この度の熊本地震で被災された皆さまに心からお見舞い申し上げます。被災された皆さまが、一日も早く平穏な日常に戻られますことを念じています。
死はいつか来るものではなく いつでも来るもの
2018年に亡くなられた俳優・樹木希林さんが、生前にあるインタビューで語られた言葉です。インタビュー当時、全身をがんに侵されていた樹木さんが、自らの命の状況と向き合われながら語られた言葉にハッとさせられました。
私たちは普段、自らの死を遠ざけて生きています。死はいつでも来るものではなくて、ずっと先にいつか来るものとして、距離をあけて眺めているように思うのです。
本願寺第八代・蓮如上人の「白骨の御文章」に、「朝には紅顔ありて 夕べには白骨となれる身なり」と記されている通り、私たちはいつ何時、どうなるか知れない存在です。生きるつもりはしていますが、生きる保証などされていないのが、私たちの命の事実です。事故という縁、病気という縁、災害という縁。その一つの縁が私に触れ合った瞬間、私の意思に関係なく、命を終えていくかもしれないのが私の命の事実に他なりません。
樹木さんはおっしゃいます。
「死をどう思いますか」なんて聞かれたって、死んだことないからわからないのよ。
本当にその通りだと思います。「老少不定」の命を生きている私たちだからこそ、いま命ある時に聞くべきもの、遇うべきものがあります。それが自らの「いのち」の行方の問題である後生の一大事だと、「白骨の御文章」は伝えています。
この世で一番確かなことは この世に確かなものは 何ひとつもないということ
あるお寺の掲示板で出会った言葉です。私たちの生きている世界に、何があっても絶対に変わらないもの、壊れない確かなものがあるでしょうか。私自身を含め、私が確認しているものは全て、移り変わっていくものであって、変わらない確かなものなど何ひとつとしてなさそうです。
仏教ではこの理を「諸行無常」と説いてきました。あらゆるものは常に変化していてとどまることなく、生じたものは必ず滅していくという真理を伝えてきたのです。
私たちはこのような理のなかに生きているのにも関わらず、私のなかに変わらないものを求め続け、壊れないものを探し続けているのではないでしょうか。昔から言い続けられてきた不老不死のような話は、その最たるものかもしれません。しかし、私の身も心も変わっていくものであって、そこに変わらない確かなものなどは存在しません。
だからこそ、決して変わることのない真実と出遇うことが大切だと仏教は伝えてきました。変わることのない真実、それが仏さまのはたらきに他なりません。変わりゆく私、確かなものなど何ひとつ持ち得ない不安を抱えた私だからこそ、変わることのない仏さまの確かなはたらきが、いま「南無(まかせよ)阿弥陀仏(われに)」となって届けられています。
(赤井 智顕)
人をかえる言葉 私がかわる言葉 本福寺こども園園長/三上明祥
今月の『育心』は、子どもたちが自ら考え、選び、行動することを大切にした、三上明祥先生の園の発表会のエピソードから学ばせていただきました。
さまざまな活動の中で、「何をして遊びたいか」「どのようにしたいか」試行錯誤し、協力し合ったり、時にはぶつかり合ったりしながら、子どもたちが自分たちで遊びを展開していくことができたら、とても素晴らしいことだと、私の園でも保育者が学び合う毎日です。
しかし、やはりただ見守っているだけでは、その「心情・意欲・態度」はなかなか育まれず、保育の難しさを感じます。
お話の中の担任の先生は、活動の中で葛藤している男の子に、「慰め」や「励まし」ではなく、「その子の見ている世界を変えた」言葉をかけられました。
保育者は、必要な時に助言や援助を行い、子どもが自分で解決できるように見守ることが必要であると学んだことがあります。
この担任の先生の「あなたがいるから、この物語は面白くなるんだよ」の言葉は、「あなたの存在そのものが尊い」という、仏さまのおこころに重なるのではと感じました。
「人をかえる」「私がかわる」そんな一言を学ばせていただきました。
こどもも大人もチャレンジ ーみ仏さまのもとでー
ほうりんこころ幼稚園園長・ほうりん観音こども園園長/武田修子
2ページ目は、武田修子先生の『子育ちフォーラム』です。
年少組の「体験不足」については、それを実感されている園が多いのではないでしょうか。実際に私の園でも、武田先生が挙げておられる年少児の「〜できない」の姿を、よく耳にします
お話の中に「失敗したって大丈夫、阿弥陀さまがそばにいてくださるからね。一人だけど、一人じゃない」という言葉がありました。
勇気をもって、少し難しいことにチャレンジしようとする子どもが「見てて!!」ということがあります。チャレンジする子どももドキドキ、「大丈夫かなぁ」と見守る親もハラハラです。
いつでも、どこでも、そばにいてくださる、み仏さまの光に照らされているという安心感があれば、きっと大丈夫ですね。
親も保育者も、子どもとともに、さまざまなことにチャレンジしていきたいと思います。
「世のなか、安穏なれ」の実践
願應寺坊守・遊び学び舎みつばちアジト校長・社会教育士/中川友佳
『私の雑記帖』は、「遊び学び舎みつばちアジト(フリースクール)」校長の中川友佳さんのお話です。
中川さんは、みつばちアジト開始から6年間の活動の中で、「こどもたちは自分で決めたことは、やり抜く力を持っている」ということを確信されたということです
仏さまに常に見守られているという安心感が、その根底となっていることでしょう。
このアジトで「生きる力」を育まれた子どもたちが、将来、社会を支える大切な担い手となってくれることでしょう。
彼岸花の秘密はね 文・絵/三浦明利
今月の『お話の時間』は、彼岸花の秘密を教えてもらった、つきみちゃんとほしくんのお話です。
残暑の厳しい毎日ですが、お元気でお過ごしください。
(鎌田 惠)
令和8年8月18日 ないおん編集室(〜編集室だよりから抜粋〜)

