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名探偵・香坂関也の事件簿
 「京都混浴露天風呂推理ツアー・それは女子高生からの電話で始まった・・・・京都・奈良・神戸を舞台に綴られる親子の絆」


 第1話

 電話が鳴っている。
 私は香坂関也(こうさか・せきや)。名もない名探偵だ。
 今日も今日とて、この日当たりのない香坂探偵事務所の窓際で100%オレンジジュースをたしなんでいる。
 日差しが、眩しい・・・・。
 今、この部屋にいるのは私1人だ。というのも助手の杏子君が昨日、辞めてしまった。原因は言わなかったが、給料が安いという捨てセリフを放って出ていった。
 そうか、ということは鳴っている電話を取ることのできる人物は私しかいないということだ。
 今日はなかなか推理が冴えている。私は受話器を取った。
「はい、こちら香坂ラーメン」
「・・・・」
 電話の向こうで戸惑っているのが分かる。大抵の人は、ここで「ごめんなさい、間違えました」と言って切るのだ。人間の心理が分かって、なかなかに面白い。私はさらに追い打ちをかけた。
「出前の注文ですか?」
「その声・・・・関也お兄ちゃん・・・・?」
 私の期待を見事に裏切ってくれた声の主は、私のことを「お兄ちゃん」と呼んだ。だが私の母親に私より年下の娘はいないはずだ。私に黙って育てていたのなら話は別だが。
「わたし、さくらよ」
 母の隠し子の名前など、知るはずがない。知らないから、隠し子なのだ。
「覚えてないの・・・・?隣に住んでた、佐倉さくらよ」
 思い出した。この無茶苦茶インパクトのある名前を忘れるはずがない。私の実家の向かいの家のお隣さんの前の家に住んでいた女の子だ。私が家を出て1人暮らしを始めて以来会っていないので、声を聞いてすぐには思い浮かばなかったが、片時も忘れたことなどなかった。。
 確か5年後には23歳になるはずだ。
「勿論、声を聞いてすぐ分かったさ」
 事実、さくら君の声は名前に負けず劣らずインパクトがある、コケティッシュな声だ。
「関也お兄ちゃん、探偵でしょ?お願い、お母さんが大変なの!」
 事件か。私はまずさくら君を落ち着かせようと思った。
「大丈夫、私にかかればどんな簡単な事件もたちどころに解決だ。それに、私は探偵じゃない。名探偵だよ」

 私は自慢の愛車で佐倉家に向かった。
 さくら君の話しによると、母親である佐倉文子に何かが起こったらしい。
 まずは朝。さくら君が起きてから学校に行くまで、母親は一言も言葉を発しなかったという。そして今、学校から帰って来ると母親は出かけるところだったのだが「何処へ行くの?」と聞くと、紙に「買い物」と書いて出ていったということだ。
 さくら君が言うには、つまり母親の文子さんは喋れなくなってしまったのだという。  何かのショックでそうなってしまったのだろうか。その原因を突き止めるべく、私は佐倉家へ車を急がせた。


 第2話

 懐かしい。この辺りは私が高校を卒業するまで住んでいた所だ。おお、あの駄菓子屋はまだ健在か。あの店のおばちゃんは少しボケていたので、よく釣り銭を誤魔化したものだ。今思い出せば、ほほえましい思い出だ。そうだ、懐かしさついでに何か買って行こう。
 私は駐車禁止の標識の前に車を止め、駄菓子屋に足を踏み入れた。

 駄菓子屋も変わったものだ。最近はトレカまで扱っているらしい。
 しかし、10枚で1パックとは。今の世の中、そんなに電話をかける機会が多いのか。
 私は右手にカレーせん、左手によっちゃんイカを持って、それらを頬張りながら安全運転に徹した。残念ながら、オレンジガムは全て外れだった。
 お、あの潰れかけの文房具屋、まだ倒れてなかったのか。どれ・・・・。

