お正月企画 雪の降る頃に
作:MUTUMI DATA:2003.12.31

お正月企画。新年の概念ってSF世界にもあるんだろうか?(疑問だ)


  ひとひらの雪がディアーナの街に降る。冬の隅間を突く、木枯らし。ひらひらと、今年初めての雪が落ちて来る。
 曇天を見上げ、パイは思わず両手を広げ微笑んだ。学校の帰り、帰宅途中の小道。ふわふわと雪がパイの手の中に落ちて来る。
「わぁ。……雪だわ」
 そっと撫でると、直ぐに水に変わってしまった。雫に変わった雪を見つめ、パイは嬉しそうに微笑む。
「見て、雪だよ」
 そう言って、一緒に歩いていた二人の少年を振り返る。ガタガタと身体を震わせていた二人は、面白くなさそうに、どこか不服そうに答えた。
「hそ〜」
「ぐすっ。俺っち風邪だって」
 パイの喜びとは裏腹に、シグマとケンはコートの襟をしっかりとかき抱き、恨めし気な目線で雪を見ている。
「僕は寒いんだ〜!」
「俺は風邪が悪化しそうなんだ〜!」
 二人は思わず天に向かって愚痴る。
「「雪なんかいるか〜!!」」
 ほとんど突発的な叫びに、横合いからパイの声が滑り込む。
「駄目! 絶対、雪はいるの! 一矢君が別れ際に、雪の降る頃には戻って来るからって、言ってたでしょ?」
「「あ」」
 シグマとケンは顔を見合わせる。父親の仕事の都合で、少しの間他の惑星に行っている一矢の、別れ際の台詞がそうだった事を思い出したのだ。一矢が去ったのは冬の始まり。予定通りならそろそろ戻って来る頃だ。
「そっか。そういえば言ってたな」
「だから、絶対に雪は必要なの」
 パイは空を見上げ、嬉しそうに口ずさむ。
「ひとひらの雪。……うん! 雪が降ったから一矢君も、もうすぐ帰って来るわ!」
 シグマはパイの期待に満ちた顔を見、自身も頬を緩ませた。一矢が帰って来たらしたい事、言いたい事の数々が脳裏に次々と浮かんで来る。
「一矢、早く戻って来ないかな? 話したい事が山程あるのにな」
「ホントだな」
 ケンもつられ、風邪で枯れた声を震わした。
 ひらひらと雪が街に舞い降りる。綿の様な雪が街を包んで行った。



 所変わってディアーナ星系から遠く離れた、星間軍の統括機関、統合本部。その中の一室、統合本部のトップ、本部長室では久々に現れた中年の男性、ファレル・アシャーが一矢を前にコーヒーを入れていた。
 本来ならコーヒーなど人に入れさせる立ち場の彼だが、……実は星間連合の上院議員であり、星間軍を監視する委員会の構成員でもあるのだが、一矢の前に出るとどうも昔の感覚、一矢の部下だった頃の感覚が大きくなるようで、ついつい雑用をしてしまう。受ける方の一矢にしても、昔の感覚を引きずったままなので、それを疑問に思う事はない。
「ディアーナに雪が降ったらしいですよ、一矢」
 ファレルの呼びかけに執務中の一矢はふと顔を上げた。その前に入れたてのコーヒーを置き、ファレル自身もカップを片手に、手近なソファーに座る。ゆらゆらとカップから湯気が立った。
 一矢の眼前には山の様に積み上げられた書類や、記憶媒体がある。そのどれもが決済待ちのものだ。散々ここに来てから、せこせこと仕事に精を出して来たというのに、その数は一向に減らない。それ程重要度の高い判断を求めるものが、次から次へと上がって来るのだ。
 実は一矢が本部長である期間を過ぎると、多分ずるずるとたらい回しにされるであろう事を知っている内勤の職員達が、これ幸いにと機関車のごとく上げて来ているのだが……、いい加減一矢も昨今はうんざりしてきている。
 それはさておき、ファレルの入れたコーヒーを手に取ると、一矢はひとくち口に含む。苦い味が、麻痺しかけた思考を一気に立て直した。ほっと一息つき、一矢はファレルに向き直る。
「向こうはもう雪が降ったの?」
「ええ、時期的にはそろそろでしょう? 一矢が本部にこもってもうすぐ三ヶ月。……あと少しで本部詰めも終わりですね」
「残念そうだね、ファレル?」
 一矢の言葉にファレル・アシャーは苦笑を浮かべた。
「そうですね。一矢と仕事をするのは楽しいですから」
「僕は微妙かな。ファレルと仕事をするのはいいけど、お前は委員会のメンバーだから……。持って来るものは全部きな臭いし……」
 一矢は大きな仕事机に頬杖を付き、上目遣いにファレルを眺める。スーツ姿のキリッとした印象のファレルは、困った様に一矢を見ている。何時もは着ない管理部用の白の軍服を着た一矢は、小さく吹き出す。
「あは。ファレル、顔が歪んでる」
「……誰のせいですか?」
「僕」
 あっさりきっぱり言い切った一矢に、ファレルは肩を竦めた。自分を含めた委員会が、ここに持ち込む命令が、あまり人に言えた物ではない事は、一応自覚しているようだ。
「ディアーナではそろそろ、あの子供達が首を長くして待ちくたびれてますね」
「……そうかな?」
「一矢?」
 どこか沈んだ口調の一矢に、ファレルの怪訝な声がとぶ。
「ううん、何でもない。忘れられてたら嫌だなって思っただけ」
 学校があるにも関わらず、統合本部の本部長なんてものを担当しなければならなかったものだから、長期の休学申請を出してここにいる一矢は、物凄く不安だった。学校に戻っても、授業についていけるかどうかわからないし、そもそも留年しない保障もないのだ。学校側にはあくまでも、ただの子供で通しているのだから。
「はあ……。なんだか落ち込むな。仕事は終わらないし、溜まる一方だし。任期の終わりは近付いてくるし」
「そう言わず、後少し頑張って下さい」
「はいはい」
 一矢は渋々同意を返し、再び書類に視線を落とす。ふと、今頃パイ達はどうしているのかと、気になった。そろそろ学校も終わり、冬休みが始まる頃だ。
 皆、どうしてるかな?
 一矢はどこか懐かしそうに、想像の翼を閃かせる。
 きっと今頃、寒い寒いって喚いている二人の少年と、それを呆れて見ている一人の少女がいるはずだ。
「雪が降ったから……もうすぐ僕は帰るよ」
 一矢はそっと囁く。ファレルは微笑ましそうにそれを見、独り目尻を緩ませるのだった。



