかった。
「ケヒョケヒョいらっしゃいませ。店長のせんこと言いますケヒョ」
耳ざわりな笑い声だ。
「変な笑い声」
お前も言うな。
「ケヒョケヒョおもしろい息子さんですね・・・お二人で二千円ですケヒョ」
ちゃっかりしてるな。
「絵つけー絵つけー♪マグカップの絵つけー♪」
「マグカップなのか?」
「ペアカップ〜」
・・・・まて
「ケヒョ息子さんとペアですかケヒョケヒョだったらお互いの顔でも描いたらどうですかケヒョヒョヒョ」
よけいな事を言うな。本気にするぞコイツは。
「そっかーそれもいいなー」
だから本気にするな。
「龍麻、紅葉でも描いとけ」
「いえいえ、お父さんご遠慮なさらずに。」
そう言うとこっちに背を向けてせっせと描き初める。
まあ、何でも適当にこなす奴だ。そこそこの物はできるだろう。
問題は俺だ。
「さて、どーするかな」
ポケットの煙草に手を伸ばすと何かが当った。引っぱりだすと昨日緋勇が描いた落書のメモ張だ。
・・・・・・・・
「おい、龍麻黄色の塗料を貨せ」
「お父さんは何描くんですか?」
秘密だ。
「ケヒョケヒョこれはお見事ヒョヒョヒョ」
―どうも馬鹿にされてる気がするな。
「いつできますか?」
「これは特種なので干しに5日焼きに3日ですケヒョ。ここに住所と名前書いて行って下さいケヒョン」
とりあえず真神の住所にしておく。アパートは留守が多いしな。
「はい、それではゆるゆるお待ち下さいケヒョ」
「せんこ、せんこ、せんこ・・」
帰り道、緋勇がうるさい。
「何を言ってるんだ?」
「ダキニ堂は茶吉尼(お稲荷様の一種)ですよね。じゃあ、せんこは何かなって」
「・・・・仙狐じゃないのか」
「ああ、そうか。やっぱり」
?
「いえね、さっきに店で僕五千円出しましたよね」
そういえば、コイツが払っていたな。
「で、今サイフ開けたら・・ホラ」
サイフの中に紅葉が3枚。
「もらった時は三千円だったんですけどねー」
「バカされたな」
どうりで嫌な感じがすると思った。
「マグカップはどうなるんですかねー」
「さあな」
「宿も消えてたりして」
それは困るな。
結局、宿は消えてなかった。
緋勇はまたもアノおしゃべりな仲居に捕まって色々と貰っていた。
帰りの列車の中。
「緋勇、仲居に今度は何を貰ったんだ?」
「烈怒筋喰饅頭と魔暗羊かんです♪」
だから何でそんなのばかりなんだ。
十日後
職員室の俺の机の上にチョコンとマグカップが乗っていた。
御丁寧にコップの中に三千円入っていた。
「あら、カワイイマグカップですね」
マリアか・・
「フフフ、白衣を着た犬に・・・・黄色のミミズかしら?」
黄龍のつもりなんだが・・・そんなにヘタか俺の絵は・・
「フフフ、犬神先生」
「まだ何か?」
「呼んでおいてあげましょうか?緋勇君」
「・・・・・・」
「上手ですよ。その龍」
「・・・・・・」
「それに狼も、フフフ」
そのままマリアは出て行った。
まったく嫌な人物に知られたな。
やれやれと目線を戻すと緋勇の描いた狼と目が合った。
ヨレヨレの白衣を着たタメ息をついている狼。
まったく今の俺にソックリだ。
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