黄銅をつくってみよう
 
■ねらい
 銅と亜鉛の合金は、黄銅または真鍮(しんちゅう)と言われ、黄金色をしている。銅板を用いて、まず銀白色の亜鉛めっきをほどこし、加熱によって表面を黄金色の黄銅に変化させる。
 このときの色の変化から、金属は混ぜることによって元のそれぞれの金属とまったく異なった性質の合金になることを理解する。
 また、「銅を銀に変え、さらに金に変える」という錬金術のような、不思議な化学マジックとしても利用できる簡単な実験で、興味・関心をおおいに抱かせる。
■準備と留意点
器具:ビーカー(200 ml)、平底蒸発皿(90 mmφ,90 ml)、三脚、三角架または金網、ガスバーナー、ピンセットまたは割り箸、サンドペーパー(200番程度)またはクレンザー、ゴム手袋、防護めがね
・丸底蒸発皿(90 mmφ,120 ml)でもよいが、そのときは三角架では滑りやすく、水溶液をこぼすと危険なので金網を使用するとよい。
薬品:20%水酸化ナトリウム水溶液(約15 ml)、亜鉛(粉末または顆粒状 約5 g)、銅板(2〜3 cm角)
水酸化ナトリウム水溶液は、約6 mol/lでもよい。6 mol/l水溶液は、水酸化ナトリウムの結晶24 gを純水に溶かし100mlにすればよい。
・水酸化ナトリウムの結晶は、潮解性があり空気中に放置していると水蒸気を吸収して表面から溶け出す。天秤で秤量するときは、手早くする必要がある。薬品ビンのふたもすぐ閉めておく。
・水酸化ナトリウム水溶液の試薬ビンは。ゴム栓をしておく。ガラス栓だとその表面が溶けてビンと栓がくっついてしまい、開かなくなることがある。劇物である。
亜鉛は、粉末または顆粒状のものを購入するのがよい。
 粉末だと1分以内でめっきができる。しかも十分な厚さのめっきができるので、黄銅にしたときたいへん美しいものができる。ただし、粉末が溶液全体に広がるし、水素の気体の発生が、粉末のところどころからしか見られないので、観察結果から反応の仕組みを考察するのには不向きである。
 粒状(約厚3 mm×直径7 mm)だとどの粒からも水素の発生は見られるが、めっきするのに5分以上かかる。また、めっきが薄くしかできない。
 顆粒状(約長さ3 mm×直径 1mm)だと3〜4分でめっきでき、しかも水素の気体の発生もどの粒子からも見られ観察しやすい。
 華状(約厚5 mm×直径20 mm)は、一粒の体積が大きくやりにくい。
粉末亜鉛では、ビンの開栓後、時間の経過とともに表面が酸化亜鉛ZnOになってしまいやすい。また、表面積が大きく、水酸化ナトリウム水溶液に浸すとすぐにテトラヒドロキソ亜鉛(U)酸ナトリウムNa[Zn(OH)]という錯塩の濃度が濃くなる。
 このとき表面が酸化している古い粉末亜鉛を使うと下記の反応が起こるため水素の発生が、初めから少ない。
  ZnO + 2NaOH + HO → Na[Zn(OH)]
 新しい亜鉛粉末を使ってもすぐに錯イオンの濃度が上昇するため、亜鉛のイオン化の逆反応の反応速度が上昇する。そのため、水素の発生速度が低く抑えられ水素の気泡の発生が少しだけしか見られなくなってしまうのだと思われる。
 
