鉄道唱歌「天理軽便鉄道編」
安堵小学校4年生の作品

鉄道が開通した頃

天理軽便鉄道は 2月6日の10時半
 汽笛鳴らし煙だし 天理めざして試運転

電車のように美しく ゆれも少なく乗りやすい
 安堵の村をつきぬけて 額田部こえて天理まで

天理軽便鉄道は とても乗り心地が良くて
 ゆれが少なく消し清く 人々乗せて走りゆく

客車にのりこみ窓見れば 額田部近くは果樹園で
 けしきもよくて有名な お寺や神社もありました

新法隆寺と額田部の 間は長すぎ不便だと
 開通してから1年後 ようやくできた安堵駅

鉄道が利用されていた頃

むかしむかしの話です 天理軽便鉄道が
 みんなをのせて走り出す がんばれ次の駅までも

客車にのりこみ窓見れば ももなしみかんの畑あり
 額田部あたりの丘こえて 次はひらはた駅近く

天理でまつりがあるときは 10両つないで走ってた
 運賃前線15銭 果樹園の中走ってた

新法隆寺から天理まで 34分かかります
 自転車ぐらいの速さでも けしきはよくて心地よい


客車は10両ありました 駅の名前は安堵駅
 一駅乗れば6銭で ねだんはあんパン3つ分

戦争で鉄道が廃線に

天理軽便鉄道は 戦争でガソリンなくなって
 こまってしまって木炭車 故障つづきでよく止まる

線路ははがされ武器になり レンガをのこして廃止する
 二度と安堵は走らない 日本は戦争に敗れたり

今も残る鉄道跡

鉄は戦争に使われて 今はバスが走ってる
 二度と安堵は走らない 今もあれば乗りたいな

今はレンガの跡がある 今もあれば乗りたいな
 戦争なければケイベンは 本当は今も走ってた

みんなで歩いた鉄道跡 歴史を残すレンガなど 
 戦争なければあったはず 安堵の駅やおみやげや

木戸池わたる土の橋 線路はないけど跡がある
 田んぼの近くも走ってた ひと目見たい鉄道だ

駅の跡もありました 今は交番あるところ
 一度みんなでのりたいな 今はバスが走ってる

むかし軽便鉄道が 安堵の町を走って
戦争なければ今でも みんなといっしょに乗れたのに

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