 やがて。
 年が明ける。
 寒空に凍える息を弾ませて、パイ達は情報部の敷地の前に佇んでいた。吐き出す息が真っ白に変わる頃。柔らかな声が聞こえて来る。耳障りの良い、高目のテノール。
「ただいま」
 にっこり笑って一矢がパイの横に並んだ。
「お帰り、一矢君!」
「おっせーよ」
「元気そうだね」
 パイ、ケン、シグマの声が静かな空間に、順々に木霊した。寒さで凍えたパイに、自分の着けていたマフラーを巻き、一矢は三人を改めて視界におさめる。別れた時とあまり変わらない三人の姿がそこにはあった。何だか少しだけ嬉しくなって、一矢はもぞもぞとしてしまう。
「一矢、こっちはもう冬休みに入ってるぞ〜」
「とういか、年明けてるし……」
 ケンとシグマの指摘に一矢は苦笑を漏らしながら、三人を見る。
「う〜ん、何だかパパの方も忙しかったみたいで……」
 相変わらずボブのせいにし、一矢は誤魔化してしまう。ボブが聞いたら自業自得でしょうが!?と、言えなくもない状況をいともあっさり切り捨ててしまった。
 本来星間軍には新年という概念がない。余りにも広大な空間で活動を展開する為、構成する職員の出身星や地域も多岐に渡る為、そのような概念の入る余地が全くないのだ。普段の休日ですら、シフト制になっている程だ。だから一矢がその事実を失念していたとしても、仕方がないのだが……。
「まあいいや。とりあえず」
 シグマは改まって、ごほんと咳を一つ漏らす。そして、
「「「ハッピー、ニューイヤー!」」」
 今度は三人揃って、仲良く告げた。一矢も笑って応じる。
「ハッピー、ニューイヤー。新年おめでとう」
 優しい一矢の声が、冬の空気に溶けてゆく。4人は顔を見合わせ、思わず笑いあった。
「一矢君、一矢君。先生がね、冬休みに山程宿題を出したのよ」
「そうそう。ああっ! ついでに、宿題のわからない所を教えて〜」
「ってか、俺のやって!!!」
 最後のケンの台詞にクラクラした一矢は、思わずケンの頭にチョップを叩き込んだ。
「ケ〜ン、人には頼らない」
「そ、そんな一矢〜」
 ケンの情けない声が寒空に響いた。笑いながらパイが、他の色々な出来事を一矢に話して聞かせる。4人は近くのカフェに向かいながらも、楽しそうに声を上げた。
 ひらひらと、雪が再び降り始める。ひとひらの雪がそっと降り積もって行った。



珍しく新年企画をしてみました。誰が読む、正月早々って話ですが。(^-^;
こんなの出来ましたってことで……。

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