■操作と留意点
@銅板をサンドペーパーやクレンザーで磨き、さびや汚れを落とし、水道水でよく洗い流す。このとき表面に油のついた手で触り指紋を付けたりしないように気をつけると、黄銅にしたとき美しくできあがる。
・さびを落とすのに、銅板を1〜2 mol/l希塩酸につけてさびを溶かして取り除いてもよい。
A蒸発皿に亜鉛約5 gを入れる。そこに20%水酸化ナトリウム水溶液を蒸発皿の高さの約1/3になるように約15 ml入れる。
B溶液が沸騰するまでバーナーで加熱する。沸騰しだしたら、弱火にする。
・沸騰すると水酸化ナトリウムが周囲に飛び散るのでのぞき込まないように注意する。反応の様子を観察する時は、安全めがねをすること。
・手などにも水酸化ナトリウムのしぶきがかかるのでゴム手袋をはめてするか、実験後すみやかに手を水道の流水で十分洗うこと。
C銅板をピンセットか割り箸ではさんで持ち、加熱を続けている溶液に浸す。
・このときまずはさんだ銅板が亜鉛に接触しないように溶液に浸して、変化を観察する。その後、銅板を亜鉛に接するように沈めて、変化を観察するとよい。
・接触したままにしておくと、粉末を使用したときは、1分以内に、顆粒状を使用したときは、3〜4分たつと、銅板が銀白色になってくる。
・もし亜鉛に触れていない上の面のめっきが、うまくできていないときは、裏返してさらに2〜3分加熱を続けるとよい。
D亜鉛めっきされた銅板をピンセットか割り箸ではさんで取り出し、水道水で満たしたビーカーに入れ、そこにさらに流水をそそぎ込み、十分に洗う。そして、引き上げ水分を取り乾かす。
E亜鉛めっきされた銅板をピンセットか割り箸ではさみ、やや小さめにしたバーナーの炎の中に入れゆっくり加熱する。
・銅板全面が炎に入らなくても、銅はたいへん熱伝導がよいので、一部が加熱されれば銅板全体の温度が上昇してうまくできあがる。
F加熱をすると銀白色からまず赤銅色になる。さらに加熱を数秒続けると、すっと金色になる。金色になったらすぐに炎から出すこと。
・銅板の色が、銀白色からやや赤っぽく変色しだした時に炎からだし、空気中でしばらく放冷してもよい。数秒間で銅板の表面がみるみる黄金色になってくる。
・加熱するとき、あまり強く加熱しすぎると表面が酸化されてしまい、赤銅色や黒色になってしまう。おだやかに加熱し変色し始めたら炎から遠ざけ、ゆっくり放熱するときれいに表面が黄金色になる。
 
■注意!
・水酸化ナトリウムなど塩基はタンパク質を溶かす。もし目に入ると角膜を溶かし失明の危険があるので、防護めがねをするべきである。もし目に入ったらすぐにその場で多量の水道水で目を洗浄し、医師に診断してもらうこと。
・めがねをかけている人も上や横の隙間からしぶきが入ることがあるので、めがねの上から防護めがねをすること。
 
■後始末
・皮膚に水酸化ナトリウム水溶液がつくと、皮膚の表面のタンパク質が溶けてぬるぬるする。手や腕を水道水でよく洗い流すこと。
・粉末亜鉛など金属粉末は、発火の危険性がある。 特に酸や塩基で表面の酸化物が取り除かれていると反応性が大きいので、湿気を含んだものを紙など可燃物と一緒にごみ箱に捨てないようにする。
  粉末は空気と混ざると爆発性を持つし、大量の粉末をしめった状態で空気にさらすと自然発火することがある。回収した粉末は、うすく広げて、風で飛散しないようにしながら乾燥後、廃棄する。
・顆粒状亜鉛は、よく水道水で洗浄したあと広げて自然乾燥すれば、再使用ができる。
・溶液は、重金属イオンである亜鉛イオンを含んでいるので回収し、適切な廃液処理をする。
 
[簡易廃液処理法]
@塩酸などの酸を少しずつ加えて、万能pH試験紙で液性を確かめることを繰り返し、ほぼ中性にする。
Aそうすると水酸化亜鉛(U)の白色沈殿が多量に生成する。
Bこれをブフナーロートで吸引ろ過する。
Cろ液は、大量の水道水でうすめながら下水へ捨てる。
D沈殿は乾燥し、ビンなどに入れ保管する。
 
■実験結果とまとめ
・蒸発皿に入れた亜鉛に水酸化ナトリウム水溶液を注いだだけでは、変化は見られない。
・顆粒状の亜鉛では、熱すると、それぞれの亜鉛の粒の表面から無色の小さな気体の泡が盛んに発生する。
・粉末亜鉛を使用した場合は、加熱すると、ところどころから微少な気泡がほんの少しずつ発生する。
・磨いた銅板を沸騰し始めた水酸化ナトリウム水溶液に浸しただけでは、変化はない。しかし、銅板が亜鉛に接触すると銅板上からも無色の気体がさかんに発生する。
・顆粒状亜鉛を使用したときは、3〜4分くらいで銅板が、銀白色になってくる。
・粉末を使用したときは、1分以内で銀白色になる。
・亜鉛めっきされた銅板を水洗後、乾燥し、ガスバーナーの弱火で少し加熱するとまず表面が赤銅色になってくる。そのあとすぐに金色になる。
・表面が赤銅色になりはじめたときに炎の外に出したときは、空気中で放冷しているとみるみる黄金色になってくる。
・表面を指でこすってもはがれないきれいな黄銅めっきされた銅板になる。
 
