「あなたは……!」
ジムリーダーの肩にはポッポが停まっていた。
キキョウジムは鳥ポケモンを専門に扱っている。ラスカもここで鍛えてもらおっか、冗談混じりに言ってみれば、無口なヤミカラスは嫌そうな顔をして勝手に先へと飛んで行ってしまった。
ふて腐れたラスカを追ってジムを進むと通行止めの柵と、その手前には木製のリフトがあった。
どこに行くのかな、と上を見上げると随分上の方に足場が見えた。
「これは、高い…」
高い場所が苦手でなくとも、怖じけづくことはある。
あそこまで昇らないとリーダーに戦えない。でも高い。
『行かないの?』
ラスカの問いに、返事する声が上ずる。
「行くわよ!」
落ちてしまわないだろうか、リフトが故障してしまわないだろうか、その他諸々、考え出すときりがない。ならば覚悟を決めて乗るしかない。
ああ、だけど。
『の、る、ぞー』
いつの間にかボールから飛び出していたワニノコのダインが私に向けてみずでっぽうを繰り出した。
「わ、ちょっと…」
次の瞬間、水に押されてリフトに乗っていた。
気づいた時にはリフトは動いており、リフトに乗り遅れたダインがみるみる小さくなっていく。可哀相に、置いてけぼりだ。
がこん、と音を立ててリフトは止まった。
やはり高い。
私の肩に停まっていたラスカも下を覗き込みため息を吐いた。こんなに高い場所だとダインをボールに戻すことも無理のようだ。
仕方がない、一度下りるしかない。
ところが降り方が分からない。
一度リフトから降りて再び乗る。沈黙。
「う、動かない……」
まさかの故障なのか。うんともすんとも動かないリフトと、下から聞こえてくるダインの大声。うるさいうるさい、こっちも下りようと頑張ってるのよ。
リフトの前でうろうろしていると、後ろから足音が響いた。
そしてはたと気づく。
私、ジムリーダーの近くまで来てるんだ、と。
「オレに挑戦しに来たんじゃないのか?」
あれこの声、マダツボミの塔の前で聞いたよね?
「あなたは……!」
この人がキキョウジムのリーダー、ハヤトさんだったのか。ジムに何か関係ある人なのかと思ったけれど、まさかジムリーダー本人だったとは。
「あの、下にワニノコ……」
ハヤトさんはしかし、私の言葉なんて聞かずにポッポをバトルフィールドに差し向けた。どうやらダインはバトルに参加どころか見学すらできないらしい。
ちら、と下に視線を投げると小さな青の塊が走り回っていた。遊んでいるようにも見える。ま、いいか。それよりも今は目の前のハヤトさんとのバトルだ。
私が今使えるポケモンは3匹。ヤミカラス、デルビルにピカチュウ。相性を考えるとピカチュウのアリスを使うことが一番適切だ。でも相手はジムリーダー、相性だけじゃ勝てないかもしれない。
だからまずは、
「ラスカ、頼んだわ!」
鳥ポケモンにはやっぱり鳥ポケモンだ。ラスカは素早く飛び立つとポッポの様子を静かに眺めた。ハヤトはにいっと笑うとポッポに指示を出した。
「ポッポ、体当たりだ」
それと同時に私も指示を出す。
「かわしてから、つつく!」
ラスカは真っ直ぐに飛んでくるポッポを何とか避けた。どうやらポッポの素早い動きに避けるのが精一杯のようだった。とてもじゃないが反撃は難しい。それでも、いつかチャンスはあるはずだ、と焦らず虎視眈々と狙っているとハヤトの指示が変わった。
「砂かけだ」
ポッポとラスカは地面すれすれの、超低空飛行だった。小さな鳥は地面と平行の体を垂直にすると地面を蹴り上げた。それは別名、目潰しだ。
堪らずラスカが砂をはらう。
その瞬間を見逃すジムリーダーではない。
「ラスカ!」
避けるように指示を出す隙さえなかった。
私がラスカの名前を呼ぶと同時に、ポッポの体当たりをまともに喰らった小さな体が吹っ飛んだ。
「ラスカっ!」
急所に当たったその攻撃は、ラスカを戦闘不能にしていた。
ラスカをボールに戻すと―ごめんねと詫びることしかできない―次にデルビルのバルトを選んだ。
素早いポッポにどう戦うか、慎重にかつ迅速に指示を出さなければならない。
その時、バルトの好きだった遊びを思い出した。
いけるかもしれない。
「バルト、ポッポをキャッチして!」
バルトはフリスビーが好きだった。ポッポをフリスビーと思えば、捕まえられるはずだ。
空中から攻撃を繰り出すポッポを避けながら、バルトはチャンスを伺う。
そして、
「やった!」
まるでお手本のように、彼は見事にポッポをキャッチした。
「そのままひのこで決めちゃえ」
ポッポはバルトから逃げようと体をよじるがバルトの牙から逃げることは叶わない。
バルトの口から炎が吐き出される。焼き鳥、と思わず漏れた言葉をハヤトさんが聞いてないことを切に願う。
「やった、ポッポを倒せたわ」
喜んだからなのか何なのか、ハヤトさんはそんな私に冷たく
「まだバトルは終わらないぞ」
と次なるポケモンを出した。
ポッポよりも大きくて、ポッポよりも好戦的な鳥ポケモン、ピジョンだ。
流石にピジョン程の大きさになるとキャッチは無理だろう。そうするとひのこで攻めるしかない。飛んでいるポケモンにひのこが当たるとは思えなかったがそれしか攻撃がなかった。
バルトは懸命に炎の吐き出す。ところが、やはりその火が届くことはなかった。それどころか、ピジョンの起こす風で炎は悲しくも消えてしまう。
「手も足も出ない、と言ったところか」
悔しいがハヤトさんの言う通りだった。それでもチャンスを待っていた。
『おれがたたかう!』
思わぬ声にぎょっとした。
どうやってここまで来たのか、ダインがいるではないか。
ダインはバルトのボールをバルトに投げ付けるとバルトフィールドに出て行く。
『……任せてみよう』
バルトは私の隣に座り、じっとダインを見つめていた。私も何も言えずに黙ってダインの行動を見ていた。
ダインは大きく息を吸い込むと、地面に向けて水を吐き出した。
私も、ハヤトさんもその様子にくぎづけだ。
水の勢いでダインの体が浮かび上がる。ダインの意図がようやく分かった時にはその体はピジョンに向けて大きく口を開いていた。
「……かみついた」
あの大きな口に噛み付かれたらそう簡単には外れない。ピジョンはバランスを崩し地に倒れ込む。
ダインは噛み付いたまま、両手を使ってピジョンを引っ掻いた。じわりじわりと体力を削る。
そして、
「……………勝った」
無茶苦茶な戦い方ではあったけれど、ダインはピジョンに勝ったのだった。
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