人間みんな裁判官 他人は有罪 自分は無罪
以前、あるお寺の掲示板に貼られていた言葉です。見た瞬間、ドキッとしました。そして「確かにそうだな」と思ったのです。
私はいつも自分を正しい立場に置いて、周りのさまざまなものに、まるで裁判官のように判断を下して生活しています。そしてその判断は、どこまでも自分を中心にして下していくものですから、基本的に自分を正当化し、肯定化して終わりがちです。
ですから、何か事が起こった時、悪いのは他人で、自分は悪くないとの判断に落ち着いていくのが多くの場合ではないかと思うのです。けれども、そんな私が見ている世界は、実は私の姿を全く見ることができていない世界で、私のことを全く分かっていない世界ではないでしょうか。仏教の教えは、私のありのままの姿を教えてくれる、鏡のような教えだといわれてきました。仏さまの真実(まこと)を聞き、真実にふれることによって、私の本当の姿に自ずと気付かされていくからです。
浄土真宗の宗門校であります京都女子大学に、学生の宗教的情操の涵養を図ることを目的とした「芬陀利華」という新聞が定期的に発行されています。以前、この新聞のなかに、普賢保之先生(京都女子大学名誉教授)の書かれた、とても印象深い文章が掲載されていました。
私たちのありのままの姿とはどのような姿であろうか。親鸞聖人の作られた和讃には「悪性さらにやめがたし こころは蛇蝎(じゃかつ)のごとくなり」とある。もって生まれた悪をなす性質は決して止めることはできないし、私たちは毒蛇や蝎のような煩悩という毒をもっている、と示されている。このような見方を後ろ向きと言う人もいる。はたしてそうであろうか。あるものをないこととして現実から目をそらすことこそ後ろ向きであろう。
(「芬陀利華」・第373号所収)
煩悩にまみれた愚かな自分の姿に気付かされていく、そのような浄土真宗の教えをお伝えすると、時に「浄土真宗って後ろ向きな教えですね」という感想をもらされる方がおられます。
けれども教えを聞くことによって、自身の姿が知らされることは、決して後ろ向きな話ではありません。そこに注意すべきものは何か、仰ぐべき真実は何かという、これまでにはなかった新たな意識が私のなかに立ち上がってくるからです。
自身の姿を開き直って生きていくのではなく、わが身を省みながら、これからどんな歩みをしていくことができるのか、そのことを仏法という真実に尋ねながら生きていきたいと思います。
(赤井 智顕)
迷惑はおたがいさま 社会福祉法人 光明童園 理事長/堀 浄信
今月の堀浄信先生の『育心』を拝読して、私の園に通う一歳児Fちゃんのお母さんが浮かびました。
「登園の時間が遅くなったせいで園にも娘にも申し訳ないです」
「うちの子がお休みしたせいで給食を無駄にしてすみません」
「私の体調が悪く、迷惑をかけてごめんなさい」
と、いつも眼に涙をうかべながら謝ってばかりのお姿です。
どうして自分ばかりを責められるのだろうか、もっと園を頼っていただきたいなと、日頃から思っていました。
堀先生のお話の中に、「迷惑をかけてはいけない」という教育が、その原因の一つではないかとありました。
なるほど、幼い頃からのそのような教育(周囲の大人の働きかけ)が、心の中に根付いているならば、何かうまくいかないことがあると、「自分が悪い」「自分のせいだ」と考えてしまうのかもしれません。
「迷惑をかけても大丈夫」と信じていく練習に寄り添い、安心と希望を感じていただけるお手伝いができればと思いました。
もっと幸せになってね 育児漫画家/高野 優
今月の3ページ目は、高野優さんのお話です。
「全く同じ状況であったとしても、それを『幸せ』と受け止める人もいれば、『不幸』と受け止める人もいる。『幸せになってほしい』の言葉の受け取り方もそれぞれ違い、『私ってそんなに不幸に見える?』と、相手を卑屈にしてしまうこともある」と学ばせていただきました。
相手のことがとても大切で、心から幸せになってほしいと願っていたとしても、それをどのような言葉で伝えるか、自分の思いだけを前面にして伝えてしまうと、空しい受取りになってしまうかもしれませんね。
高野さんのお話の中の、あと一歩相手の気持ちを慮って、一緒にという気持ちをプラスした「幸せになろうね」という言葉や、今の幸せにさらに幸せをプラスした「もっと幸せになってね」という言葉は、一気に温度を帯びて明るく感じます。
私も大切な人たちに、そのような温かい言葉をかけられたらと思いました。
まちごと「がっこう」になれば、どんな社会になるのか
NPO法人なごみ まちのがっこう校長/田村幸大
『私の雑記帖』はまちのがっこう校長田村幸大さんのお話です。
「学ぶ」という営みは、「学びたい」というアンテナを張り続けていれば、年齢や立場に関係なく、生涯学び続けていくことが出来ると、私も日頃から感じていました。
田村さんの活動は、さらにもっとそれを広げた、まちごと、そこに住んでいる人ごと全てをターゲットにした「がっこう」(一緒に学び合う文化)をつくっていくという素晴らしい活動です。
きっと、未来をつくる力を持つコミュニティに成熟することでしょう。
貴重な原稿をありがとうございました。
冬の感染症に気をつけて、皆さん元気に新年をお迎えください。
(鎌田 惠)
令和7年12月10日 ないおん編集室(〜編集室だよりから抜粋〜)