■考察の例
・亜鉛は、両性金属なので、酸に溶けて水素を発生するが、強塩基にも溶けて水素を発生する。加熱した水酸化ナトリウムと反応すると亜鉛は溶けて、テトラヒドロキソ亜鉛(U)酸ナトリウムNa[Zn(OH)]の無色の水溶液になり水素の気体を発生する。
 
  この反応の化学反応式は、
   Zn + 2NaOH + 2HO → Na[Zn(OH)] + H
  この反応をイオン反応式で表すと
   Zn 4OH → [Zn(OH)]2− + 2e
                      ↓
                2HO + 2e → 2OH + H
・加熱した水酸化ナトリウム水溶液中で未反応の金属亜鉛に銅板が接すると局部電池を構成し、イオン化傾向の大きい方の亜鉛が溶けてイオンになる。前記の反応と同様にアルカリ水溶液中では、テトラヒドロキソ亜鉛(U)酸イオン[Zn(OH)]2−になる。
 そのとき放出された電子の一部が、水分子を還元し水素を発生すると同時に、一部の電子が接触している銅板へ移動する。銅板へ移動してきた電子の一部が、その表面で、水分子を還元し気体の水素が発生する。
 つまり、亜鉛が局部電池の陽極となり酸化反応が起こり、銅板が陰極となりその表面で還元反応が起こったことになる。
   亜鉛:Zn+4OH → [Zn(OH)]2−+2e
                      ↓
   銅板:           2HO + 2e → 2OH + H
 
 このとき銅板表面上で、水素の発生と同時にテトラヒドロキソ亜鉛(U)酸イオンが、銅板へ移動してきた電子の一部と反応し、還元され金属亜鉛に戻り銅板が亜鉛めっきされる。
   亜鉛:Zn+4OH → [Zn(OH)]2−+2e
                      ↓
   銅板:        [Zn(OH)]2− + 2e → Zn + 4OH
 
 [酸を使用したときの反応]
・塩酸や希硫酸など酸の水溶液中で、亜鉛と銅が接したときも局部電池を構成する。亜鉛がイオンになり放出された電子の一部が、銅板に移動し、その表面で水溶液中に多量にある陽イオンである水素イオンを還元し、水素の気体を発生する。このとき亜鉛表面からも同時に水素が発生する。
 亜鉛:Zn → Zn2+ + 2e
            ↓
 銅板:    2H + 2e− → H
 
        亜鉛だけを浸したとき→
 
      亜鉛に銅を接触させたとき
           ↓
  上図の反応は加熱しなくてもよい。室温で適度に反応する。
 
  この実験では、強塩基である水酸化ナトリウム水溶液を使っているので、水溶液中に水素イオンはごくわずかしかない。加熱すれば、水分子の還元で水素が発生はするが、この反応は起こりにくく、亜鉛の錯イオンの還元が同時に起こり、亜鉛が析出してくる。
 酸の溶液中では、反応しやすい水素イオンが多量にあるため水素が発生するために電子が使われてしまい亜鉛は析出しない。
 
・合金になるためには、混ぜた金属が融解し液体になる必要がある。亜鉛の融点は419.5 ℃、銅の融点は1083 ℃である。ガスバーナーでいくら強く加熱しても銅板は融けない。しかし、亜鉛めっきされた銅板は少し炎であぶるだけで合金になる。このように銅が融解しなくても合金になるのは、少し加熱しただけで、表面の亜鉛が融解し、その液体の亜鉛に固体の銅板の表面の一部が溶けこんで合金になるからである。
・黄銅は、銅に18〜45%の亜鉛を混ぜた合金である。英語は、brass。純銅より鋳造しやすく、美しく、強度も大きいので家具などや吹奏楽(brass band)の楽器などに使われている。
・銅が赤い色をしているのは、他の銀色の金属のように可視光線の全域を反射せず、橙色より波長の短い色を吸収してしまうからである。
 
