『なんで揺れてんだ?』
私はワニノコのダインには答えず、揺れる柱を見つめている。
ダインは無視されたことに腹を立てて腕に噛み付いてきた。流石に痛いから、ダインを腕にぶら下げたまま、塔の外へ出た。そして近くの茂みに隠れるように入り込んだ。
ダインはまだ腕に噛み付いたまま。その目はこちらを睨んでいる。
「他の人がいるところではお喋りできないの」
ひそひそ話のように小さな声で、私はダインに説明を始めた。私はポケモンと話すことが出来る。
とは言ってもポケモンの言葉が分かる、という訳ではない。
ある機械のお陰で言葉が分かるのだ。
要するに、翻訳機械を持っているということだ。
この機械は何年か前、ウツギ博士を訪ねて来たある人物に偶然もらったものだった。
彼の名前はマサキ、ポケモン預かりシステムを作った、凄い人。
マサキは研究所に遊びに来ていた私に目をつけ、こっそりと機械を渡した。この機械はまだ試作品やから秘密にしてな、訛りがかった彼の言葉は今でも覚えている。
「試しにあんさんの持ってるデルビルの言葉でも聞いてみいや。
きっとおもろいで」
私はマサキが苦手だった、何故だか分からないけれど。
一方デルビルのバルトはマサキを気に入っているようだった。嬉しそうに尻尾を振っていたのを淋しく感じたんだ。
「だから、人がいる時は――」
「そこで何をしているんだ」
決して悪いことをしていた訳ではない。けれどまるで悪戯がばれた子供の様に背筋がぞっとした。
振り返ると、肩にポッポが停まっている男の人が怪しげな視線を投げかけていた。
「あ、えっと、」
そしてはっとした。ダインが私の腕に噛み付いたままだ。ぶんぶんと腕を振ってダインを離すとごまかすように笑ってみせた。
男の人は睨むように私を見ていたが、やがてその顔にうっすらと笑みを浮かべた。
「新人トレーナー、かな」
ダインに噛み付かれた私を見て、ポケモンの躾にてこずっていると思ったのだろう。まあ、事実ではあるが。
彼の肩のポッポがダインを見て小さく鳴いた―トレーナーの指示に従いなさい、と諭すような声だった。
「キキョウジムには挑戦しないのかい?」
「それは、」
本当はすぐにでも挑戦するつもりだった。ところがジムに入ってすぐの所にいたおじさんに止められたのだ。マダツボミの塔すら登れないなら到底無理だ、と。そしてここ、マダツボミの塔へ来たのだ。
それを伝えると男の人は
「まぁ、それは事実だろうね」
と頷いた。この人、ジムリーダーのこと、知ってるみたい。
「じゃあ頑張ってね」
男の人はふっと笑って街の中心部へと歩いて行った。
改めてマダツボミの塔へ入る。
塔の中心に立つ柱を眺めていると、同じようにピカチュウのアリスがじっと揺れる柱を見つめていた。色んなものに興味津々のダインはボールに仕舞っている。きっと外に出しているとまたどこかへ行ってしまうに違いないから。
「よし、登ろうか」
『うん、登る!』
てっぺんに行くまでにお坊さんと戦った。
何となくバトルのコツが掴めてきた気がする。タイプの相性を考えて、ポケモンの性格を考えて技を決める。これがなかなか楽しく思えてきた。ジムリーダーと戦うまでにもっとコツを掴めればいいな。
もうすぐ長老に会える、アリスとドキドキしながら進んでいると、赤が目に映った。
「あ、……」
あの赤髪は、シルバーだ。
彼は長老と戦い、どうやら勝ったらしい。ただその不機嫌な顔は、勝利を喜んではいない。
「お前か」
あの冷たい視線と目が合った。シルバーのチコリータがアリスを睨む。
直感が、バトルが始まると告げていた。
私は既に戦闘体勢に入ったアリスに指示を告げる。
「アリス、ボルテッカー!」
体中に電気を帯びたアリスがチコリータ目掛けて走り出す。アリスは速い。タイプの相性は良いとは言えないけど攻撃が当たればかなりのダメージを与えられるはずだ。
チコリータが避ける隙を与えずにアリスは突っ走る。
当たる、口角が上がる。
ところが、攻撃は当たらなかった。
シルバーは顔色一つ変えることなくチコリータをボールに戻した。標的を失ったアリスは足を踏ん張って何とか止まろうとする。けれど努力虚しく壁に激突してしまった。
「お前もどうせポケモンに優しくとか甘えたことを言うんだろう。
そんな弱い奴とオレは戦うつもりない」
「優しくするのは甘えたことじゃ―」
ないわ、小さな反論が言い終わらない内にシルバーは穴抜けのヒモを使って去ってしまった。
あまりにも唐突に消えたものだから、シルバーのいた空間を、まるでそこを見ていれば彼が戻ってくると言わんばかりに、凝視していた。そんなことをしても無意味だとため息を吐くとようやく彼が私を避けたという事実を受け入れることが出来た。
『……?』
アリスが心配そうに私を見上げている。
「……、大丈夫。
さあ、長老に挑戦しましょ」
赤髪が頭から離れない。
それでも、残像を振り払い奥に構える長老に鋭い視線を向けた。
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