年少組のYちゃんとU君が泣いています。U君は砂場で遊んでいる時に、Yちゃんに「U君とは遊ばない」といきなり強い口調で言われたのがショックなのです。Yちゃんの言い分は「U君がぜんぶひとりでつかうからいや」。どうやら遊具の取り合いがあったようです。二人とも自分の世界の内側で泣いています。相手の思いや、相手から自分がどう見えているかを理解できるようになるには、もう少し、嫌な思いをする経験が必要でしょう。今はまだ二人とも、自分から見ればあなたは間違っている、という世界にとどまって、それぞれに泣いているのです。
今年はじめて幼児組を担当することになったS先生は、学年主任のI先生に必死についていこうとしています。なんでもテキパキとこなすI先生は、S先生の憧れです。でも、S先生は生来ののんびりした性格で、お人好し。提出物の期限が守れなかったり、「これだけは」と念を押されたことを忘れたりします。でも、笑顔を絶やしたことはありません。I先生は、そんなS先生をどう導いたらいいかと悩んでいます。ある時、段取りの都合でT先生に急ぎの仕事ができました。それをこなすには、S先生に自分の持っている学年仕事を頼まなくてはいけません。T先生は考えた末、S先生には何も言わずに、その学年仕事を別の先生に委ねることにしました。いっぱいいっぱいになっているS先生に、あまり負担をかけないようにと配慮したのです。しかしそのことが発覚すると、S先生は深く落ち込みました。頼りにされていないと感じて、ますます仕事が手につかなくなったのです。T先生は、S先生が課題に向き合おうとしていないと感じ、腹を立てています。
こどもも大人も、わたしたちは他人の間違いには敏感ですが、自分の間違いにはなかなか気づくことができません。「自分は当然、間違っていない」と信じて失敗した経験は、誰にでもあるでしょう。もちろん、悪気があるわけではありません。でも、実際に相手を傷つけたり自分も被害を被ったりして、ようやく間違いに気づく。あるいは、気づかなかった自分に気づく。大人なら、自分が相手からどう見えていただろうかと思い返して冷や汗が出る、なんてこともある。間違いになかなか気づけない自分の姿は、なんとも滑稽で恥ずかしいものです。
YちゃんとU君、S先生とT先生、誰がどこでどう間違えたのか、何に気づけばよかったのか、周りで見ている人は、なんとかアドバイスをしようとします。もっと話し合うべきだとか、距離をとってみたらとか、勝手なことを言います。効果はあるでしょうが、本当の解決には遠いでしょう。仲良くする、調和する、だれも傷つけない、という目標に対して、わたしたちの保有する自分はあまりにも身勝手です。相手を思う、その単純なことがなかなかできなくて、苦しいのです。
間違いだらけの滑稽な自分に気づくには、自分の姿を映す鏡と、ものが見える明るさが必要です。その役割を果たしておられるのが、阿弥陀さまの智慧の光です。間違えるのはみな同じ。自分の不完全さを素直に認め、受け入れるところから、ものごとの正しい理解が始まるのですよと、わたしたちを照らし続けておられます。
(武田 修子)
こどもに驚く 龍谷大学短期大学部教授/羽溪 了
今月の『育心』は、羽溪了先生がご執筆くださいました。先生のお話に「こどもを誉める教師よりも、こどもに驚ける教師になりなさい」という、西野範夫先生(元美育文化協会理事)のことばがありました。
保育の現場に身を置いていると、こども達が何気なく発することばや、こどもから投げかけられる問いが、あまりにも直球すぎて驚くことがあります。
こども達のことばや問いは、こちらの立場や思惑など全く関係なく、大人の世界に存在する忖度や遠慮をはるかに超えて、彼らが目にしたものや感じたものを、そのまま私にぶつけてきてくれるからかもしれません。
「せんせい〜、このくささん、ぬかれるのをいやや、いやや≠ニいってはります!」というこどものことばに、「そうかぁ……そうだよね。くささんに、ごめんね≠ニいって、ぬかせてもらおうね」という、お話の中のエピソードに登場する先生のように、こどもが投げかけてくれたことばを、しっかりと自分の生き方に照らし、草を抜かずにはいられない自分であることの悲しみを、ともに味わうことができる保育者でありたいと思いました。
なすとピーマンのしぎ焼き
食文化・食育料理研究家/坂本佳奈
2ページ目は、坂本佳奈先生の『親子でにこにこクッキングQ』です。
園の畑で、こども達が育てているナスやピーマン、キュウリやトマトなどの夏野菜がたくさん実り始めました。
毎朝、水やり当番さんが、食べごろ(最近は食べごろをしっかり心得ているようです)の野菜をもいで、み仏さまにお供えします。
そして「今日はどうやっていただこうかな?」と、クッキングが始まります。
お話の中に、こどもの料理は「本人がやる気になったときが一番始めどきです」「子どもとおとなが料理をするときは、口出しをしなくていいように準備をします……」とありました。
こども達の「やってみたい!」「楽しい!!」を大切に、途中で飽きる姿があっても、「そうなのね……」「作ってくれてありがとうね」と、待つ、見守る、受け止めることの大切さ、「台所の小さな出来事の中に、そのまま人と向き合うことの難しさと豊かさがある」という、親子クッキングのこころを学ばせていただきました。
アートと福祉の交差点から社会をみつめて
アートマネージャー・社会福祉士/藤原顕太
『私の雑記帖』は、アートマネージャーの藤原顕太さんのお話です。
藤原さんは、大学で学ばれた「福祉」と、劇団活動やアートマネージャーとしての気づきを経て、アートと福祉をつなげるプロジェクトを立ち上げ活動されています。
アートを通して利用者や職員の方たちが普段とは違う表情で、活き活きとした姿をされているという活動の様子を読ませていただきながら、「どんな私であっても、安心して表現できる(受け入れられる)阿弥陀さまの世界」が重なりました。
貴重な原稿をありがとうございました。
でんきおやすみチャレンジ 文・絵/三浦明利
今月の『お話の時間』は、ほしくんの提案で、地球にやさしい「でんき おやすみ チャレンジ」です。
盛夏の折、熱中症に気をつけながら、元気に過ごしたいと思います。
(鎌田 惠)
令和8年7月13日 ないおん編集室(〜編集室だよりから抜粋〜)

