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撮影:麥生田兵吾

個展「エトランゼのまなざし、不確かなおもざし」
 
 

会期:2025年1月18日-2月9日

 
 
Gallery PARC、京都
 
1969年(昭和44)2月5日に福島県郡山のホテルで、たくさんの人命が失われた火災事故が起こりました。「名画を集めた東北随一のデラックスホテル」と銘打っていたホテルには、多くの絵画が飾られていましたが、それらも燃えてしまいました。その中に日本画家・小倉遊亀《裸婦》(1954年(昭和29))、土田麦僊《三人の舞妓》(1919年(大正8))が含まれていました。
 
 
2021年に滋賀県立美術館で開催された「ボイスオーバー 回って遊ぶ声」で、私は火災で焼失した小倉遊亀《裸婦》を再現模写するプロジェクトを作品にして展示しました。私はこの「消失」に向き合いながら、頭(文献)で理解することと、手を動かして描きながら理解していくことのズレの広がりに気づきはじめました。
 
 
昨年まで京都では役所の長が着物姿で公務を行っていたり、舞妓と一緒に公のイベントを行ったりしているニュースをよく目にしました。今でも、着物姿の観光客に交じって、本物の舞妓や芸妓が四条大橋を渡っている姿をみると、どこか場所が違っているような、時間軸のズレたような、物珍しさを感じることがあります。芥川龍之介は1916(大正5)年に発表した小説《野呂松人形》でこの奇妙な感覚を「étranger の感」と表現しています。
 
 
今回は土田麦僊《三人の舞妓》の再現模写をいたします。写真をみると、画面左にはシャボン液の入ったお猪口を持って首を傾けた立姿の舞妓、中央には座って茶碗を捧げ持つ赤い着物の舞妓、右には扇子を持って座り、うつろ気に前をみつめる舞妓が描かれています。2025年は、この絵が描かれてから106年、失ってから56年が経過しました。時代のズレは大きくなったり小さくなったり、また重なったりしています。再現模写を通して、失われた人・ものを理解するために情報を集め、あらたに形におこしていく過程ととまどいの記録と痕跡のありさまを展示いたします。
(展覧会の挨拶文より引用)
 
 
 
本展を開催するにあたり、多くの皆様にご協力を賜りました。ここに厚く御礼を申し上げます。
 
財団法人天一美術文化財団、京都市「Art Aid KYOTO」補助事業
京都国立近代美術館 京都市立芸術大学芸術資料館 佐渡市立佐渡博物館 新潟県立美術館 新潟市美術館 知足美術館 大和文華館
ここに記せないたくさんの個人の方々
 
 
再現模写は完成を目指して現在制作中です。完成しましたら、お知らせいたします。
 
 
 
〈展示リスト〉・・・◎ 伝【真作】土田麦僊直筆素描「舞妓」以外、全て中尾美園筆・著・作
 
  小倉遊亀《裸婦》再現模写 雛型
 
  小倉遊亀「続画室のなかから」模写
 
  土田麦僊想定彩色面
 
  土田麦僊肖像白黒写真スケッチ
 
  《松浦屏風》模写
 
  《松浦屏風》鑑賞と模写のメモ
 
  土田麦僊「《髪を結ぶ夫人の図》解説」模写
 
  小説「土田麦僊《三人の舞妓》再現模写」
 
  土田麦僊《三人の舞妓(大正8年)》再現模写のための大下絵
 
  土田麦僊《三人の舞妓(大正5年)素描模写》
 
  土田麦僊《三人の舞妓(大正5年)》写生
 
  田中日佐夫「美術品移動史」模写
 
  ピエール=オーギュスト・ルノワール《すわるジョルジョット・シャルパンティエ嬢》スケッチ
 
  土田麦僊《三人の舞妓(大正8年)》素描模写
 
  舞妓を写生する土田麦僊の白黒写真スケッチ
 
  土田麦僊 筆跡模写
 
  土田麦僊《三人の舞妓》再現模写
 
◎ 伝【真作】土田麦僊直筆素描「舞妓」
 
  AQUOS携帯[SHARP SHG03]
 
  (私)回想録―2月5日について
 
  土田麦僊未彩色面
 
    @肌色想定に使用した絵具皿
 
    Aワークショップ記録映像「土田麦僊のお面づくり」
 
 
 
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