「あんた、それどうしたの」
「ランスさんから、貰いました」

パーラはテーブルにちょこんと置かれたそれを見つめ、吹き出した。

 

 

ここへ来て10日目のことだった。
用意された本を全て読破し暇を持て余していた昼下がり、彼は突然やって来た。
部屋に入るなり、自身と同じ名を持つ私のヨーギラスを睨んで震え上がらせ、散らかった本の中にいる私に視線を移し、私の読んでいる本を取り上げた。

「ああ、これを読んでるのですね」

本を閉じ、それはテーブルに置かれた。
大切な家族を殺害された姉妹の苦悩、それに深まるばかりの謎。容疑者は増えるばかりで、あと30ページ足らずで終わってしまうにも関わらず終わりがまったく予想出来ないでいる。
突拍子もなくて現実味がまるでない話だったが、平々凡々なこの生活には調度良い刺激を与えてくれた。

「なかなか面白い話だったと記憶しています」
「そう、ですね」
「悪役が出ないのは珍しい」
「……え、」
「まさか―」
「ちょ、ちょっと待ってください!」

ランスが私を不思議そうに見る。一方私は彼を睨み付ける。だって、彼は今この小説の一番の楽しみを私から取り上げようとしていたのだから。

「犯人言っちゃだめですよ」
「おや、失礼しました。」

ちっとも悪びれた様子がなく、まるで私の方が悪いと言わんばかりの顔にムッとする。大人のくせに。

「それより、あれを早く戻しなさい」

あれ、とは本に噛み付いている私のヨーギラスだ。
ヨーギラスのランスはロケット団のランスを見上げ、歯を剥き出した。
敵意を見せられ、ランスは腰のボールに手をかける。
このままランスが彼を挑発したら倒されてしまう、私は素早くボールに戻した。

「少々遊んであげようと思っただけですよ」

肩をすくめる彼の瞳は本気にしか見えなかった。

 

「…………、それ」

ふと、ランスが手に何か持っているのに気が付いた。ピンク色のそれは、どこか見覚えがある。そうだ、フレンドリィショップの棚の上にそれ、ピッピ人形はかわいらしく陳列されていた。ポケモンに投げ付けるなんて勿体ない、と大好きクラブのある友人が買い占めていたぐらい、ピッピ人形の出来は良いものだった。私も実は1つ買って家に飾っている。

「殺風景だと荒んでしまうと思いまして」
「はぁ……」

テーブルにちょこんと座ったピッピ人形は私の方を向いている。まさかランスがこれを買ったのだろうか。だとしたらフレンドリィショップの店員さんは驚いたに違いない。こんな冷たい目をした男が買っていったのだから。

「気に入りませんでしたか」

少し、ほんの少しだけ残念そうに見えた彼の顔が私に不思議な感覚をよこした。

「そっ、そんなことないです」

ランスの手より先にピッピ人形を掴んだ。
ふわふわしたその感触は、やっぱり戦闘用品にしては勿体ない。
愛らしいその姿は冷たい瞳の男の心も温めるのだろうか。いつもより優しげな瞳に見える。

「喜んで貰えて良かったですよ」
「あっ……」
「何か?」
「い、いえ」

ランスはその顔にうっすらと笑みを浮かべ、踵を返してドアノブに手を掛けた。
そして、

「まさか全て偶然の一致だなんて、思いもしませんでした」

私の唯一の楽しみ、小説の結末をさらりと言って部屋を出て行った。

 

 

「これをランス様がねぇ」
「はい」
「怪しいなぁ」

パーラはピッピ人形を手に取り、じろじろと眺めた。
けれど直ぐさまテーブルの上に戻す。

「何かあるんじゃない?」
「何かって?」
「うーん、中に何か入ってるとか?」

もう一度それを掴み調べていたパーラがピッピ人形を睨む。けれど何の変哲もないピッピ人形は愛らしい瞳を向けるだけだ。
彼女は大袈裟にため息をつき、興味津々でピッピ人形を見ているヨーギラスのランスにそれを投げた。
その瞬間、ランスがピッピ人形に噛み付いて、真っ二つに引き裂いた。

「……あちゃー」
「どうしよう…」
「ランス様に言ったら新しいの貰えるんじゃない?」
「でも……」

その時、私はどうして彼女の提案に頷けないのか、理由を見つけられなかった。

 

とあの

 

パーラの視線がやけに鋭く感じた。

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