■発展実験1 [銅と亜鉛を融解して合金(黄銅)をつくる]
@亜鉛約12 gをるつぼに入れ、マッフルを使用しガスバーナーで強熱し融解する。
Aそこに銅の小片や銅線を約18 g入れて溶かし込む。
 
■発展実験2  酸性水溶液を使って黄銅をつくる
・濃厚なアルカリ溶液ではなく、希塩酸や希硫酸を使用するので、目に入ったときに失明などの危険性が少なく、比較的安全な方法である。
 
  [塩酸酸性溶液で黄銅をつくる その1] 危険のない方法!
@蒸発皿に顆粒状亜鉛約5 gを入れる。
Aそこへ約3 mol/l塩酸を約10 ml注ぐ。
B水素の発生がおだやかになるまで、1時間ほど放置する。
C溶液が沸騰するまで加熱する。
D沸騰し始めたら、炎を小さくし、磨いた銅板を浸す。
E2〜3分で亜鉛メッキできる。
F乾燥し、ガスバーナーで加熱し、黄銅にする。
・この方法で亜鉛メッキができるのは、十分な時間がたち、水溶液中の亜鉛イオンの濃度が大きくなることで亜鉛のイオン化の逆反応の反応速度が大きくなり、Hの発生速度が小さく抑えられたところへ銅を入れることで、亜鉛のイオン化によって生じた電子が、Hの発生だけではなくZnの還元をも起こすようになったためと思われる。
 
  [塩酸酸性溶液で黄銅をつくる その2] 危険のない方法!
・溶液を作る時間(上記のB)を短縮した方法
@蒸発皿に顆粒状亜鉛約5gを入れる。
Aそこに、3 mol/l塩酸を1〜2 mlと塩化亜鉛飽和水溶液20 mlを加える。
B上記のCDEFと同じ操作をする。
・3 mol/l硫酸2 mlと硫酸亜鉛飽和水溶液20 mlとの混合水溶液を使ってもできる。硫酸を使用したときは、顆粒状亜鉛だと反応速度が遅く10分以上しても亜鉛めっきができにくい。粉末亜鉛を使用すれば2〜3分で美しいめっきができる。ただし、粉末亜鉛の取り扱いに注意が必要である。
・この方法では、廃液としてていへん濃厚な亜鉛イオンの水溶液が出る。あとの廃液処理のことを考えるとややめんどうであるが、生徒実験として50分以内でできる。
 
  [硫酸酸性溶液で黄銅をつくる] 危険のない方法!
@蒸発皿に粉末亜鉛約5gを入れる。
Aそこへ約3 mol/l硫酸を約10 ml注ぐ。
B水素の発生がおだやかになるまで、1時間ほど放置する。
C溶液が沸騰するまで加熱する。
D沸騰し始めたら、炎を小さくし、磨いた銅板を浸す。
E4〜5分で亜鉛メッキできる。
F乾燥し、ガスバーナーで加熱し、黄銅にする。
・この方法も、粉末亜鉛の取り扱いに注意が必要。
 
■参考文献
(1)日本化学会訳編,「実験による化学への招待」, 丸善(1987),pp.148〜149,”66 銅が金になる! 錬金術師の夢”,アメリカから訳本で初めて紹介された。原理の解説に問題がある。
(2)尾形健明,「化学と教育」,39巻1号,日本化学会(1991),pp.90〜91,”金属銅は亜鉛イオンを還元するか”,反応の原理について詳しく考察されている。
(3)神谷伸行,「化学と教育」,42巻10号,日本化学会(1994),p.712,”お答えします”,この実験についての読者の質問に答えて原理を説明してある。
(4)伊福龍哉,「'96青少年のための科学の祭典 (全国大会)実験解説集」,日本科学技術振興財団(1996),p.69,”銅が金になる! 錬金術師の夢”,塩化亜鉛の酸性水溶液による方法が紹介されている。
(5)左巻健男編,「楽しくわかる化学実験辞典」,東京書籍(1996),pp.264〜265,平林輝一,”金・銀・銅”
(6)長倉三郎・武田一美監修,「新訂図解実験観察大辞典 化学」,東京書籍(1992),p.388,武田一美,”227 合金”,るつぼとマッフルで亜鉛と銅を融解し黄銅を作る方法が載っている。
 
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