 佐倉家に着いたのは、14時を2時間ほど回っていた。角を曲がるとき、ポリバケツを倒してしまったような気がしたが、今は事件のことで頭が一杯で、そんなことに気を取られているわけにはいかない。
 さすがに子供を轢いたら車を止めることもやぶさかではないが。
「遅いぃ〜!何してたのよ、お兄ちゃん!」
 顔全体に笑顔を浮かべて、さくら君は私を快く出迎えてくれた。わざわざセーラー服を着て迎えてくれるとは、なかなかに気が利いている。いつの間に私の好みを調べ上げたのだろう?この娘、案外あなどれない。いずれ私のライバルになるかもしれない。今の内に手を打っておいた方がよさそうだ。
「まだお母さん、帰って来ないの」
「分かった。まずはお茶でもどうかな」
「・・・・それ、普通は私のセリフじゃない?」

「・・・・ふむ、これがお母さんが出ていくときに書き残したメモだね」
 私は広告にマジックで書かれた「買い物」という文字を見つめた。
「しかし、広告のカラーページに書くとは。読みづらくていけない」
「お兄ちゃん、それ、裏に書いた字が映ってるんだけど」
 なるほど。字が左右対称なので裏だとは気が付かなかった。
「・・・・危険だな。お母さんは帰って来ないかもしれない」
「えっ!?どうして、そんなことが分かるの!?」
 あからさまに心配そうな顔をするさくら君。ふむ、嘘のつけないタイプらしい。その点はまだまだ素人の域を脱していないようだ。私のライバルを名乗るには10年早い。まだ消す必要はないか。
「まぁ待て。それより、君の部屋に案内してくれたまえ」
「え、わたしの?・・・・でも、散らかってるし・・・・」
「2階だね」
 私は勝手知ったる隣の家、という感じで階段を登っていった。
「あ、ちょっとぉ〜、お兄ちゃ〜ん!」
 私は階段を登りつつ、自分の犯した過ちに気づいた。やはりさくら君に案内して貰えば良かったのだ。さくら君は女子校で、制服のスカートがけっこう短かった。


 第3話

 私は「SAKURA’S ROOM」と書かれた部屋のドアを開けた。
 でも、さくら君は1人のはずなのに、どうして複数形なのだろう。
「ほんっっとに、散らかってるから・・・・」
「証拠を残さない為に掃除をしたということはなさそうだ」
「え?」
 私はあたかも自分の部屋のように、ベッドに腰をかけた。
「ち、ちょっと、勝手に・・・・それに、何なの、証拠って?まさかわたしを疑ってるの?」
「形式的なものだよ。第1発見者をまず疑え、だな」
「発見者って・・・・」
 さくら君はまだ納得がいかないような顔をしている。反抗期なのかも知れない。
 私はぐるりと部屋を見渡してみた。なるほど、名前にちなんでいるのか、壁やカーペットはグリーン色で統一されている。
「で、お兄ちゃん、何でわたしの部屋に来たの?」
「見たかったからさ」
「・・・・・・・・あのさ、」
「さて、お母さんを探しに行くぞ」
 私がスックと立ち上がると、さくら君は少々驚いた声で聞いてきた。
「え、お母さんを?もうすぐ帰ってくるんじゃ・・・・」
「君はお母さんが本当に買い物に行ったと思ってるのかい?」
「ほんとにって・・・・」
「急ごう。間に合えばいいが」
 私は現役女子高生の部屋を、甘美な香りに後ろ髪を引かれる思いで後にした。

 私はさくら君を車に乗せ、愛車を走らせた。
「どこに行くの?」
「君のお母さんの実家は?」
「えっと、奈良よ。まさか、今から奈良に!?どうして?」
「企業秘密だ」
 私は時計を見た。既に午前11時を6時間ほど過ぎてしまっている。急がないと、手遅れになってしまう。間に合ってくれればいいが・・・・。

