Winding Road

不審な影

08冷めた瞳

ヒワダタウンと言えばガンテツさんだ。
彼はフレンドリィショップには売ってない、特別なモンスターボールを作る職人だ。ぼんぐりを渡せばモンスターボールを作ってくれるらしい。
私はぼんぐりケースを覗き込んだ。中には黒、白、黄色……と色とりどりのぼんぐりが入っている。
ケースをかばんに仕舞うとガンテツさんの家を目指した。

ガンテツさんは熱い男性だった。
ボールを作ってくれと頼みに行った私に、ロケット団がヤドンの尻尾を売りさばいていることを説明すると私を置いて家を飛び出してしまったのだ。
ロケット団を懲らしめてやる、と言っていたが果たして大丈夫なのだろうか。彼の孫である小さな女の子も心配そうな顔をしている。そしてちらりと私を見る。
私も心配だけれど、ロケット団に立ち向かうのは、正直厳しい。
どうしたらいいのだろうか、悩んでいるとリオルのルキが再び走り出した。
ルキが向かったのは恐らくヤドンの井戸。主人の言うことを聞かずにどこかへ行くのは止めてくれ。
私はルキを追い掛けてヤドンの井戸へ向かった。

「いない……」
井戸の前にいたロケット団の男も、ガンテツさんも、さらにルキまでいない。
私は恐る恐る井戸を覗き込む。暗くてよく見えない。
『ルキが心配だ。、下りるぞ』
デルビルのバルトがうるさく吠える。
「わ、分かってるよ」
梯子に足を掛け、恐る恐る下りて行った。

どうして私がロケット団をやっつける羽目になったのか。
『やっつけるの!』
ガンテツさんからロケット団を懲らしめるよう頼まれたルキはやる気満々だった。そしてまたもや勝手に走り出した。
「ああ、もう」
追い掛けるしかなかった。
井戸の奥へと進むとロケット団が何人もいた。見つかるとバトルになることは簡単に予想できた。見つからないようにと進むが、ルキはそういうことを全く考えていないらしい。
そして案の定、見つかってしまった。
ルキだけでは勝てないだろう。ええい、仕方がない。
「バトルよ!」

何度かのバトルが終わった後、他のロケット団とは違う男の存在に気が付いた。彼の周りではロケット団がヤドンの尻尾を掴んでいる。尻尾を切られたヤドンはそのことに気づいていないのだろうか、平然としている。
男は私を見ると口を開いた。
「何ですか?」
その声は、ヤドンの尻尾を切ることが当然だと言わんばかりだ。あまりにも堂々とした口調に、私は返す言葉を見つけられなかった。ルキは私の足にぴったりくっついて唸っている。勇敢なポケモンではあるが 、やはりまだ小さなルキは怖がっていた。
男―他のロケット団がランス様、と呼んでいる男なのだろう―は続ける。
「どうやら私達の邪魔をしに来たようですね」
冷たい視線が私を捕らえる。ぞっとした。これは……この瞳は、彼に似ている。シルバーは今どうしてるのだろう。
「……私達の仕事の邪魔などさせはしませんよ!」
言わんやランスはモンスターボールを投げた。出てきたのはズバット。ルキでは相性が悪い。ルキ自身も分かっているらしく、大人しくしている。
私が使うのはピカチュウのアリス。
「ズバットを捕まえて」
アリスはズバットを睨むとニヤリと笑った。
ぴょんと飛び上がるとズバットにしがみつく。ズバットはアリスの重みでバランスを崩す。
ランスはじっとその様子を見ていた。いや、見定めているのだ。ズバットがこの状況から勝利できるかを。
そして彼は無理だと判断したのだろう。ズバットの何の指示も出さず、ただ事の成り行きを眺めている。
「どこの街にも私達に逆らう奴はいるのですねぇ」
それはアリスの電気ショックが決まり、ズバットが戦闘不能になった時の彼の言葉だった。
ズバットにはまるで関心がない。自分のポケモンだと言うのに。
ランスは次にドガースを繰り出した。
『たたかう!』
ルキが返事も待たずにドガースと対峙した。
「ルキ、ブレイズキック」
宙に浮かんでいるポケモンにルキの技を当てることはなかなか難しい。それでもチャンスはあるはずだ。なるべく地面に近付いた時が狙い目だ。
しかしランスも私の狙いに気付いていた。ドガースを地面に近づけないように指示を出す。さらに、
「ドガース、えんまく」
こちらの視界を悪くして攻撃させないのだ。
ルキはえんまくで相手を見失いキョロキョロと辺りを見回す。しかし見つけられない。
「ルキ……交代よ」
ヤミカラスのラスカでえんまくを吹き飛ばすしかない。
ところがルキは首を振り、戻ろうとしない。ああ、この子の勇敢は実に面倒だ。
ルキはその場に立ち止まり、目を閉じる。音で居場所を探ろうとしているのだろう。
しばらくしてルキがかっと目を開いた。えんまくの中から飛び出したドガースがルキに飛び掛かる。だがそれよりも早く、ルキのブレイズキックが決まった。
急所に当たった。
ドガースはぶるりと体を震わせ地に落ちた。
次のポケモンは何がくる、ランスをじっと睨んでいたが次は出てこなかった。
ランスは苛々した顔でドガースを仕舞う。しかし私を見つめる彼の瞳はどこか余裕を保っていた。
「子供ごときにむきになる私も愚かですね」
それは彼のプライドを保つ言葉、私に負けたことを帳消しに出来る言葉だった。
「……確かに我らロケット団は3年前に解散しました。しかしこうして地下にもぐり活動を続けていたのです。あなたごときが邪魔をしても私達の活動は止められやしないのですよ!」
私は何も言わなかった。
そもそも、私は見て見ぬ振りのはずだった。それがガンテツさんやらルキが私を巻き込んでいったのだ。
「ここで私に勝てたからと言ってロケット団には何の支障もないのです」
ランスは私を睨む。私は気圧されて目を逸らす。
「ここは引き上げましょう」
にやりとランスが笑う。ぞっとした。何か悪い事が起きてしまいそうな、不安にさせる笑みだった。
「……これから何が起きるか怯えながら待っていなさい」
通り過ぎざまに、ランスが耳元で囁いた。
振り返ると、既にランス達の姿はなかった。耳に彼の言葉が残っている。
『どこかいたいの……?』
ルキが心配そうに私を見上げる。安心させるために返した言葉は、僅かに震えていた。
 

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