お正月企画 雪の降る頃に 序
作:MUTUMI DATA:2004.10.9

お正月企画の序章、というか追加文章です。


「……ああ、そういえばそろそろそんな時期だったなぁ」
 ズズッとお茶を啜りながら、僕は一息ついた。
 先程までボブに「必須訓練!」とか称して、射撃場に連行されていたのだ。普段僕はあまり銃を使わない。だからボブが「腕が錆びる!」とか言うのも納得が出来る事なんだけど……。腕の筋肉がつりそうだよ。
「召喚状ですか?」
 僕の隣で銃を分解整備しながら、ボブが手元を覗き込んでくる。僕の手にはペラペラの紙が1枚あった。見事な透かしと、赤い印章がくっきりついている。星間連合の公文書だ。それも業務文書じゃなくて、対外的にも通用するきちんとした物だった。
 こんな物を目にする人は少ない。議員連中か各国政府の高官ぐらいだろう。それがどうして僕の手にあるのかというと……。
「今回は気合が入ってますね」
「……嬉しくない」
 ボブのどこか茶化すような口調に、僕は思いっきり顔をしかめる。
「ここ迄大仰にするって事は、向こうは相当仕事が溜まってるって事だよ」
 今更ながら気が滅入りそうだった。先の事を考えると頭が痛くなる。
 僕が手にしている召喚状、もとい、通達は総代の名前で出されている。星間連合総代表の名前が紙面にあるってだけでも、相当な権威なんだが、その上この花押。月桂樹と太陽の赤いマーク! ここまでするかって思うのは、僕だけだろうか?
 たかが通達にこんな物を押すな。というか、いいのか押して? 事務官が何を考えているのか知らないが、やり過ぎのこの書類から、並々ならぬ熱意と気概と……怨念を感じる。
 不気味だ。物凄く不気味だ!
「本気でさぼりたくなって来たぞ」
「はいはい。そうですか」
 ボブは呑気に、銃のクリーニングをしながら相槌を打つ。
「……人ごとって感じが匂うんだけど」
「人ごとですから」
 あっさりと返され、僕はガクッと肩を落とした。
「諦めて長期出張してらっしゃい。学校の方は、適当に手を打ちます」
 適当……。どう適当なんだろう? 聞きたいような、聞きたくないようなボブの言葉に、僕は更に溜息を深くした。
 何だか物凄く理不尽だって思うのは、僕だけだろうか? 任命されるまでこんなに邪魔臭いものだなんて、全然知らなかった。
 僕の手元に来た通知、その中味はというと……。
 星間軍には軍全体を統括する統合本部という部門がある。どちらかといえば官僚的な組織で、軍の中で最も政治に近い場所だ。各星域に展開する多数のミッションも、最終的に責任を持つのはこことなる。
 つまり星間軍で、実質的に一番偉い奴がいる場所なのだ。その統合本部の長官、統合本部長と呼ばれている者には、一定の任期があり、約3ヶ月で次の担当者と交替する。
「3ヶ月か。長いなぁ」
 ピラピラと左手で紙を振りながら、僕はテーブルに右肘を立て顎を乗せた。行儀が悪いなんてケチをつける奴はここにはいない。
 どこをどう間違えたのかあえて考えはしないが、何時の頃からかもう忘れてしまったが、統合本部長8人の中に僕の名前がある。つまり2年に1回は、統合本部に缶詰となる運命なのだ。
「冬休み……潰れるなぁ」
 僕はまた深く吐息を吐いた。平穏にとはちょっと言えないかも知れないが、色々な事件もあったけれど、幸いにもまだ僕の仕事や正体は学校では露見していない。だから相変わらず僕は、ただの子供のように学校に行けている。
 だが今回、間の悪いことに、統合本部勤務の通達が来てしまった。せっかく順調に過ごしている学校を放り出して、通常業務から離れるって事は、つまり……ディアーナからも遠く離れてしまうって事で。パイやシグマにも会えないし、学校の勉強も遅れるし、冬休みの遊びの計画も全部流れてしまうってことだ。
 その上向こうで待っているのは、まず間違いなく激務だ。そりゃあもう、ここまで根性の入った通達を送って来ているんだ。どう見たってSOSのヘルプコールでしかないじゃないか。
「はぁ」
 溜息をつく僕を見て、ボブがクスクス笑う。
「何事も諦めが肝心。いい加減理解したらどうです? 統合本部だって、持て余す物があるんですよ」
「……その持て余す物を、僕に押しつけるのやめて欲しいよ」
 他の奴に回してくれ。
 僕は切実にそう思った。とはいえ、「嫌だ」で済む話でもないので、僕は眉間をぐりぐり押さえながらも、ボブに言っておく。
「学校の方、本当に上手く誤魔化しといてよ。下手なやり方されると後で僕が困るんだから」
 ボブは僕の言い分に微苦笑を浮かべ、小さく頷いた。シリンダーのほこりを飛ばし、ニッと笑って、悪戯を思いついた子供の様な表情をして僕を見つめる。
「いい手がありますよ。3ヶ月間俺はクリード星域に長期出張します。一緒に行った事にしましょう」
「クリード?」
 星間図を思い浮かべ、ディアーナから遥か彼方にある惑星系、早い話がど辺境の星々を脳裏に思い浮かべる。観光地からも外れ、物流ルートからも外れたその星域は、限りなく未開惑星に近く、誰も好き好んでは近づかない。
「いいけど。なんでクリード星域なのさ?」
「一度きちんと再訓練をしたかったんですよね」
 ボブは飄々と答えた。
「……サバイバルの実地訓練でもする気?」
「ええ」
 冗談のつもりで言ったら、あっさりと同意されてしまった。
「別にいいけど……、それ、他の隊員も連れて行くの?」
「部隊指揮官クラスは必須にしようかなと思っていますが、いけませんか?」
「いけなくはないけど……」
僕は脳裏にメンバーになりそうな全員の顔を思い浮かべ、苦笑を浮かべる。何があっても可笑しくないメンバーばかりだったからだ。
「だけど冗談でも、遺跡を破壊したとか町が消えたとか、そんな事態はなしだよ」
 僕がそう言うとボブは呆れた顔をして僕を見た。
「一矢じゃないから、それはありえません」
 たじろぐことなくボブは断言する。その台詞に僕はどういう表情をしたら良いのか迷ってしまった。本来ならここは怒るべき所だと思うのだけど、過去を鑑みるとあながちそうとも言い切れない。
 ……というか、前科のある僕が何を言っても白けるだけだ。こういう時、前科持ちは全然信用がないんだよなぁ。
「……まあ、元気で行ってきなよ」
「ええ。一矢も統合本部長をさぼらない様に!」
 しっかりと釘を刺され、僕は深く吐息を吐き出す。
「は〜い」
 子供の様な返事を返し、僕はソファーにごろんともたれた。統合本部勤務は、もうすぐそこまで迫っていた。どうやら長い3ヶ月になりそうだ。


統合本部に一矢が出かける前の情報部の一幕です。随分昔に書いたものです。ようやく公開(^-^;

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