「ねぇお兄ちゃん、覚えてる?」
 さくら君が昔話を始めてから1時間が経った。なかなか話題は尽きないようである。無理もない、さくら君と私は8年近く会ってなかったのだ。
「わたしにプロポーズしてくれたよね」
 私は飲んでもいないコーヒーを吹き出しそうになった。私はそんな大作戦なことをさくら君にした覚えは無かった。
「わたしが小学校2年くらいかな・・・・名前をネタにいじめられてた時、あったじゃない?ほら、さ〜く〜ら〜、さ〜く〜ら〜って」
 唱歌「さくら」の事である。私も授業でこの歌を歌っている時は、さくら君の顔を思い浮かべて声に出して心の中で笑ったものだ。心の中で笑っているのになぜか先生に注意されていた。あの先生、今思えばエスパーだったのかも知れない。
「泣きながら帰って来たわたしに言ったこと、覚えてる?」
 私は何を言ったのだろう?帰って来たのだから、「おかえり」あたりが無難なところか。しかしそれでは芸がなさすぎる。関西人としては少し恥ずかしい。
「あ〜、覚えてないなぁ〜。俺と結婚しよう、そうしたら香坂さくらになって、もういじめられなくなるぞ、って。今考えたら、おっかしいよね。この歳になったら、もう名前でいじめられることなんてないもん。・・・・あれ、お兄ちゃんて、その時確か高校生だったよね。ひょっとしてロリコンだったの?」
「馬鹿を言うな。そんなはずがあるか」
 だった、というのは過去形ではないか。そんなことはないぞ、今でもだ。
「そうだよね、あれはわたしを慰めるため。本気じゃなかったんだよね」
 何ということだ。さくら君の昔話のおかげで、すっかり真面目なムードになってしまったではないか。
 しかし、いくらインパクトがあったとはいえ、そんな昔のことを覚えているとは・・・・さくら君、ひょっとして・・・・。
 記憶力がいいんだな。


 第4話

 ほどなく我々を乗せた車は京都府内に入った。
 午後7時半、私は嵐山のとある温泉旅館の駐車場に愛車を止めた。
「何とか間に合ったか」
 何とか懸念していた、チェックインの時間には間に合ったようだ。
 私はさくら君を促し、旅館に入った。パタパタとスリッパの音をたてて、旅館の女将が姿を現した。
「いらっしゃ・・・・あら!さくらちゃん?」
「あっ、百恵さん!?」
 女将とさくら君は見つめ合った。そう、ここはかつてさくら君の家の近くに住んでいた百恵さんという人が女将をやっている旅館なのだ。
 私は佐倉文子さんの身に起こった事件のことを百恵さんに話した。
「・・・・そう、そんなことが・・・・。で、私にどんなご用で?」
「部屋を借りたいのですが」
「はっ?」
 そう、私は知り合いなら宿泊費をまけてくれると踏んだのだ。

「どういうつもりよ、お兄ちゃん。お母さんを捜すって言ってなかった?それにわたし、部屋が一緒なんていやだからね。・・・・これでも年頃の女性なのよ」
 どうも乙女心というのは複雑なものだ。嬉し恥ずかしいという気持ちがカラ回りして、つい憎まれ口をきいてしまうらしい。
「・・・・ひょっとして、百恵さんがお母さんのことと何か関係があるの?でもお母さんが喋れなくなったのは今朝のことよ。百恵さんが関係してるなんて考えられないよ」
「アリバイくずしは私の仕事さ。列車のトリックならまかせておきたまえ。西村先生の小説は私の愛読書だ」
 さくら君は首をひねった。得心したようである。
「ところでわたし、制服のまんまじゃ変だよぉ。お風呂に入って、浴衣に着替えるから。確か1階にお風呂があったよね」
 浴衣をかかえて出ていこうとしたさくら君を私は呼び止めた。
「待ちたまえ、ここの風呂はいけない。いいか、この旅館の裏に露天風呂がある。そこに行くんだ」
「・・・・どうして?ま、いいか、一度露天風呂って入ってみたかったんだ」
 さて、私も風呂に行くか。捜査の疲れを吹き飛ばすには風呂が一番だ。

