天理軽便鉄道跡写真集 (平端〜新法隆寺)2002年12月1日撮影

【路線図】

平端駅前から、西を望む。薬局のある家の並びが軌道跡。道路は、鉄路沿いの道であった。鉄路の東端は、現在変電所のある辺りまでで、この先端にターンテーブルがあった。
200メートルほど行くと、道は軌道跡と重なって西へ伸びる。サンヨー食品の工場で、この道は途絶える。この先は、名阪国道、昭和工業団地を南北に伸びる県道、厚生会病院の建物と重なり、全くその痕跡は認められない。
病院の西側数百メートルの畑の中に、軌道の痕跡をとどめる畝が残っている。耕作していると、バラストが出てくるらしい。この辺りから安堵町に入る。
安堵駅跡地。【当時の写真は、安堵町民俗資料館蔵】
西安堵では、宅地の間に残る田畑の中に道床の名残りをとどめる畝が散在する。
木戸池の中央部を東西に貫く堤。もっとも鉄道跡らしい痕跡をとどめるところ。中央部に残るレンガづくりの開門部に残る礎石からこの鉄道が762mmのナローゲージであったことが伺える。この池の南側の堤上を走る計画もあったとか、水利権なども絡んで、土地の買収に難航した辺りらしい。
富雄川を越えて斑鳩町に入ると、立派な道床跡の土手がゆったりとしたカーブを描きながら、新法隆寺駅に向かって伸びる。
土手はやがて道となって続く。すぐ北側を平行してJR関西線が走る。
小さな水路をまたぐ軌道跡に立派なレンガ造りの遺構を発見。
法隆寺駅前の県道に沿う水路にもレンガ造りの遺構。その奥に鉄道跡を思わせる斜めの区画地が残っている。法隆寺駅前のグリーンベルトや駐車場あたりが、ヤードや駅舎の跡地。

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