 露天風呂に入る女性は、少なからず「見られたい」という欲望があるらしい。
 かつての私の友人が言っていた。彼は常識のあるとても真面目な人間で、犯罪などとは縁のない奴だった。確か彼は覗きの現行犯で捕まった経歴がある。彼はとても信頼に足る人物で、私と彼は強い友情で結ばれていた。
 そうそう、通報したのは確か私だったな。警察に連れて行かれる時、「お前も覗いてたじゃねえか」などと往生際の悪いことを言っていたが、戯言を聞いているほど私は暇ではなかった。
 私はタオルを腰に巻き、露天風呂の湯船に入った。湯に浸かると、疲れが取れていくようだ。
「きゃっ!?お、お兄ちゃん!?」
「やあ、さくら君。湯加減はどうかな」
「な、な、なんで!?ひょっとしてここ、混浴だったりするわけ!?」
 そう叫びつつ、さくら君は岩影に隠れてしまった。
「ちょっとぉ〜お兄ちゃん、これが目的でわたしにこの露天風呂を薦めたの?」
「温泉が舞台の推理ものなら、露天風呂でなおかつ混浴と決まっているのさ。古谷氏もそう言っている」
 これで視聴率はかなり稼げた。あとは銃撃戦とカーチェイスがあれば完璧だ。


 第5話

 私は1つの岩を挟んだ所で恥じらっているさくら君に声をかけた。
「ところでさくら君、昨日の夜だが、お母さんに何か変わった様子はなかったかい?」
「・・・・そういえば、何で今までその事をわたしに聞かなかったの?」
「そういうものにはタイミングがある」
「どう考えても、今のこの状況がいいタイミングには思えないんですけど」
「真実を包み隠さず話すには、この姿が一番だ。さぁさくら君、身も心も包み隠さずに・・・・」
「いやぁぁ、想像しないでぇぇぇっ!」
 結局、さくら君からは有力な情報は得られなかった。ただ、お母さんとは喧嘩をしなかったか、という問いには少し言葉を濁したような気がした。あれでは喧嘩をしましたと白状しているようなものだ。あと一息でおちるだろう。
 私に「先に風呂からあがれ」と言ったのも、あやしい言動だ。

 風呂から帰った私は、ロビーで百恵さんにバッタリと会った。
「あら、香坂さん。どこか出掛けてらしたの?」
「百恵さん、昨日の夜はどこに?」
 私はぶしつけにアリバイを聞いた。
「いつもの通り、ここに。それが何か?」
 おかしい。ここは普通、「アリバイですか」とか「まさか私を疑ってらっしゃるの?」というセリフが返ってくるべきなのだが。
「それを証明できる人は?」
「ここの従業員なら、全員が・・・・」
 なるほど。だが、従業員なら示し合わせていれば証言は統一できる。百恵さんのアリバイは確たるものではないということだ。それに、会わなくとも文子さんを驚愕させ、失語状態にしてしまうことは可能だ。電話である。

 部屋に戻ると、さくら君はちゃっかりと自分用の部屋をもう1つ取っていた。
 ますますあやしい。私に聞かれてまずいことでもあるのだろうか。
 突っ込まれることを恐れているのかもしれない。・・・・色々な意味で。
「あ、スケベのお兄ちゃん。帰ってたんだ」
 さくら君が来た。親愛に満ちた口調だ。
「夕飯はここで一緒に食べようよ。百恵さんが運んできてくれるって」
 ほどなく百恵さんが食事の用意を持って来てくれた。海の幸、山の幸が盛りだくさんの料理だった。さすがは奈良県である。
「お茶をお入れしますね」
「あ、お茶なら私が・・・・あっ!」
 がちゃあん、という優雅な音を立ててポットが倒れた。しかも百恵さんめがけて、だ。 「あつつつつっ!」
 百恵さんは慌てて飛び退き、膝あたりにかかった湯をエプロンで拭った。赤いポットだったので、まさに赤い衝撃である。
 その反応の素早いこと。おしとやかな百恵さんからは想像できない。今のシーンをプレイバックして見たいところだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ、さくらちゃん。ちょっとお湯がかかっただけだから」
 ふむ。
 私の目は誤魔化せない。さくら君、なかなか胸があるじゃないか。ではなく、度胸があるじゃないか。
 今キミはそのポットの湯で百恵さんを無きものにしようとしたね。百恵さんに何かを知られているか、弱みを握られたか・・・・はたまた、仲間割れか。
 その後は普通に食事が進行した。

 食事が終わった後、百恵さん殺害に失敗したさくら君は自分の部屋に帰ってしまった。私は捜査の疲れもあり、1人淋しく寝ることにした。
 明日もハードな1日になりそうである。


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